大林組 未来の建設現場を持続可能にするウェルビーイング
働き方改革に伴い、必要な労働力が確保できなくなる「2024年問題」が心配される建設現場。将来のインフラ整備・メンテナンスや、時代に合わせた新しい建物、施設の建設を持続可能にする方策は何か。大林組の技術開発からみる未来の土木・建築現場では、より多様な人々が働く風景が見られそうだ。
インフラの整備・メンテナンスや、時代に合わせた新しい建物づくりは常に必要とされる営みであり、それを持続可能にする取組が求められる。国土交通省の2023年度国土交通白書では、建設業の担い手不足の解消のためには生産性向上や働き方改革が必要であり、デジタル化がその鍵になると指摘している。国内大手総合建設会社の1つ、大林組では、現場の課題を解決するための様々な研究・実証実験を実施してきた。それらから予測できる未来の土木・建築現場の光景はどのようなものだろうか。
人とロボットとが協働する
未来の現場づくりが必須に
人手不足への対策でまず取り上げられるのが、自動化の推進とロボットの活用だ。大林組は、建設のデジタルトランスフォーメーションの⼀環として「ロボティクスコンストラクション構想」を提唱し技術開発を⾏ってきた。メーカーの工場や物流倉庫などでは、自動化が可能なものからロボットが作業を担うようになっており、建築現場でも様々な資材の運搬で自動搬送装置の導入が始まっている。ただし、工場内などで決められた作業を指示通りに遂行することが得意なロボットと、屋外での作業で日々現場の状況が変化していく土木・建築現場は相性が良いとはいえない。例えば、現場の床に凹凸があるだけで、車輪で動くロボットは行動が制限されてしまう。
「現在の建設現場は人間の作業に合わせたもので、ロボットと共同作業できるようにはなっていません。建物のつくり方自体を変え、ロボットでも働きやすい現場の環境をつくる必要があります」と大林組技術本部本部長室長の佐野剛志氏は指摘する。
人とロボットが協働可能な現場をつくるためには、機器開発だけでなく、工事の進め方などのオペレーションも改めなければならない。現場で作業が始まる前の段階から、ロボット利用を前提とした環境づくりが不可欠だ。このため、現在は業務を分担している設計、調達、施工管理、現場作業などの各部門が協力して、ロボティクスオリエンテッドな現場環境を実現する必要があると同氏はいう。
遠隔操作でオペレーターをシェア
3Dプリンタで構築する家
様々な建設機械・重機の遠隔操作も、現場の人手不足を補う際に有効なものとして期待されている。重機やクレーンのオペレーターは、操縦する機械に合わせた資格が必要な専門職であり、人数が限られている。そこで遠隔操作が可能になれば、現在は現場に行って機械を操作しているオペレーターを制御室に集め、そこから全国各地で作業ができるようになる。
実際に大林組では2021~22年にかけて、福島県飯館村で実施した実証実験で、複数台の建設機械を大阪の西日本ロボティクスセンターから操作することに成功した。⾃動・⾃律運転と遠隔操作を組み合わせることで、3台の建築機械を1人の管理者が運用して盛土工事が施工できた。室内で作業できるのであれば、これまでは熟練オペレーターになることが難しかった高齢者や障害のある人でも活躍の場が広がる。また、遠隔操作の専門家という新しい職業が生まれることで、若者を集める効果もあるかもしれない。大林組が開催支援企業の1社として参加した建設機械の遠隔操作技術を競うイベント「e建機チャレンジ大会」にはeスポーツチームも参加し、良好な成績を収めた。ゲームの才能が建設現場で活かせる可能性もあるのだ。
重機操作では、オペレーターだけでなく周囲の作業員の安全も確保しなければならない。遠隔操作の社会実装には、免許や安全教育なども含めた新しいルール作りが必要になるが、それをクリアできればより幅広い人が建設に関われるようになるだろう。
この他、建築用3Dプリンタも、省人化につながるものとして期待されている。設計図とプリンタをセットし、スイッチさえ押せば、自動施工で建物が完成する、というのが究極の形だ。まだそこまでは到達していないものの、ここ数年で技術開発が進み、複雑で大きな建物もつくれるようになってきた。大林組では、建築基準法に基づく認定を国内で初めて取得した3Dプリンタ製の実証棟を2023年3月に建設している。実証棟では、壁の中に配管やダクト、断熱材を配置することで通常の建築物と同じように電気や水道が使えるようにした。未来の建築現場では、コンクリート構造物の建築工程の一部で3Dプリンタを活用し、ロボットと連携して施工することで、より現場の人の負担を減らしながら作業を進めるシステムが実現しているかもしれない。
安全で働きやすい職場をつくり
担い手を多様化
このように自動化やロボットの導入を進めても、屋外の建設現場にはすぐには機械化できない仕事が多く残っている。一方で、特に夏季の屋外作業の過酷さは増すばかりだ。「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(厚生労働省)によると、2018年から2022年まで、建設業は熱中症の発生では常にトップ。2022年には13人もの死亡者を出している。脱炭素社会の実現を目指しているとはいえ、すぐに夏場の気温が下がることは考えにくく、現場作業員の健康管理が必須になっている。
大林組では、酷暑が問題になり始めた2010年代前半から作業員のバイタルデータを基にした体調管理に取り組み始めた。実証実験と改良を重ね、「Envital®」として2017年に製品化している。「Envital®」は、作業員がつけるリストバンド型センサーから取得するバイタルデータと、各作業場所の気温や湿度などの環境データをリアルタイムにクラウド上で共有するシステムだ。熱中症につながる体調変化を、本人と管理者の両方にアラートする。これまでに大林組の工事事務所でのべ4000人以上が利用しており、導入後の現場での熱中症をゼロに抑えているほか、社外にも一部提供している。
「Envital®」の開発を進めた同社技術本部未来技術創造部長の赤川宏幸氏は「いろいろな人が安心して働ける環境を作りたい」と話す。弱さを見せることが恥ずかしい、目前の仕事に対する責任があるといった事情から、体調の変化を言い出しづらいという人は年齢を問わない。デバイスを通じて早めに体調変化に気づき対策をとれば、健康に働き続けることができる。未来の建設現場では、様々な年齢・性別の人が、安全に無理せず、そしてロボットなどとも協力しながら効率よく作業する職場になりそうだ。