MPDで自分を変えた経験を、社内の意識行動変革に活かす

トヨタグループのトヨタ車体に勤務する名古屋校9期生の山口智史氏はMPD在学中に経営企画部への異動を希望し、社内で意識行動変革に取り組んでいる。背景にある企業課題や実施した改革プロジェクト、また、企業内で事業構想や新規事業を起こす風土を育むための工夫やヒントについて話を聞いた。

山口 智史
トヨタ車体 戦略企画室(名古屋校9期生/2021年度修了)

内向きな委託事業体質から
脱却を図る

トヨタ車体はトヨタのクルマの企画・開発・製造を担い、アルファードやノアなどのミニバン、ハイエースなどの商用車、ランドクルーザーなどSUV、そして福祉車両や量産型小型EVも手掛けている。山口氏は1999年にトヨタ車体に入社。生産技術分野での勤務のほか、約8年間労働組合に専属で従事した経験も持つ。現在は戦略企画室所属だ。

MPD入学は2020年。経営企画に異動後、2021年から取り組んでいるのが、社内全体の意識行動変革である。背景にはいくつかの企業課題があった。まずは、B to Bのモノづくり企業の体質として、エンドユーザーに対する感覚が薄いこと。過去からトヨタのクルマを委託開発・生産してきた「お客様=親会社」という構図から抜けきれずにいた。

「それから、愛知県の三河という、トヨタグループの企業が数多く集まっている地域にあることで、内向き。他責で強いセクショナリズムもあり、挑戦しにくく失敗しづらい風土が生まれていました」

そこで始めたのが、タテとヨコの壁をなくし、社員たちが自分の限界を超えるための「No Border Project」だ。お客様は親会社ではなくクルマのエンドユーザーであり、自分たちは事業責任者であるという意識を一人ひとりに育むことを目指した。

具体的な施策の一つが「いいじゃん!プロジェクト」。誰かが何かを提案したら、役員ですら「いいじゃん!」としか言ってはいけないという条件のもと、どんな提案でもとりあえずやってもらう、という企画を実施した。車両製造時に出る端材でキーホルダーを作ったほか、トレーラーの価値探求や製造ラインの部品棚の改革など、様々なプロジェクトが生まれた。

「いいじゃん!プロジェクト」の成果発表会

また、予算も付けた「全社における変革活動」も実施したところ「最初はオフィスをきれいにするような活動ばかりで、もっと外部と交流するなど違うことをやってほしいと思いました。でもこのおかげで昭和の旧態依然としたオフィスが明るく近代的になったので、今では良かったと思っています」。今年度からは名称をチャレンジサポートと変え、もっと外に出て挑戦することを促している。

MPDで自分を変えた経験を
社内で活かし人を動かす

「No Border Project」を進める中で山口氏は「もっと、事業構想や新規事業で人を動かすことをやりたい」と感じ始める。その源には、労働組合で組合員のために働いた8年間や、事業構想大学院大学での気づきがある。「本当にやりたいこととは何かを考え事業構想をすると、自分自身が変化していく」ことを、身をもって経験したからだ。また、学生の人気も下降気味ながら「大所帯」を抱える自動車産業を持続させるには「新しい付加価値で利益を生むことが必要」という思いもある。

そこで社員の意識行動変革に、自分が経験した事業構想を活かす道を探った。事業の起案者は自分で事業を回す以上、主体的な挑戦ができる。また、顧客課題起点で新規企業を考えれば、より明確に顧客の立場に立てる。加えて、社会課題を解決するのであれば、外と繋がる必要が出てくる。上司や部署も、誰かが何かをやろうと言えば認めないといけないし、上司やほかの社員自身も巻き込まれることで、風通しの良い職場が醸成されるからだ。

「この考え方自体、自分のwillに近かった。だから、いいじゃん!プロジェクトの事務局でありながら自分でも応募。それが『トヨタ車体事業創出プログラムHaCoBoost』でした」

HaCoはトヨタ車体の主力事業である箱型車両と「運ぶ」から、そこにBoostを掛け合わせた名称だ。このプログラムで、アイデアはあるが動き出せない社員に、応募制で、アイデアを実現できる場を創出した。結果、応募数は60弱。その中から生まれた、クルマの生産技術を活用し、効率的に再エネを日光要素に変換する農業支援と、スギ間伐材を使用した射出材料「TABWD(タブウッド)」を使ったリユースとリサイクルができるプラスチック容器で新たな価値をつくる事業という2つが今、実証実験を重ねながら事業化に向けて動いているという。

スギ間伐材を使用した射出材料「TABWD®」

社内で事業構想を行うには
様々な工夫が必要

産官学のプロジェクトも進めている。事例の一つが、長野県富士見町だ。富士見町、事業構想大学院大学そしてトヨタ車体の3者で「住み続けられる福祉のまちづくり」を目指し、地域人材育成プロジェクトを実施した。地域活性、新事業創出に意欲を持つ社会人がともに事業構想を研究する場を生み出し、研究員10名のうち、トヨタ車体からも社員が数名参加をした。社員の参加にあたっては社内公募を行い、自分の上司に自分で参加許可をもらうことを条件とした。そうすると、思いが強い人が集まり、上司や所属部署も前向きになるからだ。また、自治体と連携してのプロジェクトは、フィールドワークが非常にやりやすかったという。

長野県富士見町、MPD、トヨタ車体の3者による研究プロジェクトの拠点「富士見町地域共生センターふらっと」(写真左)と、トヨタのノアをベースにしたウェルキャブ車いす仕様車タイプⅡ(サードシート付)

「思いの強い人が集まったことが良かった。福祉車両を開発しているからトヨタ車体に入社したのに、何もできないと鬱屈していた人や、キャリアについて私に相談してくれて、前向きになってくれた人もいました」

中山間地域の困りごとに入り込むことで、地域への理解も深まった。「最初は自動車を使ったサービスの創出を考えていましたが、最終的には自動車から離れ顧客視点の発想ができるようになった」という、その研究成果は3月14日の発表会で報告される。

山口氏は企業内で新しい取り組みや新規事業を起こすためのコツとして「まず、既存業務はしっかりとやること。自分が楽しいことだけをやっていると周りに思われたら、理解してもらえません。そして、本人の意識行動変革ができたら、それを組織や会社に波及させないといけません」と語る。加えて、もし周りが「それってうちに関係ある?」と口にしたら、その瞬間に新規事業は消えていく、と山口氏。アイデアを応募する人には「自分の思いで進めていいが、『なぜうちの会社がやるのか?』という問いに対する答えを頭の片隅に必ず置いておくように」と伝えていると話した。

「事業構想とは人生を考えること。やっていきたいことがクリアになり、自分にドライブがかかるのが事業構想だと思います」

山口氏自身の活動のベースには、労働組合で会社自体を良くしなければ組合員の幸せもないと学んだことがある。自己実現と企業の成長を、うまく融合させていくことが今後の目標だ。