第3回「脱炭素型ライフスタイル」から考えるこれからのビジネス

環境領域の研究・政策提言を行う地球環境戦略研究機関(IGES)のメンバーとともに脱炭素時代の事業環境を考える本連載。脱炭素社会実現のためにはCO2を出さない暮らし方が必要になるが、それはどのようなものか。そしてそこにはどのようなビジネスチャンスがあるだろうか。

渡部 厚志(公益財団法人地球環境戦略研究機関〔IGES〕 持続可能な消費と生産領域プログラムディレクター)

生活すべてを「脱炭素型」に

―― IGESが発表した報告書のタイトルにもなっている「1.5℃ライフスタイル」とは何ですか。

1.5℃ライフスタイルとは、地球の気温上昇を1.5℃未満に抑える脱炭素型の暮らしのことです。IGESは「ライフスタイル・カーボンフットプリント」を元に具体的な選択肢を提示しています。

図  1人あたりライフスタイル・カーボンフットプリントおよび削減目標とのギャップ

出典:『1.5°Cライフスタイル ―脱炭素型の暮らしを実現する選択肢― 日本語要約版』

 

製品やサービスの原材料調達、加工、運搬、購入後の利用・保管、そして廃棄・リサイクルまで、製品づくりのあらゆる段階で温室効果ガス(GHG)が出ています。

これらのGHGの合計をカーボンフットプリントと言い、「ライフスタイル・カーボンフットプリント」は、私たちが家で電気を使ったり車で移動する、また食材や衣服を消費するなど、生活するうえで直接・間接に出るGHGをまとめて算出したものです。

―― ライフスタイル・カーボンフットプリントを簡単に計測できる仕組みはあるのですか?

自動車やバス・鉄道に乗る頻度と距離、家の広さや電気・ガスの使用量、食べているものなどを調べれば、大まかに計算することはできます。先日出版した児童書『はかって、へらそうCO2 1.5℃大作戦』には、小中学生がご家族と一緒に計算できる計算シートが入っています。

暮らしの脱炭素、ポイントは住居・移動・食

―― 報告書では、ライフスタイル・カーボンフットプリントを2030年までに現状から67%、2050年までに91%削減する必要があるとしています。

日本の1人あたりの年間ライフスタイル・カーボンフットプリントは約7.8tで、そのうち住居が28%と最も多くを占めています。住宅の建設や暖房光熱などにGHGを排出するエネルギーが使われているためです。次に多いのは移動、そして食にかかわる領域です。

日本は地域により気候が異なるので一概に言えないのですが、特に木造住宅では断熱・気密性が低く、フットプリントが大きくなる原因の1つです。

食の分野、特に畜産では家畜の体重を1kg増やすために、鶏では約4kg、豚では7kg、牛肉では11kgの穀物が必要だとされます。畜産の盛んな国では飼料用穀物を育てるために森林が伐採されており、大量の水と、水を運ぶエネルギーも消費されます。

―― ライフスタイル・カーボンフットプリントを減らす暮らし方とはどんなものですか。

まず移動の領域で2つ挙げてみます。1つ目は自動車での移動の削減です。例えば歩きや自転車に変える。マイカーを使わず、バスや電車に変えるだけでも効果があります。2つ目は、そもそも移動をしないという観点で、テレワークの導入や日用品のまとめ買い。旅行も、国外でなく国内の近場で楽しむ機会を増やすことで、CO2削減につながります。

住居に関しては、冷暖房効率の向上があります。家中で冷暖房を使うのではなく、1つの部屋に集まって冷暖房をかけるということですね。それらもあまり強くしなくて済むように、服装の調整や断熱の強化も必要です。長野県などでは、積極的に住宅の断熱改修に補助金を付けています。財政的には負担になりますが、断熱・気密性が低いまま海外から燃料を輸入し続けるより、その分のお金を地元に循環させることを意図した施策です。

もう1つはエネルギー源の見直しです。家庭で使用する電力を100%再エネに変えると1人あたり1200kg程度のGHGを削減できますし、エコキュートなどを使うことでCO2と電気代の削減につながります。

食の領域は、個々の行動による削減量は少ないのですが、肉食を減らす、輸送エネルギーが少ない地産地消を心がける、暖房に大きなエネルギーを使う栽培方法を止め、露地栽培で、旬の食材を食べるといった行動の積み重ねでそれなりの効果が生まれます。食べ過ぎや食品の廃棄を減らし、それに応じた生産量にすることも必要でしょう。

そのほか、買ったものは長く使って大量生産・大量廃棄を防ぐことも効果的です。私たちが行っているワークショップでは、現在65種類ほどの行動の例を提示しています。

ただ、この65の行動すべてを日本人全員が実行したとしても、67%の削減には至らないのです。厳しい状況ではありますが、だからこそ、企業と地域・消費者がともに解決策を考えることが必要です。

脱炭素の暮らしとビジネスチャンス

―― ギャップを埋める技術やアイデアが新たなビジネスになる可能性もありそうですね。

アウトドアウェアブランドのパタゴニアが、製品の回収・修理まで手がけ、消費者にも買い替えを控えるように呼びかけているのは有名な事例です。ヨーロッパでは、EUのサーキュラーエコノミー戦略を背景に、ファストファッションに近い複数の企業も似たことを始めています。企業としても、生き残りのためいち早く循環型で利益を出せるビジネスモデルを作らないといけないということでしょう。

企業から消費者へ、新たな暮らし方の選択肢を提供することが重要です。最近では、缶ビールにも「このビールを製造する過程のエネルギーは全てグリーン電力です」という表示があります。同じ製品・サービスでもCO2の少ない選択肢を提供できれば、消費者も行動しやすくなります。

選択肢の提供という点では、パートナー企業や持続可能な社会づくりに貢献している団体と自社の顧客をつなぐことで、消費者へサステナビリティに貢献する機会を提供している例もあります。例えば、大阪ガスは利用料に応じてつくポイントを地域貢献などにも使えるようにしており、消費者を脱炭素社会の担い手に巻き込む手法であるといえます。

また、トヨタ財団では、岡山県の中山間地域で棚田保全に携わるNPOと協働し、移動が困難な地域の高齢者に一人乗りの自動運転車を提供し、地域で暮らし続ける手段の確保と地域環境の保全、温暖化対策の両立を目指す実証実験を進めています。

トヨタにとってすぐビジネスになるわけではないはずですが、将来の移動のあり方を探るという意味で重要な取り組みです。企業がその技術や資源を生かして地域や行政、他社と組んで課題解決をしながら脱炭素社会に貢献することは、新たなビジネスチャンスを探す手段の1つになるといえます。

 

渡部 厚志(わたべ・あつし)
公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)
持続可能な消費と生産領域プログラムディレクター

 

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