早期発見・早期治療のための次世代がん検査事業

日本人の2人に1人ががんにかかる時代。がん検診は早期発見・早期治療に有効で、自治体等による費用補助があるにもかかわらず、受診率は50%以下に留まる。そんな現状を変えようと、製薬会社の社員として働きながら次世代がん検査事業を推進するべく、自ら会社を立ち上げた山上博子氏に話を聞いた。

株式会社100 代表取締役 山上博子氏(大阪校11期生/2023年度修了)

検査や検診のハードルを下げたい
社内ビジコンがキャリアの転換点

かつて不治の病と恐れられていたがんは、いまや長生きもできる疾患へと変わりつつある。なかでも、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮頸がんの5つは早期発見・早期治療によるがん死亡率減少を目的とした対策型検診の対象になっている。

しかし、受診率は伸び悩み、2023年策定「がん対策推進基本計画(第4期)」で掲げた目標値60%以上には程遠い。受診しない理由は人それぞれで「検診の予約が面倒」「忙しくて時間が取れない」など前段階にハードルがある人もいれば、「痛いから受けたくない」「胃がん検診のバリウムが苦痛」など検査の中身がハードルになっている人もいる。

これらの課題が解決できれば、がん検診がもっと身近になるのではないか――そんな思いから「次世代がん検査(New generation Cancer Test:NCT)」の事業化に取り組むのが、株式会社100代表取締役の山上博子氏だ。平日は大手製薬会社の社員として、週末は起業家として活動する。

「転機は2019年の社内ビジネスコンテスト。いまは抗原検査キットが薬局でも手に入りますが、コロナ禍前までインフルエンザの検査は医療機関に限られ、発熱でつらくても病院に行かなければならなかったので、妊娠検査薬のように、平時にコンビニで購入し、発熱した際に自宅でセルフ検査ができる仕組みを作れないかと考えました。さすがに当時は、一足飛びは難しいと思い、医療機関に近い調剤薬局でインフルエンザの検査を受けられるようにすることを提案。アイデアは評価されたのですが、直後のコロナ禍で状況が一変し、事業化には至りませんでした」

痛くない乳がん検査機器との
出会いが事業化への原動力に

アイデアを形にする難しさを実感した山上氏は事業創出を体系的に学ぶため、2022年春に事業構想大学院大学(MPD)に入学する。当初は医療者をターゲットにした第三の働き方の場の創出事業を考えていたが、竹安聡教授から「あれこれと盛り込んだ幕の内弁当のよう。それが悪いわけではないが、何でもある幕の内よりは『肉弁当』の方が、よだれが出ると思わないか。どれか1つに絞って追及してはどうか」との助言を受けた。

自分が追及すべき「肉弁当」とは何かを自問して1カ月が過ぎるころ、山上氏は偶然、東大発ベンチャーのLily MedTechが開発した乳がん検査装置の情報を目にする。乳がん検診では乳房を板で挟んでX線撮影するマンモグラフィ検査が一般的だが、痛みを伴うことから敬遠する女性は少なくない。一方、この装置はベッド型の検査装置で、受診者がうつ伏せになってベッド中央の穴に乳房を挿入すると、内部のリング型装置が動いて乳房を 1 スライスずつ撮像する仕組みで、検査に伴う痛みがないことが特徴だ。

「ホームページから連絡を取り、東京まで開発メーカーに会いに行きました。2022年10月時点では1台も売れておらず、検査装置の開発と医療機関に導入してもらうことは別問題というお話でした。ただ、そこからの展開は神がかっていて、MPDの1年先輩に当時の和歌山市議長がおられたので、その方を通じてフィールドリサーチの名目で11月に和歌山市を訪問しところ、和歌山市長や市職員の方々にプレゼンテーションをさせていただくことができたのです」

このときのプレゼンがきっかけとなり、和歌山市の観光課の職員から、翌年に乳がんをテーマにした和歌山が舞台の映画が公開されるという情報を得る。そして、その映画のPRの一環という立てつけで、イオンモール和歌山の2階に東大から最新の乳がん検査装置を手弁当で持ち込み、リサーチを行うことができた。場所柄、検査体験まではできないが、実機に触れた人たちから「痛くない検査ならば受けてみたい」「買い物のついでに検査ができたら便利」といった声が寄せられた。

テストマーケティングを重ねながら次世代がん検査プラットフォームの事業化に向けて準備を進める

 

イオンモール和歌山に乳がん検査装置を展示し、実際に見て触れてもらった

がんサバイバーの就労支援も視野に
社会全体でこの問題と向き合いたい

ここまでの経験をもとに、山上氏は「次世代がん検査(NCT)プラットフォーム事業」を構想し、ビジネスモデル特許を取得するとともに、事業推進母体として株式会社100(ワンダブルオー)を立ち上げた。

事業の特徴はNCTの予約からアフターフォローまでをスマホで完結できるワンストップ型のプラットフォームであること(図)。そして、医療機関以外の場所で気軽にNCTを受けられることだ。乳がん検査の超音波装置はもちろんのこと、だ液や尿でがんのリスクを評価する検査キットなどもあり、様々な検査を受けられるようにしたいと考えている。

図 次世代がん検査(NCT)プラットフォーム事業の特徴

NCTの結果がハイリスクだった場合は連携医療機関につなぎ、改めて検査を受けてもらい、がんの確定診断が下った場合はお見舞金を出す。原資は、検査機器メーカーや保険会社などのスポンサーシップと、自治体の補助金を想定。企業とは啓発イベントやSNSでの情報発信においても連携の可能性がありそうだ。

さらに、がんサバイバーや休眠医師が参画するオンラインコミュニティを用意し、治療や生活に関する不安、悩みを言える場を作る。これは、がんサバイバーへのデプスインタビューで「以前と同じ働き方ができなくなった」「治療を終えて社会復帰しようにも、雇用先が見つからない」といった声が多かったことを受けての施策だ。がんサバイバーの就労の問題は、がんが治るようになったからこそ顕在化したテーマであり、国でも優先度の高い問題として対応を検討している。

「いまはいつでも検査を受けられるNCTの常設カフェを作るか、オフィス内の休憩室などに開設するか、様々な観点で検討中ですが、いずれにしても、がんサバイバーの皆さんにそこで働いてもらいたいと考えています。この事業を始めてから『実はがんサバイバーです』と名乗ってくださる方が増えたので、想像以上にがんサバイバーは身近に大勢おられるのかもしれません。がんは依然として怖い病気というイメージもありますが、だからこそ、がんサバイバーが活躍する姿に勇気づけられるのだと思います」

がんの中には早期発見・早期治療によって良好な予後が期待されるものもある。山上氏が掲げる「がん検査の民主化」は人生100年時代を自分らしく生きていくために欠かせないテーマとなりそうだ。