バンドマンが人口減少の島に移住 農業×音楽で定住者を呼び込む

松山市の沖合15kmの洋上に浮かぶ中島。人口減に悩むみかん産地へバンドマンが移り住み、ワンストップの定着支援で多様な移住者を集めている。

田中 佑樹(農音代表理事)

松山市の中島(なかじま)は、松山の北西の瀬戸内海に浮かぶ忽那諸島の中心で、四国本土からは高速船で30分ほど。山の斜面にみかん畑が広がる、柑橘類の島として知られてきた。2000年には6000人以上いた住民は現在、2500人を切るほどで、人口減少が進んでいる。

NPO法人農音は、この島で農業をしながら、特産品の販売や、移住・定着支援を手掛けている。農音代表理事の田中佑樹氏に話を聞いた。

(上、左下)中島は、忽那諸島の9つの有人島の中で最も大きい。農音の「離島の空き家」ではこれらの島の空き家を紹介している。(右下)特産物はみかんをはじめとする柑橘類

バンド仲間と移住して農業を開始

田中氏は松山市の出身で、高卒後は東京の大学に進学、そのまま東京で就職した。ロックバンドの活動を継続しており、就職後は兼業ミュージシャンとして音楽を楽しんでいた。農音の立ち上げメンバーと出会ったのも、東京・町田のライブハウスだった。ただし、既にこの頃から中島で農業をしながらの音楽活動のアイデアはあったという。

「都会で会社員として働きながら、週末は音楽活動をする生活。中島で農業をしながらの方が、より楽しいのでは、と考えていました」。

しかし、なかなか具体的な行動には移せなかった。メンバーで中島に滞在し、移住の可能性を探ったりしていたところで、東日本大震災が発生。ちょうど勤務先が希望退職を募ったこともあり、まずは田中氏が中島に移り住んだ。移住後は島の事業所で働いたり、狩猟免許を取得しイノシシを駆除したりと、様々な仕事をこなしつつ、中島の基幹産業である柑橘類の農業を開始。実際に始めてみると、「自分で作業計画が立てられる農業は、音楽と両立がしやすい。自営業としての農業の様々な利点に気づきました」(田中氏)。

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