和歌山県知事 次の時代の「成長の芽」をつくる

ICT企業の誘致や移住支援の強化、農業や観光の振興を進めるほか、時代の潮流を踏まえ、IR(統合型リゾート)誘致や、小型ロケット射場による産業の活性化にも力を注ぐ。和歌山県を「さらに前進させる」ための新政策について、仁坂知事に話を聞いた。

仁坂 吉伸(和歌山県知事)

ICTオフィスの整備を推進

――和歌山県は産業振興として、ICT企業誘致に力を注いでいます。

仁坂 産業振興によって雇用を増やすことは人口減少対策のために重要であり、その一番の方法は成長産業の育成です。中でも、グローバルに伸びている成長産業ということで、ICT産業に着目しました。

日本では、ICT企業が東京に偏って立地していますが、海外では事情が異なり、例えば米国では、ニューヨークにICT企業が集積しているわけではありません。地方に拠点を置くのが世界では当たり前であり、今、クラウドで遠隔からでもサービスを提供できますから、開発部隊が東京にいる必要はありません。

近年は、日本のICT企業もコストや生産性を考えて、立地戦略を見直しています。そうした流れの中で、和歌山県が事業拠点に選ばれおり、「白浜町ITビジネスオフィス」や「白浜町第2ITビジネスオフィス」は満室の状況です。

なぜ人気なのかと言うと、南紀白浜空港を利用すれば白浜から東京へは1時間です。ロケーションにも優れており、素晴らしいビジネス環境・生活環境が整っています。

セールスフォース・ドットコム等のICT企業が入居する「白浜町ITビジネスオフィス」

「白浜町ITビジネスオフィス」には世界的なICT企業であるセールスフォース・ドットコムも入居しています。同社は数か月単位の交替制で勤務していますが、東京で勤務するよりも白浜町で勤務する方が生産性が高いということです。また、セールスフォース・ドットコムのような大手が入居したことで、関連する他のICT企業の誘致にもつながりました。

白浜は歴史あるリゾート地ですから、バブル時代に建設されて現在は使われていない保養所や企業の寮などが、たくさんあります。そうした施設を活用すれば、ICTオフィスをもっと増やすことができます。和歌山県は賃貸ICTオフィスを整備する民間事業者に対して、建設・改修費用の10%の奨励金を交付する仕組みをつくるなど、民間資金も活用してICTオフィスの整備を進めています。

白浜での実績はまだ端緒に過ぎず、私は今の100倍くらいのICT企業を誘致したい。将来、ICT企業が集積し、関空周辺と和歌山市と白浜がつながればいいと考えています。

また、和歌山県は、新たな働き方「ワーケーション(Workation)」を推進しています。ワーケーションとはWork(仕事)とVacation(休暇)の合成語であり、リモートワークを活用し、リゾート地等の環境の良い場所に短中期的に滞在して、休暇や研修等を兼ねて仕事をする取り組みです。

三菱地所が「白浜町第2ITビジネスオフィス」を拠点に、首都圏企業のワーケーションや研修事業を展開しています。ワーケーションに関心を持つ企業は多く、今後の広がりが期待されます。

「県内就職の促進」と
「第2の就活サイクル」をつくる

――産業を支える人材の確保や、移住支援をどのように進められていますか。

仁坂 若者を呼び込むためには、産業振興で雇用を増やすことが大切です。和歌山県には、働くところがないと思っている人も多いのですが、実際にはたくさんの仕事があります。和歌山県は、専門性の高い様々な業種が集積する北イタリアのようなもので、産業のすそ野が広く、多様な中小企業が存在します。和歌山県では、高校生や大学生向けに、いわば「県版リクルートブック」を作成し、県内での就職をPRしています。

東京と比べると、県内企業の初任給の水準は低いのですが、住居費など生活コストが安価であることから、和歌山で働いた方が手元には残ります。持ち家比率は高く、通勤時間も短く、子育てもしやすい。就職にあたっては、総合的に判断するよう、高校生や大学生に呼びかけています。

また、和歌山県は、新卒者以外を対象とした「第2の就活サイクル」をつくるプロジェクトを始めています。既存の就活システムは、大学生や高校生が一斉に求職活動を行い、企業も一斉に求人活動を行う仕組みですが、それに参加できるのは新卒者だけです。出産・育児を機に仕事を辞めた女性が再就職したり、定年退職のシニアが働ける会社を探したりするのは容易ではありません。

