市場信仰・高密度信仰を捨て 「いい塩梅」の地域経済を構想する

エネルギーや金融など、多様な視点から未来の地域のあり方を考察してきた本連載。最終回となる今回は、"里山資本主義"を提唱してきた藻谷浩介氏が、日本社会が指向してきた"2つの信仰"からの脱却を指摘する。持続可能な地域の構築に向け、今私たちが持つべき視点とは。

新型コロナウイルスは、平成の間に日本社会に深く根差した2つの社会通念に対して、赤信号を灯した。第一が市場信仰、第二が高密度信仰だ。

その警告に素直に従った先に、持続可能な地域の姿は自ずと見えてくる。

市場信仰とコロナ

「市場信仰」とは、「自由競争が資源を最適に配分する」と信じるイデオロギーだ。「自由競争と規制緩和で経済成長すれば、皆がハッピー」となんとなく思っている人も、その軽度の信者である。

ところで、2020年末までの新型コロナウイルスの感染拡大状況を、人口当たりの死者数の水準で比較すると、図1の通り、米国とEU諸国のパフォーマンスの悪さが際立つ。

図1 新型コロナウイルスの感染状況の国際比較

出典:上記数値を元に筆者作成

 

米国といえば、市場信仰の大本山だが、株価が史上最高水準を更新し続ける中で、新型コロナの感染拡大の前になすすべもない状態だ。株価は特定の銘柄が値上がりすれば引っ張られるが、ウイルスの感染拡大は、社会の中に貧しく不衛生で不健康な人が多くいる限り止まらない。つまり自由競争や規制緩和はウイルスには効かない。

米国やEUの経済の基底を支えているのは、低賃金の移民労働力だ。また米国民には満足な医療サービスを受けられない低所得者も多い。つまりウイルスには好適な社会条件がある。

UAEやシンガポールなど、外国人に低賃金の屋外労働を依存する国でも、陽性判明者数の水準が不自然に大きくなっている。

これに対してウイルスの発生元の中国は、強権を行使したロックダウンによって感染の早期抑止に成功した。しかし民主主義的な手続きを踏んで人権制限を最低限にした台湾や韓国、日本も、欧米とは比較にならないハイパフォーマンスを示している。共通して、低賃金の移民労働力への依存度が低いことが幸いしているのではないか。

新型コロナウイルスは、グローバルな人的交流に警鐘を鳴らしたのではなく、国内の格差を放置しつつ競争による経済成長だけを求めるイデオロギーに、ダメを出したといえる。

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