デジタル化とデータの共有 自治体のDXを加速するためのポイント

行政サービスのデジタル化は、自治体のみならず市民にとっても利益が大きい。経済産業省やデジタル庁とともに日本のDX推進に携わる情報処理推進機構の平本健二氏が、日本の自治体DXに今必要とされること、今後DXを加速するうえで重要なポイントを話した。

平本 健二 独立行政法人情報処理推進機構 デジタル基盤センター長

紙からデジタルへ
根本的な切り替えが必要

情報処理推進機構(IPA)は、デジタル技術の利用促進を通じて、信頼性の高いデジタル基盤の提供と産学官の多様な人材をつなぐことを目指す独立行政法人だ。経済産業省の政策実施機関として、情報セキュリティ対策の強化やIT人材育成、Society5.0の実現に向けた基盤整備などに取り組む。

平本氏は、このIPAのデジタル基盤センター長として、ソフトウェアやAIシステムのエンジニアリング、そしてそれに基づくDXの推進とイノベーション創出の仕組みづくりを担う。

特に自治体でのDX実現に向けた大前提として平本氏がまず挙げるのは、「紙からデジタルにスイッチを切り替えること」だ。

「日本の行政システムは、戸籍、商業登記、土地登記など、ほとんどの制度が紙をベースとし、改善を重ねてきました。この間に、社会は、スマートフォンやタブレット、データ中心に変わってきています。ところが、自治体や企業では、例えばファクスで送られた書類をOCRでデジタル化して、それをRPAに入れていくといったケースも見られます。DXと言いながら、パソコンで作られたデータを紙というアナログに一旦戻すといった無駄が至る所で発生しているのです。まずはここを変えなければ、DX実現は難しいと感じます」。

欧州で進む行政手続DX
役所の役割にも変化

日本の自治体DXは、世界的には周回遅れとも言われる。現在、世界の潮流はどうなっているのか。

「世界の行政サービスは今、ワンストップどころかノンストップ、ゼロストップサービスというところまで来ています。市民が窓口に出向いたり、いちいち申請書類を書く必要もない。それがノンストップ、ゼロストップサービスです。例えば、子供が2人で収入がいくらなら補助金額はいくら、と自動的に計算されて自動的に支給される、といったことがフランスやカナダなどで始まりつつあります。昨年(2023年)12月には、EU全域でデータ標準に基づくOnce-Only Technical Sy stem(OOTS)が始まりました。証明書等の添付のあり方を見直したのです。例えばフランス在住で学校はスペイン、就職はイタリアという人が各種証明書を申請する場合、これまではそれぞれの国から出してもらう必要がありましたが、新システムでは、EU全域の公的機関連携のもと、基本事項などの入力だけで一元的に申請でき、証明情報審査なども自動化されるようになったのです。現在、このシステムで21の手続きができます」。

EUの一員で電子政府の先進国として有名なエストニアでは、市民の手続きがほぼウェブ上で完結し、役所1階にはやや複雑な相談ができるスペースがあるだけだという。残った部屋は料理教室などイベントのためのコミュニティスペースとして一般に開放されている。DXによって、役所の役割、あり方そのものまでが見直され、変わっているということになる。

では日本で、自治体DXはどのように進めていくべきなのか。平本氏は「例えば申請書、証明書などの書の部分をデータに置き換えて考えることが大きな一歩」と提案する。紙ではなく、データをすべての前提とするのが重要ということだ。

実は日本にも、デジタル庁とIPAが活用を推進する政府相互運用性フレームワーク(GIF)と呼ばれるデータ標準の仕組みがある。

政府相互運用性フレームワークによるプロセス例



政府相互運用性フレームワーク(GIF:Government Interoperability)Frameworkを活用したイメージ。自動処理で申請の処理時間を短縮する

出典:IPA

 

「GIFによって、自動入力、自動照合などの自動処理が進めば、利用者だけでなく行政職員の利便性は圧倒的に向上します。私たちのシミュレーションでは、例えば1日16件の申請があった場合、pdfなどの添付書類に基づく従来の仕組みに比べて、申請処理時間は約60%短縮され、申請に係るコストは約3分の1に削減されます。しかも偽造しにくく、正確性も向上します」。

申請書、証明書ではなく、申請データ、証明データへ。データ標準に基づく行政手続きを徹底することで、自治体DXは大きく前進する。そのためには、庁内のデータそのものも活用しやすいきれいな状態にしておくことが重要になる。

「例えば住所や日付の表記方法、データの利用ルールが部局ごとにバラバラであれば、データの共有や連携がしづらくなりますし、無駄な作業も招きます。GIFでは標準的なデータモデルを作っていますが、まずはデータの形をきれいな形に整え、統一しておく必要があります」。

新しい価値を生み出す
データ共有文化の確立へ

DXの基盤たるデータが使いやすくなり、データの設計も活用もしやすくなれば、データの共有・連携も容易になり、標準化された素材が揃っているほど、新産業や新たなコミュニティ活動などイノベーションを生む土壌ができる。

「例えば、気象データとイベントデータ、人混み予想データを組み合わせると、商品の仕入れ数が正確に判断できます。このように、データは、組み合わせ、連携させることで価値が増大します。このデータ共有・連携もまた、DX実現における重要なポイントです。さらに、データをオープンにする、民間データも組み合わせる、という仕組みを整えていけば、それをAI解析に活用する人、コミュニティで活用する人が出てくる。そこから新しいサービスも生まれ、社会の維持管理コストも低減されます。そうしたデータ共有文化を確立し、データが自在に循環する環境を整えることで、サービス改善サイクルも高速になり、便利で暮らしやすい地域づくりにつながります。データ整備は地味な作業ですが、きちんと地ならししておけば、それが10年、20年後の地域の資産になっていくと思います」。

平本氏には、DX推進に関して常々言っていることがあるという。それは「紙の時代の常識を疑え」だ。なぜこれを紙にする必要があるのか。そもそもこの手続きの本来の意義は何なのか。テレビで見たあの最新デジタル技術を職場で使うとどうなるのか。日頃の「ちょっとした頭の体操」を通じて、DXをゼロベースで考えることが様々なひらめきにつながる。DXの現状を一歩も二歩も進めるためのヒントは、そのあたりにありそうだ。