2019年7月号

教育×グローバルの最前線

1年生に「起業必修」 豊田章男氏を輩出、バブソン大学の起業教育

山川 恭弘(バブソン大学アントレプレナーシップ准教授)

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豊田章男氏などを輩出する起業教育の名門、バブソン大学。大学1年生には起業を必修化し、失敗するほど成績が上がるなど、ユニークな手法で学生の起業家的マインドを育んでいる。同校で起業学や失敗学を教える山川恭弘氏に、起業教育のポイントや日本企業の課題を聞いた。

山川 恭弘(バブソン大学アントレプレナーシップ准教授)

バブソン流、起業の三大原則

今年創立100周年を迎えるバブソン大学(アメリカ・マサチューセッツ州)は、アントレプレナーシップ教育(起業教育)の名門として知られ、U.S.News & World Reportの世界ランキングでは、アントレプレナーシップ部門で26年間連続トップを獲得している。トヨタ自動車の豊田章男社長やイオンの岡田元也社長も修了生だ。

多数の起業家、経営者を輩出するバブソン大学だが、同校で学部生・MBA・エグゼクティブ向けに起業学を教える山川恭弘准教授は「バブソン大学では起業家を輩出することが唯一の目的ではありませんし、起業を目指していない学生もいます」と述べる。「起業教育とは、起業家的な考え方や行動法則を身につけること。優れた人材を育てるための方法論として起業教育を採用しているのです」

山川氏によれば、バブソン大学には「起業の三大原則」が存在するという。まず「行動こそすべて」、何事もやってみなければわからないという精神。次に「失敗は当たり前」と考え、失敗に対する寛容度を持つこと。そして「周囲の人を巻き込む」こと、すなわち潮流をつくること。この三大原則を、学生たちは講義や実習を通して身につけていく。

「とにかく行動、失敗は必然、人を巻き込めという考え方は、起業以外にも一般化できることですよね。仕事や趣味、部活動などさまざまな物事が、起業家的な考え方や行動法則を身につけるだけで大きく変わるんです」と山川氏は語る。

日本の起業教育は、ビジネスモデルを学び、事業計画書の作成能力を身につけるというものが一般的だが、山川氏は「この手法はもはや時代遅れ」と指摘する。

「例えばバブソンでは事業計画書という言葉は使いません。計画は書いた時点で"古く"なってしまいますから。とにかくAct、Learn、Build、Repeatのサイクルを継続させ、起業家的な考え方や行動法則を体に浸透させていくのです」

バブソン大学は起業教育の名門であり、世界中から学生が集まる。教員はほぼ全員が現役の実務家だ

大学1年生は起業が「必修」
成功ではなく失敗を評価する

実際にバブソン大学ではどのような講義が行われているのだろうか。

バブソン大学の看板授業であり、山川氏が担当する「Foundations of Management and Entrepreneurship(FME)」は、約500人の大学1年生全員に起業を経験させる。学生をチームに分け、前期で会社を立ち上げ、後期で運営をする。チームメンバーから社長以下役職を選び、会社設立のうえ銀行口座も作る。毎年40-50の会社が立ち上がり、1社あたり30-40万円の運営資金を大学から提供する。学期末には必ず会社をクロージングさせ、学生はエントリーからエグジットまでのビジネスサイクル全てを経験することができる。

「この講義のポイントは、どれだけ失敗したか、失敗から何を学んだかで成績をつけることです。会社がどれだけ儲かっても評価には直結しません。成績を上げる一番の近道は、どんどん新しいことにチャレンジし、普通では考えられない道を選び、たくさん失敗をすること。学生はその失敗を誇らしげにレポートします。このように、失敗が評価されるという好循環をつくり、起業の三大原則を習得させるのです」

他にも山川氏は「Failure is good(失敗最高)」という選択科目を教えている。この講義では14週間28回、徹底的に失敗の話だけに費やし、特に学生自身あるいはゲストスピーカーの失敗体験を共有することを重視している。「失敗学に関する私のリサーチを講義したり、経営学的なケーススタディも行いますが、どんなフレームワークや知識も生の失敗経験には勝てません」と山川氏は言う。

例えばこの講義の中では、学生全員に「失敗の履歴書」を書いてもらうという。受験に失敗した、プロ選手を目指していたが怪我で挫折した、など自身の半生を振り返り失敗体験だけで履歴書を作成する。失敗を認めたり、失敗を誰かに打ち明けることは辛い作業だが、だからこそ自己理解に役立つと山川氏は指摘する。「起業家教育のコアは自己理解です。失敗を見つめることで、自分はどんな人間で、何に情熱を持っているのかが理解できるのです」

ゲストスピーカーも多彩だ。経営者や起業家、エンジェル投資家を招けば、借金やレイオフ、投資失敗などの体験をスピーチしてもらい、学生から自由に質問をさせる。また、アスリートやアーティストなどビジネス領域外のゲストも多数招くそうだ。「フリースタイルバイク世界チャンピオンは『新しいトリック(技)は、毎日失敗を繰り返し録画し、何度も見返して作るんだ』と語り、著名画家は『絵画は上塗りできるから失敗なんて存在しない。むしろ失敗はセンスに過ぎない』と話してくれましたね」。一流の挑戦者たちの失敗体験は、学生たちに大きな気付きと自信を与える。