和歌山県は2017年から「第2の就活サイクル」として、10月に非新卒者への求人を企業に出してもらい、その情報を県庁HPで公開し、企業訪問できるようにしたほか、2月に合同企業説明会を開催しています。こうした取り組みは、全国で必要とされるものだと思います。

日本一の果樹産地づくり

――県産品の競争力強化に向けて、どういった取り組みを進められていますか。

仁坂 和歌山県は、みかん、うめ、かき、ももなど果実の生産が農業産出額の6割以上を占める果樹王国であります。県産品の販売促進にあたっては、ブランド価値を上げたり、市場の評価を高める必要があります。

みかんを例に挙げると、和歌山県はみかんの生産量は日本一ですが、かつては単価が安いために産出額では他県の後塵を拝していました。

そこで、県内すべての農協が参画して「厳選みかん」という取り組みを始めました。糖度が一定以上のものだけを「厳選みかん」として出荷するようにし、基準に満たないものは「厳選みかん」のラベルを無しにするか、加工に回すようにしたのです。その結果、「厳選みかん」に良い値段が付くようになり、産出額でも2015年から3年連続で日本一になっています。

同じように、うめ、かき、ももなど他の果実も頑張っており、長年、全国2~3位であった果樹全体の産出額において、和歌山県は2017年、15年ぶりに日本一を奪還しました。

また、「和歌山らしさ」「和歌山ならでは」といったイメージで産品を認定する「プレミア和歌山」推奨制度という統一ブランドを作り、販売促進を進めています。

また、オランダ農業を参考にして、生産面での改革も進めています。オランダの農産物の輸出額は、米国に次ぐ世界第2位。オランダ農業の強さはどこから生まれているのか、それを学ぶために職員を現地研修にも行かせました。オランダ農業のすべてを和歌山県に適用できるとは思いませんが、ICTの活用や施設園芸は参考になります。和歌山県は今、新技術の導入や施設園芸用ハウスの整備に力を入れています。

また、輸出の拡大も重要です。日本では人口減少が続きますから、国内需要は大きくは伸びません。日本産の「安全・安心」は海外でも評価され、日本の果物が贈答品として喜ばれているように、高価でも高品質で美味しい産品を求める消費者は世界中にいます。生産者が国内需要で満足せず、輸出を視野に入れて生産拡大を図りやすくなるように、県が率先して環境整備を進めていきます。

観光振興へ、和歌山を売り出す

――インバウンドを含めた観光振興については、どのように考えておられますか。

仁坂 観光振興において一番大切なのは、「素材」や「観光資源」があることです。和歌山県には、世界遺産「高野山・熊野」をはじめとした素晴らしい素材が揃っており、観光地として世界的に評価されています。世界的旅行ガイドブック「ロンリープラネット」の「Best in Travel 2018」の訪れるべき世界10地域のうち、「紀伊半島」が日本で唯一ベスト5を獲得しました。また、Airbnb「2019 年に訪れるべき19の観光地」では、和歌山県が日本で唯一選出されています。

しかし、豊富な素材があっても、それを商品化しなければ、観光地としての価値は高まりません。例えば単に「きれいな風景」を訴えても、それだけでは誘客につながらないのです。

和歌山県は「世界遺産」や「日本遺産」、「ジオパーク」などのキーワードで訴求するとともに、多くの人に魅力が伝わるようなタイトルを付けて、観光の新商品を売り出しています。自然の素晴らしさを「水」という切り口で表現する「水の国、わかやま。」や、本県の豊富な歴史ストーリーと食や温泉を合わせた100 の旅モデル「わかやま歴史物語」、サイクリングロードを活用した旅の楽しみ方を提案する「サイクリング王国わかやま」など、様々な企画を打ち出しています。

自然豊かな和歌山県には、変化に富んだ約800㎞のサイクリングロードが整備されている

和歌山県は『新・観光立国論』の著者であるデービッド・アトキンソンさんの全面的な監修に基づき、多言語観光ウェブサイトをつくりました。アトキンソンさんは「おもてなしでは観光客を呼び込めない」とおっしゃっていますが、もっともなご指摘であり、おもてなしは訪れた後の満足度やリピーター獲得のために重要なものです。

