時事テーマから斬る自治体経営 「デジタル田園都市国家構想」の注意点

国は地方創生のために、「デジタルの力で、地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力の向上を図る」ことを掲げたデジタル田園都市国家構想を推進している。国が実現を目指す「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」とは、行政サービスにおいてはどのような意味を持つのだろうか。

現在、国は「デジタル田園都市国家構想」を大きく進めている。同構想は「デジタルの力で、地方の個性を活かしながら社会課題の解決と魅力の向上を図る」ことであり、「地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていく」ことでもある(内閣官房のホームページ)。

また「地域の豊かさをそのままに、都市と同じ又は違った利便性と魅力を備えた、魅力溢れる新たな地域づくり」とも記されている(デジタル庁のホームページ)。

各省庁のホームページを確認すると、同構想はやや漠然として掴みどころがない。一方で、抽象的だからこそ、新しい社会の到来が期待できる。同構想のフレーズは「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」である。デジタルを活用することにより、東京一極集中の是正を目指している。

筆者はデジタル田園都市国家構想の理念はよいと捉えている。しかし、「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」は疑問を持っている。今回は筆者の疑問を記すことで、同構想を進める際の注意点に言及する。

未来の可能性を高めるデジタル

デジタルの「可能性」を否定する者はいないと思う。筆者が教える学部学生は、スマートフォンのみを活用して卒業論文を執筆した。スマートフォンに話しかけることにより、音声入力で文字化できる。スマホの画面上で文字の切り貼り等の加工を行い、学内LANを経由し提出した。当該学生はデジタルの恩恵を最大限に活用し、省力で卒業論文を完成させている。

某自治体は、審議会の議事録は音声を文字化してリアルタイムで作成している。さらに、文字化された議事録はテキストマイニングを活用して分析し、各委員の潜在意識を見える化している。デジタルは、日常生活を大きく変えつつある。

地方自治体もデジタルを活用して、行政サービスの進化・深化を図っている。表は、デジタルを活用した取り組みである。

表 自治体のデジタルを活用した取り組み

出典:ホームページより筆者作成

ちなみに、国のデジタル田園都市国家構想に関する文書を確認すると、教育DXや観光DX、医療・介護分野DX、地域交通DXなど、「○○DX」(まるまるDX)のオンパレードである。

国は「とりあえずDXを付けておけば何とかなる」とは思っていないだろうが、「○○DX」が溢れている現状に違和感を持つ。自治体職員も安易に「○○DX」と発する傾向が強くなっている。そういう職員に対して「その○○DXは、具体的にどのようなことを実施し、期待する成果は何か」と尋ねると、明確に答えられないことがある。このDX流行りの傾向には、注意する必要があると思う。

「全国どこでも」に対する疑問

経済学には「縮小均衡」という概念がある。縮小均衡とは「経済の安定を維持しながら、経済規模を縮小すること」である。逆の概念は「拡大均衡」である。拡大均衡は「経済の規模を拡張しつつ、同時に経済のバランスを図ること」である。

日本は人口減少社会を進んでいる。この時代の理想像は「縮小均衡」である。筆者が言う縮小均衡の意味は「自治体運営の安定を維持しながら、行政規模を縮小していくこと」である。縮小均衡を実現するには、行政サービスを拡散するのではなく、集約していく必要がある。集約とは空間(地域)の集約、時間の集約などの含意がある。

同構想のフレーズは「全国どこでも誰もが便利で快適に暮らせる社会」である。確かに理念はとても素晴らしい。全国どこでも働き生活することができれば、一人一人の幸福度は向上していく。筆者は「全国どこでも」に違和感を持っている。「全国どこでも」の思想は「拡散」を意味している。たしかに日本国憲法第22条には「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」と居住の自由が保障されている。デジタルを活用することにより、憲法第22条での居住の自由が全国どこでも実現できる。

ところが、よく考えてほしい。本当に全国どこでも暮らすことになると、行政サービスの拡大を意味する。中長期的には行政の財政破綻を招く可能性がある。

極論になるが、誰かが「空に近いところで仕事をしたい」という理由で、山頂に居住したケースを考えてほしい。デジタルの恩恵により、今はパソコンがあれば、全国どこでも仕事ができる。山頂で仕事をすることで、日中は青空を感じながら、夜は星空を愛でながら、一個人は充実した暮らしを送ることができるだろう。

このようにデジタルは「全国どこでも」仕事ができる環境を整備した。しかし、電気、ガス、水道をはじめとした多くの公的サービスは、デジタルで実現することはできない。なぜならば「デジタルの力で水を山頂まで送る」ことは不可能であるからだ。「全国どこでも」を基本として人々が拡散することは、同時に行政サービスが拡大していくことを意味する。これは、人口減少時代においては「負」として働くだろう。

国ではなく住民を見る

国の動向に振り回されずに、地方自治体は住民と対面し、福祉の増進のために真摯に取り組んでほしい。2020年10月26日、当時の菅首相が所信表明演説において「日本が2050年までにカーボンニュートラル」を目指すことを宣言した。その後、菅総理の時代は脱炭素が中心的な話題であった。現在の総理になり、いまは「デジタル」がトピックスとなっている。

繰り返すが、国(トップ)に振り回されることのない、住民の顔を見た住民目線の自治体運営を心掛けてほしい。

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牧瀬 稔(まきせ・みのる)
関東学院大学 法学部地域創生学科 准教授 / 社会構想大学院大学 特任教授