福岡発・医療の枠を越え、地域一丸で子どもの虐待問題に挑む
社会的に大きな課題である児童虐待は問題が複雑に絡み合い、多面的なアプローチが必要だ。解決には行政・専門家の協働が欠かせない。福岡県で小児科医として働きつつ、事業構想大学院大学 福岡校を修了した田中氏は、児童虐待防止に向け、新たなプロジェクトを始動させた。
医療だけでは解決が困難な児童虐待
近年大きな社会課題となっている児童虐待。コロナ禍で増加傾向にあり、さらなる対策が求められている。解決に向けプロジェクトを始動させたのが、事業構想大学院大学 福岡校2期生で『Children First FUKUOKA』代表の田中祥一朗氏だ。福岡県北部、筑豊地区の医療を担う飯塚病院で小児科医として勤務する傍ら、公民連携で地域の課題解決に奮闘している。
同じく小児科医であった父の背中を見て育ったこともあり、医学生の頃から小児科医を目指してきた田中氏。医師として子どもを取り巻く課題に向き合うなか、自身の子育て経験もあり「何かできないか」との思いが高まる。医療だけでは難しい児童虐待にどう対応すべきか、事業を構想すべく入学を決めた。
「目標に向かい新しいものを創り出すプログラムに魅力を感じました。何よりも『社会の一翼を担う』という大学の精神に強く共感したことが大きかったです」
さまざまな要因が複雑に絡んでおり、解決には多角的なアプローチが欠かせない児童虐待。背景には、貧困、居場所の喪失、コミュニケーション不足など複数の事柄があるが、特に経済的な困窮は虐待死亡事例と大きく関係する。さらに貧困は虐待だけでなく教育機会の喪失、格差の固定、いじめなど多くの課題の原因ともなっている。
田中氏が注目したのが、虐待死した子どもの約半数が0歳児という事実(図1)。生まれて間もない事例の多くが、未婚妊娠も含めた予期しない妊娠であり、若年妊娠だという。また母子健康手帳未発行、妊婦健診未受診のケースも多い。国内のひとり親世帯の約半数が相対的貧困に陥っているとのデータもあるが、行政・医療との接点がなく支援の手が届かない現実がある。
図1 虐待で死亡した子どもの年齢
虐待で亡くなる子どもの年齢は圧倒的に0歳が多いという実態がある。背景には若年での予期しない妊娠などがあり、早期から包括的性教育を行う重要性が指摘されている
マンガを活用、10代に包括的性教育
田中氏はまず0歳児の虐待死を防ぐべく、公民共創型ティーンズ育成事業『ALL FOR BABY プロジェクト』をスタートした。コンセプトは、10代へ届ける包括的性教育だ。包括的性教育とは、身体や性と生殖だけでなく、健康と幸福、暴力、人権、ジェンダーの理解等まで幅広く取り組むもので、海外では高い有効性が示されている。しかし国内の学校現場にはノウハウがなく、性は文化的にもデリケートなテーマ。子どもたちが正確な知識を得る機会は少ない。
こうしたなか、2017年に大分県が人権啓発活動地方委託事業で制作した、LGBT啓発マンガ『りんごの色』がヒントとなる。現在ショートムービーにもなっており、中高生だけでなく幅広い層がLGBT理解の助けとして活用している。
また、田中氏とつながりのある看護学生にアンケートを実施。その結果、マンガやネットであれば性に関する知識を抵抗なく入手できることがわかった。さらに『りんごの色』の感想から、マンガを用いることが10代の意識・行動変容に寄与することも見えてきた。
「大人は教科書的なものがよいと思いがちですが、10代にフォーカスしたメディアを選択することが大切だと実感しました」
現在、中高生が性や命を学ぶマンガを制作すべく、『りんごの色』を担当した漫画家とも連絡を取り、大分県の関係者も含め勉強会を開催した。今後は発行コストの試算などを行い、プロジェクトを推進していく。
周囲を巻き込み、実現に進む
大学院で学び取り組みを進めるなか、社会課題解決型事業での公民連携の重要さも痛感したという。特に筑豊地区は、小児人口当たりの児童虐待件数が県内最多。生活保護受給率も高い。虐待問題は市民にとって身近で行政の課題意識も高く、切れ目ない支援のためには、協業が大きな力となる。『Children First FUKUOKA』は、地元議員や保健・医療・福祉の関係者、行政・教育関係者、司法関係者などの専門家が参画している(図2)。
図2 周産期からの切れ目ない支援
虐待を防ぎ、早期に対応するには周産期(出産前後の段階)から子どもが成長していく思春期まで、切れ目ない支援が必要だ。それぞれの段階に応じ、体と心、両面でのサポートが重要で、医師や看護師などの医療職だけでなく、行政・教育関係者などとの協働も重要となる
幅広いネットワークの構築には、児童虐待防止拠点病院でもある飯塚病院で、田中氏が小児虐待防止委員会の3代目委員長を務めていることも推進力となった。委員会は設立15年の歴史を持ち、「これまで諸先輩方が積み上げてきた信頼、お力添えが花開いたようなものです」と話す。事業の構想と実現には、自身が持つ経営資源を活かすことが鍵となる。田中氏にとってそれは、小児科医のキャリアと院内での取り組みだったと言えるだろう。
団体は、今年5月に立ち上がったばかり。現在は自治体との連携、勉強会の開催などが実行されている。今後は定期的な勉強会で具体策を詰めつつ、今年の後半にはコロナ禍にも対応した宅食の取り組みを実現したいと考えている。
「同窓生、教授など多くの人が私の構想を応援してくれました。今でも力強い支えとなっています」と大学院での2年間を振り返る。職業・年齢に関係なく、最も熱い気持ちを持つ人が前に立つべきとの教授の教えも支えとなっているという。力強い仲間とともに、多様な人とアイデアを交換しつつ、代表として取り組みを進めていく。
入学前から長年温めてきた「子どもの病気を治すだけでなく、虐待などの問題を予防することで、子どもたちが健やかに、幸せに成長していってほしい」との思いを実現すべく、まずは、飯塚市を含めた筑豊地区で公民連携のモデル事業を創出。将来的には、全国に発信し課題解決に貢献していくと語った。
- 田中 祥一朗(たなか・しょういちろう)
- Children First FUKUOKA