「本当に住みやすい街大賞」仕掛け人が説く街のブランディング

住宅ローン専門金融機関のアルヒが2017年に始めた〈本当に住みやすい街大賞〉は、メディアのみならず自治体や民間企業も注目するランキングに成長した。その仕掛け人である石橋薫氏が考える、街のブランド力を上げる方法とは?

石橋 薫(アルヒ株式会社 マーケティング本部 副本部長 兼マーケティングコミュニケーション部長 兼 デジタル戦略部長)

近年、全国の自治体が注目しているランキングがある。2017年にスタートした〈本当に住みやすい街大賞〉だ。ランキングを発表すると多くのメディアに取り上げられ、ランキング入りした地域の人口にも影響するという同賞を手掛けるのは、国内最大手の住宅ローン専門金融機関であるアルヒ。全国シティプロモーションサミット in Tokyoでは、仕掛け人である同社のマーケティング本部副本部長兼マーケティングコミュニケーション部長兼デジタル戦略部長の石橋薫氏が登壇した。

2017年からはじまった〈本当に住みやすい街大賞〉。上位にランキングされた街の自治体や民間企業はPR等に積極的に活用しているという

理想ではなくリアルな情報を提供

エイベックス、ソニーモバイルコミュニケーションズでマーケティングや新規事業開発を担当してきた石橋氏は、2017年にアルヒに参画。その年に〈本当に住みやすい街大賞〉を立ち上げた。経緯について、こう振り返る。

「『住みたい街ランキング』は恵比寿や吉祥寺が上位に来る、どちらかという独身、単身向けで、一般のファミリー向けのものではありませんでした。世帯人数でいえば圧倒的にファミリーのほうが多い日本において、理想ではなくて、世帯年収が500、600万円くらいの平均的な年収の人たちがどこに住んでいるのか、今どこに家を買っているのかを伝えることは大きなニーズがあると感じていました」。

メガバンクを含めて住宅ローンのシェア5位という当社の膨大なデータの中から上位の街を絞り、住環境、交通の利便性、教育文化環境、コストパフォーマンス、発展性の5つの観点から、住宅や不動産の専門家が参画する選定委員会による公平な審査のもとで、"本当に住みやすい街"を選定。

"住みやすい"といっても、いわゆる高級住宅街は高いお金を払えば住むことができる。このランキングのポイントは、世の中の評価と比べてコストパフォーマンスが高い街も選出することで、実際に生活するという観点が大きなウエイトを占めており、それがその他のランキングとの差別化につながっているという。

出典:本当に住みやすい街大賞 ホームページ

 

ちなみに、2019年末に発表した〈本当に住みやすい街大賞 2020〉は、1位が川口(埼玉県)、2位が赤羽(東京/2019のランキングでは1位)、3位がたまプラーザ(東京)だった。このランキングは約20のテレビ番組で紹介され、ほぼすべての新聞にも取り上げられた。このメディア露出度を広告換算すると5~6億円以上になるそうで、効果は絶大だ。

「この企画を始めた一番の理由は、弊社の存在を知ってもらうためです。第1回を開催した2017年の時点で2%しかなかった弊社の認知度は、現在30%になりました。CMをやっているのでその影響もあると思いますが、〈本当に住みやすい街大賞〉で知ったという方も多いので、爆発的な成果といえるでしょう」。

このメディア露出の効果は、ランキング入りした街にも及んでいる。同社は関西でもランキングを選出しており、〈本当に住みやすい街大賞 2018〉で1位になったのは、かつては工業の町として知られていた兵庫県の尼崎だった。大阪まで電車で約5分、三ノ宮まで約15分という好立地のうえ、駅周辺には高層マンションが増え、百貨店や大規模スーパーマーケットもあるなど利便性も高い。さらに隣接している西宮市や芦屋、三宮などと比べて家賃が安い点も評価されての1位だった。

このランキングが発表されたのは、2018年7月。同年、尼崎の人口が9年ぶりに増加に転じたこともニュースとして取り上げられた。

こういった相乗効果もあり、自治体や民間企業もこのランキングを積極的に活用するようになっている。〈本当に住みやすい街大賞 2020〉で1位に輝いた川口市では、市のホームページや広報誌にも掲載され、街中にはフラッグを掲げて1位をアピールしているそうだ。また、ランキング入りしたエリアの不動産会社も営業に使っているという。

同じ土俵で戦わない

一企業のランキングがここまで社会に浸透した理由について、石橋氏は「生活に根付いたランキングや情報が、世の中に求められていた」と語る。

いかに世の中のニーズをとらえて、広く支持される存在になるか。「街のブランド力を上げる方法とは?」と問われた石橋氏は「すべての商品のブランディングと共通します。一言でいうと、同じ土俵で戦わないことです。エイベックス時代のことですが、アーティストはみんな歌がうまくてビジュアルがいいんです。そのなかで、担当するアーティストが頭一つ突き抜けるにはどうしたらいいのかを考えてきました。街のプロモーションも同じで、なんでも整っている街よりも、きらりと光るいいものを持っている街が、ランキングでも上位に入ります」

石橋氏は続けた。

「今の日本にはすでにモノが十分にあるので、物理的な欲よりも体験を重視しています。それを認識したうえで、自分たちの街の何をアピールすべきか、再定義することが重要です。その街にしかないものを尖らせていけば魅力が最大化されると思いますし、それを売り込んでいくほうが世の中に求められていると感じますね。アピールすることを定めたら、その価値を伝えるためにしっかりPRをするのもポイントになると思います」。

石橋氏によると、世に広くPRするために大切なのは、メディアとSNS。メディアはいつでも情報を求めているので、ユニークなキャッチフレーズなどメディアの目を引く建付けにすることが求められる。SNSは、表面的なキラキラ感ではなく、本質的に価値があり、なおかつ写真を撮って人に知らせたくなるような仕掛けを作ることが重要になるという。

石橋氏は最後にこう結んだ。

「変化が速い時代にどれだけ対応していくかが問われています。街の魅力を変化に合わせられる街が輝くようになるでしょう」。