埼玉県・大野元裕知事 「日本一暮らしやすい埼玉」構想を推進
2023年8月に2期目のスタートを切った、埼玉県の大野元裕知事。現在、「日本一暮らしやすい埼玉」を実現するため、自身が初めて策定した総合計画(2022年度~2026年度)の実行に取り組んでいる。「埼玉版SDGsの推進」と「新たな社会に向けた変革」を掲げ、同県の持続可能な発展を目指す。
――2022年より、「埼玉県5か年計画」に取り組まれています。2040年に向けて目指す埼玉県の姿と、その実現に向けた重点施策をお聞かせください。
総合計画では、2040年に向けた埼玉県の持続可能な発展を見据えて「安心・安全の追究」「誰もが輝く社会」「持続可能な成長」という3つの柱を立てました。さらに、これらの柱に横串を刺す横断的視点として、「埼玉版SDGsの推進」と「新たな社会に向けた変革」の2つの基本姿勢を掲げました。
「埼玉版SDGsの推進」では、全施策にSDGsの基本理念やゴールをリンクさせることで、誰一人取り残さない「日本一暮らしやすい埼玉」の実現を目指しています。「新たな社会に向けた変革」では、企業や行政のデジタル化を前提とした社会全体のDXの実現を目指しています。
「日本一暮らしやすい埼玉」の実現には、重きを置くべき課題が2点あります。それは、埼玉県が直面する人口減少・超少子高齢社会の到来と、頻発化・激甚化する災害やパンデミックなどの様々な危機です。
埼玉版スーパー・シティで
人口減少・超少子高齢化に対抗
人口減少・超少子高齢社会の解決策としては、子どもを産みやすい環境の整備や、子育て支援などがよく挙げられます。しかし、労働生産人口による十分な支えがなければ、高齢者は安心できませんし、子どもを増やすこともできません。持続的成長を成し遂げるには、生産性を向上させることが不可欠です。そのためには、DXをさらに推進して社会全体の生産性を高め、新たな価値やサービスを創出していく必要があります。また、出生率を上げるにはそれなりの時間がかかります。そこで、職住が近接した環境を整備し、交通難民や買い物難民を発生させず、高齢者や子どもたちを地域で見守ることを可能にする「埼玉版スーパー・シティプロジェクト」(図1)を強力に推進しています。現在、29の市町が本プロジェクトに取り組んでいますが、県内63の全市町村に参加いただき、プロジェクトをさらに拡大していきたいと考えています。
図1 「埼玉版スーパー・シティプロジェクト」におけるまちづくりのイメージ
2点目の自然災害については、今後激甚化・頻発化すると想定せざるを得ません。そうしたなかで県が果たすべき最も重要な役割は、国や市町村など様々な機関との連携に主眼を置き、シナリオ作成や訓練を繰り返す「埼玉版FEMA」をより一層充実させ、県民の安心安全を確かなものにすることです。
また、持続的な発展を実現するには、環境と経済との両立が不可欠です。サーキュラーエコノミーとネイチャーポジティブをさらに推進するとともに、女性・高齢者・障がい者・性的マイノリティなど、あらゆる人材が活躍できる社会づくりに取り組みます。
3つのステップで実現
DXを極めた究極の県庁
――DXの推進に対する県職員や県民の反応はいかがでしょうか。
DXはまず行政から進めていくべきだと考え、県庁の全職員がワンチームで取り組んでいます。いきなり山頂に到達することはできませんが、1人の落伍者も出すことなく全員で山頂に到達できるように、DX実現までの道のりを「デジタイゼーション・デジタライゼーション・デジタルトランスフォーメーション」という3つのステップに分けました(図2)。
図2 埼玉県のDX実現までの道のり
第1段階のデジタイゼーションでは、アナログをデジタルに置き換えるペーパーレス化を重点的に進めました。知事室への紙の持ち込みを禁止し、リースアップしたコピー機は撤去を続けた結果、3年前に比べてコピー使用量は6割減少しました。議会答弁もペーパーレスを導入しています。最初は抵抗があったようですが、翌朝までかかっていた答弁の準備が、ペーパーレス化で夕方6時には終わるようになると協力してもらえるようになりました。
現在は、第2段階のデジタライゼーションに移行しています。デジタルを前提に仕事のやり方を見直し、AIなどの機械に任せられる仕事と、人にしかできない仕事を仕分けるTX(タスク・トランスフォーメーション)を進めています。これにより、職員は単純作業に時間をとられることなく、魅力ある施策の立案など、人の創造力を必要とする業務に力を使えるようになります。職員が最大限の力を発揮できるように、働き方の自由度を高めるフリーアドレスやリモートワークなども進めています。こうした取組の先に第3段階のデジタルトランスフォーメーションがあり、デジタルで生産性を飛躍的に高め、新たなサービスや価値を生み出す未来の県庁の実現があると考えています。
また、県民にとって利用しやすく、職員にとって働きやすい究極の県庁の姿とは、バーチャルである可能性もあります。バーチャルでは、場所などの物理的制約を受けずにオンラインでリアルに近い体験ができ、アバターを使えばプライバシーを明かすことなく、多くの人と交流できます。行政でも積極的に活用すべきだと考え、2023年11月に「バーチャル埼玉」をオープンしました。ここでは行政情報や観光情報を発信するほか、アバターで様々な体験ができます。映画『翔んで埼玉』とのコラボ企画を展開するなど、デジタルネイティブ世代にも関心を持ってもらえているようです。今後は埼玉バーチャル観光大使のVTuberとのコラボイベントのほか、結婚や移住に関するセミナーなども行う予定です。
鶴ヶ島に研究開発拠点を開設し
ロボット産業の集積を目指す