和歌山県はおもてなしの充実に向けて「快適観光空間の創造」に力を入れており、その一つとして実施した観光地の公衆トイレ整備は、ほぼ完成しています。

また、インバウンド消費拡大のためには、キャッシュレス化も重要です。しかし現状は、都道府県別のキャッシュレス決済比率ランキングにおいて、和歌山県は最下位です(大垣共立銀行のシンクタンク「OKB総研」調べ)。これを全国トップクラスに引き上げるために、県内全域でキャッシュレス化を推進します。

同じことを和歌山県はWi-Fiでやりました。かつて、和歌山県のWi-Fi充実度は全国でも最下位クラスでした。県が主導し、県の費用で一気に1000以上のWi-Fiを導入したことで全国トップクラスになったのです。今、和歌山県は都道府県別の人口当たりWi-Fi設置数ランキングで全国2位です(タウンWiFi調べ)。

キャッシュレス化についても、短期集中で一気に進めるつもりで、全国4県で実施中の総務省の社会実験に和歌山県も選ばれています。

IR誘致で新産業を創出

――和歌山県は、IR(統合型リゾート)の誘致にも力を入れています。

仁坂 私たちは、産業構造の変化に対応して、新しい芽を作り出さなければなりません。これからの芽になるのは、スーパーハイテクやロケット、観光を含むサービスの新産業です。

IRは様々な機能が一体となった複合観光施設であり、そのモデルとしてシンガポールが参考になります。シンガポールはそれまでの方針を変えて、2010年に2つのIRを開業しました。1つは、都市型のマリーナベイサンズ、もう1つはリゾート型のワールドセントーサ。イメージは前者が大阪、後者が和歌山だと思います。

シンガポールは、もともと海運と製造業の国でしたが、第3次産業の重要性が高まる中で、IRの導入によって新産業を創出し、産業構造の高度化を促進させたのだと思います。

その目論見があたり、2009年と2011年を比較すると、観光客数は36%増、観光収入は76%増を記録しています。また、実質GDPは、2005年から2015年の10年間で1.9倍に増加しました。和歌山県はリゾート型IRを目指しており、その経済波及効果は年間約3000億円を見込みます。本県の県内総生産は約3兆5000億円ですから、その1割程度に相当します。

IRの候補地である和歌山マリーナシティ(和歌山市)は、もともとリゾート博を開催したところですから、インフラは既に出来上がっています。しかも、関西空港から近く、人口が集積する京阪神からのアクセスも良い。和歌山県はIRの適地なのです。

IR(統合型リゾート)の候補地、和歌山マリーナシティ(和歌山市)

国の方針に従って準備していけば、最短で2024年度中にIRを開業できます。ギャンブル依存症を懸念する声もありますが、シンガポールではIR開業の前後でギャンブル依存症有病率が低下しました。日本政府はギャンブル依存症対策のためのルールを定めていますが、和歌山県はそれをクリアするのはもちろん、独自の対策も講じていきます。

小型ロケット射場で広がる夢

――2019年3月、スペースワンが和歌山県串本町に小型ロケット射場を建設することを発表しました。

仁坂 串本町は紀伊半島の南端に位置しますが、紀伊半島の南に突き出ている地形こそ、ロケット射場の適地となります。南方・東方に陸地が存在しないため、万が一事故があってもロケットは海に落下し、安全を確保できます。

スペースワンは、和歌山県串本町に小型ロケット射場の建設を予定。2019年3月、進出協定書に調印した

ロケット射場が立地することは、見学施設や見学ツアーなどの観光も期待できますし、宇宙関連産業や高度人材の集積にもつながります。県の試算として、10年間で670億円程度の経済波及効果を見込んでいます。

串本町に建設されるのは日本初の民間ロケット射場であり、小型衛星の商業宇宙輸送サービスが展開される予定です。今後、小型衛星の打ち上げ需要は世界的に拡大すると予測され、多くの企業が参入に意欲を見せている中で、スペースワンは2021年の初打ち上げを計画しており、和歌山県が、世界最先端の地になる可能性があります。

私は和歌山県をさらに前進させるために、新たな施策に果敢に挑戦していきます。

 

仁坂 吉伸(にさか・よしのぶ)
和歌山県知事