島根県知事インタビュー 「人生選択の時」に選ばれる島根へ

年間3700人もの人が移住している島根県。気候風土という固有の資産を活用して、若い世代向けの産業を創出するなど、様々な取組を進めている。丸山達也知事は、究極の地方活性化施策は、「人生選択」の時に島根県が選択肢に上がるようなビジョンを示すことだと言う。

島根県知事 丸山達也氏
取材は、新型コロナウイルス感染症対策をとり、ソーシャルディスタンスを十分に保ち行われた(2021年3月26日)

働きやすく、
若者が子育てをしやすい島根県に

――知事が目指す島根県の将来像について、お聞かせください。

私が目指すのは、人口減少に打ち勝ち、県民の皆さんが笑顔で暮らせる島根です。

島根県は全国に先駆けて人口減少や少子高齢化という課題に直面し、長年この課題に向き合い続けてきました。その結果、島根県の合計特殊出生率は、全国平均の1.36に対して、1.68にまで向上しました。これは沖縄県、宮崎県に続く、全国3位の高さです。

しかし、全国3位だから、これでいいというわけではありません。これを日本の人口置換水準(※)の2.07まで引き上げるために、2020年3月に「島根創生計画」を策定して、取組を進めているところです。(※人口が増加も減少もしない、均衡した状態となる水準のこと。)

図表 人口減少に打ち勝つための島根県の総合戦略

出典:島根県「島根創生計画」

 

計画の柱となるのは、島根で子どもを産み育てる年代の方々をいかに増やすかということです。島根に残る若者や、UIターンの若者を増やすには、産業の活性化による所得水準の向上や雇用の場を増やす必要があります。若者が島根で子どもを育てようと思えるように、働きやすく子育てしやすい環境整備が求められます。

実は、島根県は働く女性の比率が日本一高い県です。当県はこれまで、子育てと仕事を両立する方々に向けた支援策に力を入れてきました。近年は、島根県は4月1日時点での保育所の待機児童数ゼロを継続しています。都会のように、妊娠した時から保育所に預けられるのかどうかを悩まなくてもいいわけです。また、学童保育など小学校低中学年の児童の預かりサービスの充実を図り、子どもの医療費の助成を拡充するなど、もう一人子どもを産んでみようと思っていただけるように取組を進めています。

UIターンは「人生選択」
という視点で考える

――産業や雇用の場を広げるとおっしゃいましたが、知事は若い方々にとって働く場が不足しているというご認識でしょうか。

企業は人手不足だと言われていますが、求人と就職希望者の間にミスマッチが起きていると思います。もちろん待遇面でのミスマッチもあるでしょうが、その職場で何ができるのかという企業側の発信が上手くいっていないように思います。

もう1点、島根県は職種のバラエティに乏しい。若い人、特に女性が望むような職場が少ないという状況があります。若い女性に人気があるディズニーランドのキャストのような仕事を創出したいのですが、島根にディズニーランドをつくるのは難しいでしょう。でも、ネイルサロンなど、女性が志向する仕事を広げていかなければいけません。実際にUターン率も男性よりも女性の方が低いという数字が出ています。ウィークポイントである女性に絞った課題解決が必要です。

UターンもIターンも、結局は個人の「人生選択」です。我々は社会増減や人口増減という数字で見ていますが、島根に残ろうとか、島根に帰ろう、島根で暮らしてみようという人生選択をしてもらえるかどうかという、極めてプライベートな話です。

そう考えると、我々は、若い人が人生選択をする時に、島根を働く場所や住む場所として選んでもらえる環境をこまめに作っていかなければいけないのだと思います。

気候風土が産んだ島根の強み
「ハガネ、ITから美肌まで」

――具体的にどのような産業振興に注力していらっしゃるのでしょうか。

まず、良質な砂鉄を原料とする「たたら製鉄」は、現在は世界で唯一、島根県内でのみ操業されています。このたたら製鉄の伝統や技術を受け継ぐ特殊鉄鋼産業をはじめとする鉄鋼業は、県内製造業の付加価値額の約15%を占めており、金属加工などの関連産業はもとより、他産業にも幅広く波及効果をもたらす当県の基幹産業です。2011年に産学官金が参画する「島根特殊鋼関連産業振興協議会」を設立し、その活動の中から2014年には航空機部品の共同受注を目指す中小企業グループ「SUSANOO」が設立され、業界での存在感を増しています。

世界的な金属素材の研究開発人材育成拠点を目指し、島根大学内に新設された「次世代たたら協創センター」

2018年には、内閣府の地方大学・地域産業創生交付金の採択を受け、「先端金属素材グローバル拠点創出事業」に取り組んでいます。この事業では、航空機・モーター産業での事業を拡大するため、超耐熱金属素材の世界的権威である、オックスフォード大学のロジャー・リード教授に島根大学内に新設した「次世代たたら協創センター(通称NEXTA)」のセンター長に就任いただき、世界的な金属素材の研究開発人材育成の拠点となることを目指しています。

また、前知事時代から取り組むIT企業の誘致が成果をあげています。特にプログラミング言語「Ruby」の開発者である、まつもとゆきひろ氏が島根県に拠点を置き活動されていることから、県では「RubyWorld Conference」や「Ruby合宿」など独自の取組を展開してきました。その成果として首都圏を中心とするIT企業に認知され、県外から約50社の企業が進出するIT企業の集積地となっています。

