農業のデータ活用で重要なのは、持続可能性と生産性の両立

内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業」で農業データ連携基盤「WAGRI」の開発研究に携わった慶應義塾大学教授の神成氏。現在は第二期のSIPでスマートフードチェーンの開発を進める。スーパーシティにおける農業のデータ活用はどう在るべきか、神成氏に聞いた。

神成 淳司 慶應義塾大学環境情報学部 教授

無駄をなくして稼げる仕組みを

「スーパーシティを目指す際に重要なのは、持続可能な地域をいかに作っていくかです。それを、データ連携などによってどう実現していくかが大きな柱だと考えています。農業においても、農機の自動化やデータの利活用などが言われていますが、それが果たして本当に地域の役に立つのかを改めて考える必要があります」と語る慶應義塾大学教授の神成氏。例えば、高度な環境制御下で作物を栽培する次世代型植物工場は、一時期流行りたくさん建設されたが、ランニングコストが高く、その多くが立ち行かなくなっている。

「スマートシティになった瞬間にインフラ維持管理コストは間違いなく上がるため、地域として稼いでいくための一手段として農業を捉えることが重要です。個々の農家の生産性向上や規模拡大を考えるだけでなく、地域全体で1つの主要産業として農業を捉えるということです。スーパーシティの中での役割という点では、従来よりも農業の役割は重くなり、積極的に様々なことを考えていく必要が出てきます」

単に農業の生産性を考える時には「付加価値の高い産物」に目がいきがちだが、地域の主要産業として農業を捉える場合は、付加価値よりも、生産規模の拡大と生産から販売までの安定的な仕組みづくりが重要となる。

農業データ連携基盤「WAGRI(わぐり)」の開発研究で生産現場のデータ連携に取り組んできた神成氏が、現在力を入れているのが、生産から流通、加工、小売までを連携する「スマートフードチェーン」だ。現在の生鮮物流は、生産から販売まで各セクションのデータが分断されており、多くの無駄や非効率が起こっている。これらのデータを連携し、無駄や非効率を見える化することで、出荷時期、加工・輸送方法、保管コストなど、一連の動きを最適化。フードロスや確実な産地保証などの課題を解決し、全体として付加価値を上げることを目指している。

「これからの数年間で、生鮮物流はドラスティックに変わると思っています。今の無駄を省くことで最終的に稼ぐ仕組みを作ることが、スーパーシティにおける農業に一番求められていることではないでしょうか」

「スマートフードチェーン」にはすでに協力機関も含めると100社以上の組織が入っており、1年後の社会実装を目指し、輸出も含めた幅広い取り組みを進めているという。

地域のリソースを最適化

神成氏は、「スーパーシティにおける新しい農業として、日本がやらなければならないことは2つある」と語る。1つは食料自給率の問題だ。10年、20年後を見据え、食料自給率を100%にしようと思えば、農地も水も足りない。

「データ連携することで、地域のリソースを最適に活かし、農業力を上げていくことができます。例えば、米の生産は、田植えと収穫期以外はほとんど人手はいりません。その人手を別の作物の生産に回すことは可能です。ヒューマンリソースを最適化することで、人手不足を解消し、地域に働く場を生みだすこともできます」

熟練農家のノウハウを戦略的に活かすためのデータ連携も可能だ。例えばイスラエルでは、農業における意思決定と作業を分け、ある作物のプロが広範囲の作物に対して、作業の的確な指示を出す。その指示に従って現場作業をすることで、規模の大きな農地の経営に成功している。

「生産能力の高い熟練者が高齢になり、自身の農地を縮小すれば、地域全体の生産力が低下します。しかし、熟練者が遠隔で作業を指示できる通信インフラを整備し、若手が現場で作業をすれば、イスラエルのように意思決定と作業を分離できます。スーパーシティのインフラによって、熟練者が30カ所の農地を見ることができれば、地域全体の生産性は上がるでしょう」

熟練農家が遠隔指示できる通信インフラが整えば、意思決定と作業の分離により、生産性を上げることができる

これも、ヒューマンリソースの最適化の1つと言える。

新しい農業として考えるべきもう1つの問題は、世界的な脱炭素の潮流だ。

「環境性の高い農業をいかに実現するかということです。そうした農業を地域で実現できれば、世界から注目され、人を集められるという意識を持つ必要があります。テクノロジーで目指すべきは環境性と生産性の両立です」

「農家四季報」で良い循環を作る

現在、農家が金融機関から融資を受ける際に担保になるのは、固定資産のみだ。しかし、「例えば天候不良による全体的な不作時に、常に安定的に出荷できている農家は評価されるべき」だと神成氏は指摘する。

「様々なデータが蓄積され、比較できるようになれば、今まで見えなかった農家の潜在能力を体系的に評価できるようになります。私はいつか、会社四季報ならぬ『農家四季報』を作りたいと思っていますが、そのような指標が確立すれば、農家は生産性の向上や安定化を目指すでしょう。そして、それが評価されて新しい出荷先の獲得や融資につながれば、より良い評価を得るために、農業のスマート化に資金を回すといった好循環が生まれます。市場評価を得るために、スーパーシティで言われるスマート農業が使われるなら素晴らしいと思います。作物が安定的に売れて稼げることは、農家にとって新しい技術を導入する一番のインセンティブです。そのためのデータ連携の在り方を考えていく必要があります」

また、今後スーパーシティを目指す自治体に対しては、「農業のスマート化は、スーパーシティを主導している部署と農林担当部署が連携して進めることが大切」だと神成氏は語る。

「農林水産は地域の産業の主軸です。それをどう伸ばすかは一部署で考えるのではなく、人事交流も含め、垣根を越えて一体となって進めていくべきだと思います」

 

神成 淳司(しんじょう・あつし)
慶應義塾大学環境情報学部 教授

 

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