――次世代産業の創出やスタートアップ支援にはどのように取り組まれていますか。
次世代産業の創出については、まず技術開発フェーズの企業に対して、デジタル、バイオ、マテリアル、カーボンニュートラルの4分野を対象に「次世代ものづくり技術活用製品開発費補助金」で支援を行っています。こうした支援はよくありますが、インキュベーション施設に入った企業が雇用にまで結びつくことは非常に少ないのが実情です。そのため、社会実装ベースで応援していくことが重要になります。そこで埼玉県では、マーケティングや量産に必要な協力企業とのマッチング支援を行い、本格的な市場参入資金の調達を支援するため、金融機関やベンチャーキャピタル等で構成した民間資金支援に関するネットワークを2023年度中に立ち上げる予定です。
起業家やスタートアップ支援では、その柱となる「渋沢栄一起業家サロン(仮称)」の開設準備を進めています。専門家による伴走支援や先輩起業家による個別メンタリングなどの成長促進プログラムを実施し、民間資金支援に関するネットワークとの連携をその場で、ワンストップで図り、事業のスケールアップに向けた効果的な支援を提供したいと考えています。このサロンをハブとして、支援機関や金融機関、大学、自治体などによるエコシステムを形成していく計画です。
今後、特に注力したいのは、ロボット産業です。人口減少に伴う労働力不足は大きな社会課題であり、それを解決するサービスロボットの市場は拡大が見込まれています。本県の輸送用機械器具製造業をはじめとする中小企業が持つ優れた技術をロボット産業に活用できるよう支援したいと思います。2026年度には、圏央道と関越道が結節する鶴ヶ島に、ロボットの研究開発・実証実験拠点の「SAITAMAロボティクスセンター(仮称)」をオープンさせる予定です。昨年7月に設立したロボットに関わる多様な主体を会員とする「埼玉県ロボティクスネットワーク」では、農業や建設など、ロボットの社会実装が見込まれる分野での研究会などを行い、開発プロジェクトの創出や人材育成も行っていきます。将来的には、同センターを拠点に埼玉発のロボットを全国に発信し、県内に成長産業を集積したいと考えています。
脱炭素社会実現の肝は産業経済
環境もビジネスもプラスに
――県の脱炭素とサーキュラーエコノミーへの取組をお聞かせください。
既存の「埼玉県地球温暖化対策実行計画」をより実効性のある計画にするため、施策体系の見直しや新規施策の追加などを、2022年度に行いました。その上で、「2050年カーボンニュートラル宣言」を行いました。
本県の脱炭素への姿勢の特徴は、総論賛成・各論反対です。いかにカーボンニュートラルが環境に良いことであっても、経費がかかりすぎるために実践できないなどの意見が多いのが現状です。カーボンニュートラルを実現し、気候変動に適応した持続可能な社会を目指すには、技術革新やエネルギーの効率的利用の取組が経済成長につながる好循環を生み出す必要があります。そうでなければ、持続的な環境への貢献は難しいでしょう。
まず、県庁内から意識を変えるために、産業労働部の副部長に、経験のない環境部で1年間部長を務めさせたあと、産業労働部長とする人事を行いました。かつて環境部は規制を行うことが主な仕事でした。しかし、規制だけでは環境は改善しない。産業経済と環境をつなぐため、3年がかりで県庁内の意識改革を行うための人事を行いました。その上で、2023年6月に「サーキュラーエコノミー推進センター埼玉」を設置しました。
同センターでは、普及啓発やコーディネーターによるマッチング支援、サーキュラーエコノミー型ビジネス(図3)のリーディングモデル構築などを行っています。このようなサーキュラーエコノミーセンターは日本で3カ所目です。本県以外のセンターは環境部局が所管していますが、本県では産業労働部が担当し、金融機関や経済団体と連携して勉強会を開くなどの普及啓発や企業間のマッチング支援等に努めています。
図3 リニアエコノミーとサーキュラーエコノミーの違い
従来のリニアエコノミーにおいて、バリューチェーンの流れは一方向の直線だった。一方、サーキュラーエコノミーは一度消費された製品を再資源化して循環させる経済活動で、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等を目指している。
センターでは、現在3名のコーディネーターが企業の相談対応や技術指導を行っています。マッチングについては、これまでに14件のマッチング(2023年11月末時点)が成立しました。技術はあるのに販売先がない企業に、環境意識の高い顧客を抱えている企業を紹介するなど、Win-Winの関係ができ始めています。
リーディングモデル構築については、県で2023年度から県内中小企業等によるサーキュラーエコノミー型ビジネスモデルの創出への補助事業を実施するとともに、彩の国ビジネスアリーナで事例を紹介しています。
また、埼玉県には食品加工業が集積していて、産業が活発であるとともに一定量の食品廃棄物が出ます。2023年10月には、複数の企業による「食のサーキュラーエコノミー」をテーマにした研究会がセンターに立ち上がり、食品廃棄物のアップサイクル等の取組も始まりました。
もちろん県としては、ビジネス面だけでなく、温室効果ガスを多く排出する事業者を対象とした地球温暖化対策計画制度や、大規模事業所を対象とした目標設定型排出量取引制度も推進しています。経済と両立することで、CSRとしての環境だけでなく、ビジネス分野でもプラスに結びつく持続可能なシナリオを作ることを目指しています。
- 大野 元裕(おおの・もとひろ)
- 埼玉県知事