県はIT企業の支援を担う「しまねソフト研究開発センター」を設置し、新サービスの開発や高度IT人材育成を推進しています。島根大学や県内の商業高校では現役エンジニアによる授業やITエンジニアのUIターン転職サービスを実施しています。こうした取組を始めた2007年度から2019年度までの13年間で、県内ソフト系IT産業の売上高は2.4倍に、県内従業員数も1.7倍に増加しました。今後も若者にとって魅力ある雇用を提供できるソフト系IT産業のさらなる発展を目指していきます。

女性の就職先の選択肢を増やすという観点を含め、「美肌県」として「美肌」をキーワードにした観光に注力しています。当県は化粧品メーカー・ポーラさんの「ニッポン美肌県グランプリ」で、過去8回のうち5回全国1位となっています。全国でも日照時間が少ないため肌が紫外線の影響を受けにくく、冬でも湿度が高いため肌が乾燥しにくく、肌の新陳代謝がスムーズに行われるなど、健康的な美肌を育む条件に恵まれています。肌が潤う化粧水のような玉造温泉や、古くから湯治場として知られる温泉津(ゆのつ)温泉もあります。

上質な温泉や健康的な美肌を育む気候風土に恵まれ、「美肌」をキーワードにした観光に注力している

こうした美肌づくりの条件は当県の気候風土によるもので、他の地域では再現できない、当県ならではの強みです。美肌になるためには島根に来ていただく滞在型観光につながります。これまで推進してきた観光施策「ご縁の国しまね」や、女性が憧れる職種とも親和性が高いと考えられるため「美肌観光」に注力しています。

Uターン施策は、
県を離れる前の意識づけが重要

――年間3700人もの移住者は近隣県よりも多いですが、移住施策はどのような方針・戦略で進めていますか。

島根県では1992年を「定住元年」と位置付け、移住施策の実行部隊「ふるさと島根定住財団」を設立して、30年近く市町村と共に移住施策に取り組んできました。こうしたオール島根での取組の積み重ねが、多くのUIターン者に島根を選んでいただくことにつながっています。現在は、UターンとIターンは分けて施策を考えています。Uターン者はもともと島根に縁がある人たちで、Iターン者は全国の中から移住先を探している人々ですから、アプローチの仕方はそれぞれ違うはずです。

Uターンの場合は、親御さんにアプローチをすることが重要です。県外に進学した子どもさんに、就職の際に島根に戻ることを選択肢に入れてもらえるように、島根にもいい企業がたくさんあることや、都会に比べて生活コストがかからないこと、結婚して子どもができた時に育てやすい環境であること、親御さんの支援が得られるなど、人生を長期で捉えて島根で暮らすメリットを親御さんから伝えてもらえるよう取り組んでいます。

学校でも「ふるさと教育」として、島根県の良さを子どもたちに教えています。Uターン者を増やすには、県を離れる前までに、島根の良さや島根で暮らすメリットなどの意識付けをすることが重要だと考えています。

Iターン者には、県外での島根県単独のUIターンフェアの実施や、農林水産業や伝統工芸を行いたい方への産業体験の機会を提供しています。また、この1月から、都会の若者に向けて、「自分のサイズで、生きていい。」をキャッチフレーズに、人間らしい温もりのある暮らしができる島根のイメージを発信するプロモーション「いいけん、島根県」に取り組んでいます。

キャリアプランの充実で
医師の県内定着促進

――全国的に医師の地域偏在が問題ですが、知事は今後どのように医療体制の整備を進めていかれますか。

当県では、松江、出雲圏域に県全体の7割の医師が集中している状況です。この地域偏在の状況を打開するため、大学の地域枠や奨学金制度等を設けていますが、これらの医師のうち、県内で勤務する者は2020年4月現在で221人となりました。これらの医師は、県内の医師不足地域で一定期間勤務することになっていますが、県内のそうした地域で勤務する医師は増加傾向にあり、着実に成果が出てきています。

今後は、地域で必要性が高まっている総合診療医や専門医として県内に残ってもらうことが重要ですが、実はこれも医師がどういうキャリアプランを描くかという人生選択になります。その時に、島根県を選んでいただけるような環境をいかにつくるか、ということだと思います。

総合診療医は、島根大学医学部附属病院や県立中央病院をはじめとする県内病院で養成いただいています。より充実した魅力ある研修を行うことが大切ですので、県も連携して取り組んでいます。また、地域医療の世界で、病院の院長として活躍してもらうなど、総合診療医として島根でやってみようと選択してもらえるキャリアプランをできるだけ多く用意して、十分な情報提供を行っていきます。

地理的デメリットを補う
出雲縁結び空港と萩・石見空港

――県民の生活や産業振興に影響を及ぼす交通網の整備について、どのようにお考えですか。

島根県の交通網の整備は遅れています。まず、県の東西を貫く山陰道の全線開通を急がねばなりません。また、開通エリアのほとんどが追越車線のない暫定2車線なので、それを4車線にしなければいけません。

整備新幹線については、できれば作っていただきたいですが、地元負担や並行在来線の地元移管の問題がありますので、これらの制度改正を求めながら国に要望しているところです。

一方、出雲縁結び空港はJALの羽田便、伊丹便、福岡便、隠岐便が就航しています。加えて、FDAの名古屋便、静岡便、仙台便が就航しています。

萩・石見空港も国の制度を活用して、羽田便を2便化してもらっています。島根県の地理的デメリットを、空路の多様化で補っていこうと考えています。

 

丸山 達也(まるやま・たつや)
島根県知事