and and plus 唯一無二のアートで事業の物語を紡ぐ
福祉施設で埋もれているアートを何とかしたい――and and plus代表の浅川浩樹氏の事業構想はそこから始まった。浅川氏は企業のストーリーとアートを組み合わせることで、既存のアートビジネスの枠組みや障がいの有無を越えて、プロとして認められて対価を循環させる仕組みづくりに挑戦している。
普段の仕事では出会えない
多様な院生との交流が刺激に
「デザイン」には大きく2つの側面がある。意匠や造形など実体を対象にしたデザインと、計画や思想のように物理的な対象を持たないデザインだ。製品やウェブサイトなどのデザインは前者の意味合いが強いが、具体的な表現を考える上では後者の視点が欠かせない。and and plus代表の浅川浩樹氏は大学卒業後、メーカーのデザイン部門やデザイン会社に勤務し、プロダクトデザインや空間デザインを手掛けてきた。
「デザインの役割とは何か」「社会の要請に応えるデザインとは何か」を自問する日々を経て、浅川氏は「製品でも空間でも始まりを間違えるとうまくいかない。その企業が目指すビジョンやコンセプトが重要」だと思い至り、プロジェクト全体のデザインやプロデュースへと仕事の方向性を転換する。
そうしたなかで事業構想大学院大学(MPD)を知る。事業構想は英語で「Project Design」。浅川氏の問題意識に合致し、もともと独立願望を持っていたこともあって、2016年春に入学。「経営者や事業承継者など、今までの仕事では出会ったことのないタイプの人達に囲まれて視野が広がり刺激的な日々」だったという。
「障がい者アートには以前から関心があり、作品展にも足を運んでいましたが、MPDで福祉に携わる院生や教員と議論し、研究活動として様々な企業や事業所を訪問するうちに心境が変化しました。特に印象深いのは、ある障がい者施設でアート作品が詰まった山積みの段ボール箱が捨てられているのを目の当たりにしたこと。浪人して高い学費を払って美大で学んでも敵わないと嫉妬してしまうような作品ばかりで、『多岐にわたって実践して育んだ自己資源を活かし、これらの作品を世に出したい』と思ったんです。自分のなかでバラバラに散らばっていたピースがつながっていくような感覚でした」
才能あふれるアートを
企業のストーリーにつなげる
2018年、浅川氏はand and plusを設立。障がい者アートへの理解は広がりつつあるものの、十分な収入を得ているアーティストはまれであることから、当初は企業にアートを販売することで彼らを支援したいと考えていた。しかし、残念ながら需要はなかった。企業にとってはSDGsなどの文脈に合致し、かつ担当者の共感も得られるが、数多ある社会貢献の選択肢の中で、障がい者アートを買わなければならない理由はなかなか見い出せない。
「それならば、買いやすいストーリーを作ればよいと考えました。企業の理念やビジョン、事業や製品に対する思い、担当者のこだわりなど、顧客や株主などのステークホルダーに知ってほしいことを表現できれば、企業がアートを購入する意味が出ます」
そこで着目したのが、新店舗やオフィスのリニューアルのタイミングだ。例えば、会議室の壁に新しいアートが飾られれば、商談に訪れた顧客との会話が生まれる。社員が「この作品にはこういう意味があり、当社の理念を表している」といった説明ができれば、顧客の印象に残りやすく、社員にとっても自社の理念の再確認になる。顧客に「素晴らしい取り組み」だと言われれば、自社への誇らしさや愛着も沸く。
このアイデアが現在の事業につながった。第1号案件は、コクヨとの連携で取り組んだ三井物産と三井不動産によるテナントワーカー向け施設「mot. Mitsui Office for Tomorrow OTEMACHI ONE」だ。浅川氏が見出した作品をアートグラフィックに変換して内装の至る所に配置し、場やモノ、ビジネスモデルに融合させる。この取り組みは国内外で高く評価され、「reddit design award」などを受賞している。
また、大和ハウスグループに属するフジタのオフィスには『偶発混色ドット』と題したアートグラフィックを提案した。もとのアートは筆に様々な色を含ませてポンっと画用紙に打たれた2cmほどの点群の作品だが、「そこにアーティストのパッションや強い生命力が感じられました。まちづくりに取り組むフジタさんの企業理念には自然や心の豊かさへの思いが込められていたので、作品を大きく引き伸ばして壁紙に仕立てて、地球や草花の生命感を誰でも感じ取れるように表現しました」。こちらもやはり共感と愛着を得て、多くの人たちにその魅力を伝えている。
得意の足し算で課題解決を図る
スキルリレーションという考え方
2024年11月下旬、and and plusは東京都品川区にオフィスを構えるコクヨが「まちとひとのB面があつまる品川の大文化祭」をテーマに主催したイベント「CULTURE SNACK」に出展した。「障がい者アートや当社のことを知っていただく好機ですし、様々な企業の課題感を知ることができれば」と浅川氏。会期は4日間で、昼間は周辺のオフィスワーカーが多く、夕方以降は家族連れの姿もあり、数々の事例写真やムービーなどを見せながら多彩な来場者と対話を重ねた。次のプロジェクトにつながる出会いもあったという。
このイベントを含め、浅川氏が伝えているのは社名and and plusに込めた思いであり、「スキルリレーション」という独自の考え方だ。
「大切なことは得意の足し算による価値の共創です。誰しも得意・不得意がありますが、それぞれが『得意』を持ち寄って足し合わせるスキルリレーションにより、障がいの有無や所属を越えて共創し、今までにない価値を生み出すことができます。福祉施設の作品をデータ化して企業のストーリーにつなげることは1つの事業モデルですが、目先の最適解を求めるのではなく、スキルリレーションを極めて埋もれている才能を見出し、新たな世界観を作っていきたいと思っています」