草食魚・アイゴの養殖が提示する 新たな海洋資源管理のあり方

料理人の集まりであるRelationFish株式会社が、新しい養殖魚の開発プロジェクト「いただきますを考える会」に着手した。同会が着目したのが未利用魚である藻食魚、アイゴ。アイゴの普及は海洋資源枯渇のみならず、地球温暖化やフードロスなど海と食に関するさまざまなテーマを考えるきっかけにもなりそうだ。

聞き手 : 小宮信彦 事業構想大学院大学 特任教授、電通 ソリューション・デザイン局 シニア・イノベーション・ディレクター

島村 雅晴
いただきますを考える会・RelationFish 社長

小宮 料理人の島村さんが未利用魚であるアイゴの養殖事業に取り組むまでに至った経緯を教えてください。

島村 幼い頃は自分で釣った魚を料理するような子どもで、近隣に近畿大学水産研究所があったこともあり、魚の品種改良を研究する仕事に就きたいと思う時期もありました。他にもバイオなど科学全般に関心がありました。進路を考えるタイミングで、食の世界に身を置いておけば、興味のある魚やバイオにもいずれつながることができるのではと考え、料理人の道を選びました。修業を積んだ後、28歳の時に独立しました。

2020年に日本料理・柏屋の松尾英明さんから、「海洋資源の枯渇を考えたときに天然魚を使うままでよいのか。お店で使えるレベルの品質の良い養殖魚を作りたいと思うが一緒にやらないか」とお声がけをいただきました。料理人の集まりである大阪料理会の親しいメンバーにも声をかけて、勉強もかねて始めようとプロジェクトがスタートしました。

アイゴは瀬戸内海沿岸や沖縄では食用魚として定着している。きちんと処理すればおいしい魚

新しい養殖魚としてのアイゴ

小宮 そこからプロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか。

島村 養殖魚のクオリティを上げようと思えば、エサとして大量の天然魚が必要です。エサとしてよく使われるのはカタクチイワシを加工した魚粉ですが、多くはペルーから輸入しています。ペルーでも海洋資源の枯渇が問題となっていますし、遠方から輸送するとなればフードマイレージの問題も生じてくるわけで、それを使うのは持続可能なことではありません。

ならば、魚粉を使わないエサがよいだろうと考え、植物を食べて育つ魚を養殖すればいいという発想が出てきました。藻食魚は日本近海で2、3種しかおらず、その1つがアイゴでした。

アイゴはふだん海藻を食べるのですが、レタスやキャベツも喜んで食べますし、キュウリを丸ごと入れても食べます。葉物野菜は全国で生産されているので、ご当地の廃棄野菜を使えば地産地消で回していけるのではと考えています。

小宮 聞けば聞くほどロジカルな話ですね。ところでアイゴっておいしいんですか。

島村 カワハギに近い白身魚です。もともと暖かい海にいて、九州や沖縄では食べる文化はあったのですが、温暖化に伴って瀬戸内海でも見るようになりました。ただ、養殖ノリなどを食べるので害魚扱いされています。独特の磯臭さはありますが、丁寧に処理すれば臭いも気にならず、うまみのあるおいしい魚です。キャベツをエサにすれば磯臭さも消えるので養殖することでさらに価値が上がります。

小宮 養殖はどのように進めているのでしょうか。

島村 RelationFish株式会社において、近畿大学と共同研究をしています。まず水槽で生きていけるのか、からスタートし、マダイ養殖に使っている魚粉ベースのエサ、魚粉の入っていない大豆たんぱくベースのエサ、野菜の3種類で比較し、育ち方の違い、においの改善具合などを試験しています。並行して完全養殖の研究も行っています。10月9日には、アイゴの試食会も兼ねて、研究の結果報告のイベントも行いました。野菜で育てたアイゴの刺身と、天然のアイゴで作った煮つけや揚げものなども試食してもらいました。

RelationFishでは、このような研究成果を元に事業化と販売を目指しています。流通するようになれば、知名度がなくそのまま売るのはハードルが高いので、お店で料理して出したり、百貨店などのイベントで調味料やレシピもセットにして販売することを考えています。

万博をきっかけに
日本の食卓への普及を目指す

小宮 これまでの料理人の方であれば考えなかったようなことですね。

島村 松尾さんが最近大学院に通っており、学びの中でSDGsを意識するようになったようです。私自身ももともと社会起業に興味があり、別に培養肉の研究開発の会社も興しています。料理人をしながら感じる課題について何か行動を起こさなければと考える人はいるのですが、実際に何をどのようにやればよいのかがわからずに何もできていない人が多いと思います。そういった方たちに対してハードルを下げられるような取り組みにしていけたらよいなとも思っています。

料理の専門学校からも注目をいただいています。授業でSDGsの話題を取り上げているそうですが、社会に出て具体的にどうかかわっていけるのか伝えるのによい教材になると思っていただいているようです。

小宮 TEAM EXPOに参加した思いを聞かせてください。

島村 いただきますを考える会の活動を広く知ってもらうことももちろんですが、今後、アイゴを普及させるためには養殖、流通、加工でさまざまな取り組みが必要です。流通の過程で出た廃棄物についてはエサや肥料に変えていくことも考えているので、さまざまな事業者と連携しなければなりません。万博をきっかけに、プロジェクトに参加したいという組織を増やし、さらに新しい活動につなげることを期待しています。アイゴは中東や東南アジアでは食用魚として定着しているので、世界にも活動を広げていくチャンスになるとも思っています。

小宮 多くの人が海洋資源の枯渇を考えるきっかけになりそうです。

島村 地球温暖化、フードロス、海洋汚染など様々なことを考えるきっかけになる藻食魚の可能性が非常に大きいと思っています。大規模に養殖されるようになれば、栄養素が多く含まれる排水が出るので、それを利用して海藻を育てることもできます。里山を手入れして維持するのと同じように里海という概念も育てることができればと思っています。

小宮 食の嗜好がサーモンやマグロ、サバなどに偏っており、未利用魚に注目が集まることで海洋資源のバランスの良い管理につながるとよいですね。ありがとうございました。