JPコーチ&コンサルティング 地域で承継者を育成「未来留学」
地方の人口減少と空洞化は深刻さを増し、後継者難から廃業を選択する企業も珍しくない。いかにして地域経済を維持し、次世代に受け継ぐのか。JPコーチ&コンサルティングの代表取締役である栗田恵世氏は商業高等学校や地元企業と連携した教育プログラムを開発し、地域密着型の人材育成に力を注ぐ。

JPコーチ&コンサルティング代表取締役の栗田 恵世氏
(名古屋校4期生/2023年度修了)
家業の廃業で経営の厳しさを知り
中小企業向けの経営コンサルに
かつては子どもが家業を継ぐのが一般的だった。農業従事者の子どもは農地を受け継ぎ、工場や商店を営む家の子どもはその事業を承継する。多くの中小企業はそうやって脈々と受け継がれてきたのだが、昨今は事業環境の厳しさや産業構造の変化、少子化、家業に対する意識の変化が相まって、親子承継が難しくなっているという。
経営コンサルティング会社であるJPコーチ&コンサルティング代表取締役の栗田恵世氏は、曾祖母が興した飲食店を営む家に生まれ、家業を継ぐつもりだったが、父親の代で廃業となり、承継の夢は叶わなかった。
「お店を継ぐために調理師免許も取得したのですが、商店街の衰退などで経営が厳しく、父の体調不良を機に100年以上続いた店を閉めることになりました。両親にできなかった恩返しを、同じ悩みに苦しむ中小企業の経営者の役に立つことで地域へ返したいと思いました。そこで、事務員から経営コンサルタントとして修業を積み、2014年に独立しました」
2020年、コロナ禍が社会を揺るがす。栗田氏は困難に直面する企業と相対するなかで「従来の延長線上ではなく、ビジネスモデルそのものを変革しなければならない」と感じていた。現状を打破する新規事業はどうやって生み出せばいいのか。ヒントを求めて、2022年4月に事業構想大学院大学の門を叩いた。
地域の未来を担う子どもたちに
企業経営のリアルを見せる
「最初に衝撃を受けたのは1年次ゼミで『50年後の日本、地域はどんな状況になっていくか?』と問いかけられたこと。コロナ禍で中長期どころか来年の見通しさえつかない時期でしたから、50年後の世界を考えること自体が新鮮で驚きでした」
未来がどうなるかは誰にもわからないが、1つ確かなことは人口減少だ。日本創生会議が人口推計をもとに発表する消滅可能性都市には、栗田氏の地元である岐阜県の自治体がいくつも名を連ねる。中小企業の廃業が増えれば、地域の活力が失われ、人口流出が一層加速し、都市消滅が現実のものとなり兼ねない。
そうならないためには、企業の変革と新規事業の創出、そして次世代に事業を承継する必要がある。栗田氏は「親子が難しいのであれば、地域の子どもたちが地元企業を継ぐ『ふるさと承継』はどうか」との仮説のもと、高校生や大学生を対象にフィールドリサーチを実施した。彼らは「将来をどのように決めたらよいかわからない」「誰に相談すればよいかわからない」といった漠とした不安を抱えていたことから、地域のキーマンである中小企業経営者を引き合わせることを思いつく。高校生や大学生には将来における不安の解消や地元で働くことの意義を考える好機となるし、企業には事業承継の候補者との交流という意味がある。

企業経営者と高校生によるディスカッションの様子

中華料理チェーン店とはコラボメニューによる売上拡大に取り組んだ

奥飛騨温泉郷では観光施設の新規事業マーケティング計画にチャレンジ
そのアイデアをもとに考案したのが高校生や大学生が地元の中小企業で経営を体験するキャリア教育プログラム「未来留学」だ。一般的なインターンシップは職業体験や企業見学の意味合いが強いが、未来留学は経営者と直に接し、約10カ月間にわたり、専門家とともに経営課題解決に取り組むという経営のリアルを体験できる点が大きく異なる。
「対象は経営に近しい分野を学んでいる商業・工業高校などの実業高校の生徒や、経営学部・商学部・経済学部などに在籍する大学生に絞りました。未来留学を通して『この社長の下で働きたい』『この会社が好きだ』と感じてくれれば、進学等で県外へ出ても地元に戻ってきてくれるかもしれませんし、ここから承継者や幹部候補として活躍する人が現れることを期待しています」
教育機関・地元企業・専門家による
ゴールイメージの共有が成功のカギ
2024年春、初めての未来留学が幕を開けた。初年度は実証事業という位置づけで、栗田氏の出身校かつフィールドリサーチ協力先である岐阜県立大垣商業高等学校と、栗田氏の顧客企業から業種の異なる企業3社の協力のもとに実施。栗田氏は専門家として諸活動をサポートする。受入企業のうちの1社は200年以上の歴史を持つ染色加工業の艶金で、DXに取り組むもなかなか進まないといった課題があったことから、高校生にはDX推進とコスト削減という2つの課題が示された。
「艶金さんでは色味の検査を職人が行ってきたのですが、高校生がAIを使った検査システムの導入シミュレーションを行い、導入効果を証明しました。また、特殊加工用の液剤の適正使用量を導き出す新たな公式を導き出しました。合計1000万円のコスト削減が可能との結果が得られ、艶金さんには大変喜ばれました。この取り組みは第32回全国商業高校商業研究発表会で、県勢初の日本一となりました」

2024年度の取り組みの集大成として実施した成果発表会
高校生からは「商業高校の勉強が社会の役に立つことを実感した」「なぜ経営に簿記が必要なのかがわかった」といった声が上がり、学校や保護者からは彼らの目覚ましい成長ぶりに対する感謝の言葉が寄せられ、実証事業としては大成功を収めた。2024年末に200人規模の成果発表会を実施した効果もあって、栗田氏のもとには教育機関や企業から多数の問い合わせが届いており、2025年度は岐阜県、愛知県の商業高校3校、中小企業7社と規模を拡大実施する計画だ。今後、さらに他地域で展開できるように、ナレッジマネジメントにも挑戦している。実証実験で得たノウハウ、知見、栗田氏や高校生の経験値を生成AIに読み込ませ、未来留学のチャットボットをつくる取り組み等も同時並行で進めている。
「初年度の成功は高校、企業、専門家の3者が同じ温度感でゴールイメージを共有できていたことが大きかったと思います。未来留学の真の効果検証には10年ほどかかると思っているので、まずは10年続ける覚悟でスタートしました。人口減少には歯止めがかかりませんが、『ふるさと承継』のために学校や企業にできることはまだまだあります。未来留学に興味があり、かつ価値観を共有できる教育機関、企業、専門家とともに、全国に広げていきたいと思っています」