24時間遊漁券が買えるアプリで、日本の川を守り、地方を豊かに

今、地域の川を長年管理してきた内水面漁業協同組合が、高齢化と担い手不足で次々と解散している。川が放置される危機にあって、「釣り」に焦点を当てたニッチビジネスでその課題解決を目指しているのが、福井発のベンチャー企業・フィッシュパスだ。そのユニークな取り組みとは?

西村 成弘(フィッシュパス 代表取締役)

日本の川が抱える課題

今から6年前の2015年、福井県内で当時5軒の飲食店を経営していた西村成弘氏は、生まれ故郷の福井県坂井市竹田地区を訪ねた。子どもの頃に祖父とよく遊んだ竹田川で、久しぶりに釣りをしようと考えたのだ。しかし、川辺に着いて言葉を失ったという。

「誰も手入れしていない周囲の山から土砂が流れ込んでいて、魚がたくさんいた昔の竹田川の姿はどこにもありませんでした。生まれ育った川がこんなに変わってしまったのかと、愕然としました」(西村氏)

この時に受けた衝撃をきっかけに、西村氏は福井県立大学大学院経済・経営学研究科に進学。修士課程で、経営的視点から「日本の川」を研究した。

「研究を進めると、竹田川で起きたことが全国各地で起きていることがわかりました。問題の原因は、地域の河川の管理を担う内水面漁業協同組合(内水面漁協)にあったのです。内水面漁協は、県の認可を得て釣り人に遊漁券を販売し、その収入を使って魚を放流したり、環境整備を行います。最も多い時は全国に約1000の内水面漁協がありましたが、高齢化と担い手不足が深刻で、近年は毎年10~20の漁協が解散し、現在は816にまで数が減少しています」

従来、内水面漁協が販売してきた遊漁券

川釣りの人口が20年前の676万人から336万人に減少したこともあり、活動を続けている816の内水面漁協も、47.9%(国の調査 出典:『ぜんない』4月第36号)が赤字。平均年齢は64歳で、何も手を打たなければ漁協の減少に歯止めが利かなくなることは明白だ。それは即ち、川が放置されることを意味する。西村氏はこの問題の解決を目指し、さらなる調査を行った。

「すると、いくつかのヒントが浮かびました。まず、遊漁券を購入せずに釣りをする人がどの程度いるのかを調べると、全国平均で約30%にのぼることがわかりました。全国の遊漁券販売額が73億円なので、単純計算でも30億円の損失です。漁協は、釣り人が遊漁券を購入しているかどうかの確認や、釣り場の安全のために監視員を定期的に巡回させているので、その人件費を含めれば損失はもっと大きくなります」

では、なぜ釣り人は遊漁券を買わないのか。調べを進めると、福井県の場合、釣り人の80%が県外から来ていることが判明した。これまで遊漁券は地元の商店や釣具店で販売されてきたが、情報発信をしていないので、県外の人はどこで購入できるかを知らなかったのだ。また、釣り人は早朝から行動することが多いが、遊漁券の販売店の営業時間は大体8時~17時で、釣り人の行動時間とも合っていなかった。

誰も損をしないビジネスモデル

これらの情報を整理して閃いたのが、ICTを活用した事業アイデアだった。

「遊漁券をデジタル化して、24時間いつでもどこでも購入できるようにすれば、この問題が一気に解決すると思いました。アイデアは浮かんだものの、当時はICTの知識がゼロでしたので、福井産業支援センターなどに相談し、指導もしてもらいました。そうして開発したのが、遊漁券オンライン販売アプリ『FISH PASS』です。そして、アプリが完成した2016年に株式会社フィッシュパスを設立しました」

「FISH PASS」の遊漁券購入画面

「FISH PASS」を使えばスマートフォン1つで遊漁券購入が完了するが、従来遊漁券を販売して手数料を得ていた地域の商店や釣具店の利益がなくなるかというと、そういうわけではない。

「ユーザーが釣りをしたい川を管理する漁協を検索すると、遊漁券を販売している全ての地元店が表示されます。ユーザーはその中から好きな店を選んで購入する仕組みで、店舗は従来と同額の販売手数料を得られます。これにより、地元の販売店が釣り人にアプリを広報してくれるようになりました」

ユーザーに対しては、遊漁券の購入以外にも利便性を高めるために、GPS機能を利用して、近隣の飲食店や宿泊施設、温泉などの周辺施設情報が表示されるようにした。さらに、国交省が公開している全国の河川の水位情報やダムの放水情報を取り込み、河川の危険度が確認できるようにした。また、同アプリは漁協側にとっても、メリットが大きい機能を備えている。

「以前は、監視員が車で移動しながら川にいる釣り人1人1人に遊漁券の有無を確認していました。そこでFISH PASSではGPSを使い、遊漁券を買った釣り人の位置をオンライン上で確認できるようにしました。現場に行かなくても、どこで何人が釣りをしているのかがわかるようになったのです」

遊漁券の売り上げが
従来の1.5倍に増加

同アプリを最初に導入したのは西村氏の故郷の竹田川を管理していた漁協で、2017年3月からサービスを開始した。すると遊漁券の売り上げは約1.5倍に伸び、購入者データから、県外の釣り人の割合が89%、販売店の営業時間外の売上が86%だったことが判明した。遊漁券の販売場所がわからなくて買えない、時間が合わなくて買えないという需要を見事に掘り起こしたのだ。

実際に川でアプリを使い、漁協理事を説得する西村氏

 「この成果をもとに、全国の漁協に営業を開始しました。組合員は高齢の方が多く、アプリの説明に苦労しましたが、サービスのローンチから4年間で、19都道府県の48の漁協と提携できました。ユーザー数は現在、約4万8000人です。1つの川に大体約1000人の釣り人がついていますので、提携先が増えるに伴ってユーザー数も伸びます」

アプリを導入した漁協は、24時間自動で遊漁券が売れていくので、収入が増加。監視業務の時間も2分の1から3分の1に短縮されて、大幅な経営改善が進んだ。また、漁協関係者からは「川の周辺で商売を営む地域住民からも喜ばれている」という声も寄せられた。

「釣り人がその地域にお金を落とすかどうかを調べたところ、9割が飲食店や宿泊施設でお金を使うことがわかりました。それを漁協に伝えたところ、漁協が推薦する宿や飲食店のデータを送ってくれたので、アプリに反映しました。そこに釣り人が寄るようになり、地域の方々も潤っているそうです」

今はコロナ禍で釣り自体の人気がさらに高まっていて、同アプリは非接触型、キャッシュレスのサービスとして注目を集め、漁協からの問い合わせが急増しているという。

「将来的に目指すのは、漁協・釣り人・地域を結び、地方を豊かにすることです。そして地域が得た収入とコミュニティで、日本の川の自然環境を守っていければと思っています」

 

西村 成弘(にしむら・なるひろ)
株式会社フィッシュパス 代表取締役