デジタル時代の大学設置基準の見直し 実務家教員の定義に注目

2021年6月1日に「規制改革に関する答申~デジタル社会にむけた規制改革の『実現』~」が示された。表題からすれば実務家教員に関係のない答申のように見えるが、実は答申のなかで実務家教員について言及されていたのだ。それは「デジタル時代を踏まえた大学設置基準等の見直し」という項目のなかで、次のようにしめされていた。

魅力的な大学・専門職大学の設立に当たっては、優れた実務家教員の採用による民間ビジネスの実態に合わせた環境の整備等は必須であるが、その基準は必ずしも明示化されていない。したがって、「実務家教員」の定義(実務家教員の研究・教育実績の明確化)や学校名(どのような学校名なら認可されるか、不認可となるか、またその基準について)等については、大学等の設置認可の申請に当たり、誰もが分かりやすい形で明示化する。(引用者下線)』

大学設置基準の見直しと同時に、実務家教員の定義について言及されている。これからの議論にそなえて、実務家教員の定義をめぐる問題について整理していこう。

新たな知の必要性

これから実務家教員の需要は高まっていくと考えられるが、その理由のひとつに考えられるのは実務家教員の配置を必須としている「専門職大学」の制度であった。ただ、上記の答申では専門職大学だけではなく「魅力的な大学」とも記されている。ここでは、高等教育無償化の条件のひとつである「実務等の経験を有する教員」が担当する授業科目の1割以上の配置が念頭におかれていると思われる。

筆者は実務家教員が大学教育を担うことについての是非があることは承知している。他方で気に留めなければならないのは、高等教育(機関)も社会のひとつの制度であるならば、社会の変化に何らかの対応をしなければならないということである。大学が新たな知を生み出し教育するところであるならば、社会は何らかの新しい類型の知を求めているのではないだろうか。

筆者は、現在の社会で求められる知識の類型としておおよそ3つあると考えている。第一は、ディシプリンに沿った学問的知識である。第二に、実務家が実際に社会でつかっている実践的知識である。第三に、さまざまな知識をどこでどのように活用すればよいかについての知識、すなわちメタ的知識である。

実務家教員の強みは、現場から生成される実践的知識や現場へ知識を適用させるメタ的知識を背景に持っている点であると考えている。

実務家教員定義への布石

ところで「実務家教員」という単語は、法令上つかわれていない。したがって法令上、実務家教員は一度も定義されたことはないといえる。

いわゆる研究者教員ではない者が、大学教員として法令上に姿をあらわしたのは1985年に大学設置基準が改正されたときである。教員の資格に「専攻分野について、…知識及び経験を有すると認められる者」というものが追加された。大学設置基準では、「実務上の」という誓約もなく知識や経験があればよいということになっていた。

つづいての実務家教員の転換点は、専門職大学院が誕生したときである。ここではじめて現在の「実務家教員」につらなる文言が姿をあらわした。専門職大学院設置基準の第5条第4項に「…専攻分野における実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する者」と明記された。いわゆる実務家教員を専任教員に一定程度を含めなければならない旨が明記されたのである。

専門職大学院で実務家教員についての「実務経験」や「実務能力」などの定義がさほど顕在化しなかったのは、専門職大学院制度化の背景にあるのかもしれない。今ではさまざまな専門職大学院が成立することになったが、専門職大学院の創設のきっかけとなったのは法科大学院(ロースクール)の制度化であった。法科大学院の実務家教員といえば、検察官、弁護士、裁判官といった法曹三者である。かれらは少なくとも司法試験に合格しており、「法務実務」をおこなっているという共通了解があったからだと考えられる。