教員はほぼ全員が現役の実務家

バブソン大学で教鞭を執る教員の多くは、現在進行系でビジネスに関与している実務家教員であるという。

「起業教育はセオリーだけでは説明できない領域で、プラクティスが大切。ですからバブソンでは、教員が自らビジネスを実践することが推奨されています。教員選考では、起業や企業内起業の経験があるか、あるいはファミリービジネスを持っているかを審査します。もちろん、ただ実務経験者ならば良いわけでなく、論文執筆能力や学術的フレームワークの有無も測ります」

山川氏も米日での起業経験を持ち、現在は起業コンサルやベンチャー企業のアドバイザリーボード、社団法人の代表理事など、世界各国で複数のビジネスに関与している。

「不確実性が高く、情報の入れ替わりが早い時代です。自ら体験したことでないと学生にベネフィットを提供できないし、Googleで検索できるような話では学生から見透かされてしまう。最悪なのは『そんなこと本で読めるよ』と言われることですね。学期末には学生による教員評価が行われ、ポイントが悪ければクビになることも。ですから毎日が真剣勝負ですよ」

とは言え、バブソン大学の教員と学生の関係性がピリピリしているわけでなく、むしろ"同志"に近いようだ。「起業をしている学生から『日本やアジアに展開したいから、先生手伝って』と言われ、プレゼン資料を渡されて、私が日本の投資会社に説明に行くことはしょっちゅうあります。『ソフトバンクや楽天の社長に投資してもらいたい』とか無茶を言われることもあるし、もうひどいんですよ(笑)。でも、学生から『世界を変えたい』と言われると助けざるを得ないですね」

日本人に不足する
起業家的マインドセット

アメリカで起業教育に取り組む山川氏にとって、日本の起業環境はどのように映るのだろうか。

「海外の人は皆びっくりするのですが、起業家に関するグローバル調査(Global Entrepreneurship Monitor、バブソン大学とロンドン大学ビジネススクールが1999年から実施)で、日本の起業家指標は最下位です。国は豊かで、テクノロジーも一流。それなのになぜ日本は起業小国なのか。アメリカに比べてベンチャー投資額の規模が小さいという課題もありますが、やはり根本的には、起業家的マインドセットが日本人に欠けているからだと思います」

山川氏は近年、日本の起業教育に対する意識が大きく変わってきたと実感している。

「文部科学省や経済産業省はもちろん、自治体や都市単位でも『この地域からユニコーンを生み出したい』と起業教育や起業支援に予算と人材をかなり付けるようになってきました。また、大学も起業家教育に力を入れ始めています。私はこの2-3年間に、日本全国10以上の大学で、学生と教員に起業教育を行ってきましたが、皆さん目を見開いて聞いてくれます」

終身雇用時代が終わりつつある中で、学生の"就社"意識も変わり、大企業よりも経験を積めるベンチャーに就職したいという人も増えている。「日本は沢山のリソースが集まる国ですから、起業家的マインドが少しでも変われば起業大国になれるポテンシャルは秘めているでしょう」と山川氏は強調する。

日本企業に求められる
「失敗」と「ビジョン」

失敗の寛容度が低く、一度ミスすると次のチャンスがないという問題は、日本企業にも当てはまる。企業の新規事業開発やCVCでは、数年後の黒字化やファイナンシャルリターンが目標として定められることが多い。

「新規事業においてショート・タームで利益を出すのは無理な話。むしろ良質な失敗は沢山するべきだし、失敗の成功例を増やすべきです。また、ファイナンシャルリターンだけでなく、ソーシャル・キャピタルやヒューマン・キャピタルなどのお金では換算できない価値で、新しい挑戦を評価することも大切です」と山川氏は指摘する。

そのためにはまず、失敗に対する目線を揃えることが重要だという。「私がバブソン大学で行っているエグゼクティブ向け研修では、いつも最初に『あなたにとっての失敗の定義は』と問いかけます。すると経営者によって定義はバラバラなんです。1人の人間の中でさえ失敗の定義は刻々と変化するし、定義が異なることが問題なのではありません。しかし、経営者と同じビジネスに取り組むチームメンバーが『何が失敗か』を共有していなければ、成功は望めません」

挑戦や失敗を評価する礎になるものがビジョンだ。「理想の社会をどう描き、理想に対して企業のミッションやパーパスをどう設定するか。この部分が日本企業には欠けていると感じます」

理想や目標が共有されていれば、たとえ失敗があっても、それは目的地に早くたどり着くためのピボット(方向転換)だと評価できるかもしれない。一方で、組織全体にビジョンが浸透していないと、社員は毎期のファイナンシャルリターンばかりを追求し、失敗を恐れて前例主義に陥ってしまう。「これからの時代、新しいテクノロジーや新興企業の登場に既存企業が対応するには、ビジョンとエンゲージメントがより一層大切になってくるでしょう」と山川氏は指摘する。

虎ノ門にイノベーションハブを

山川氏は2018年3月から、イノベーション創出コミュニティ「ベンチャーカフェ東京」の運営責任者を務めている。ベンチャーカフェは、ボストン発のコワーキングスペースであるケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)の姉妹組織として2009年に設立され、アメリカ国内5カ所のほかロッテルダム、シドニーに展開。アジア進出に際し、山川氏に白羽の矢が立った。

山川氏は2018年3月から、イノベーション創出コミュニティ「ベンチャーカフェ東京」の運営責任者を務めている

中心的な活動が、毎週木曜日に虎ノ門ヒルズで開催する交流イベント「Thursday Gathering」だ。起業家や起業を志す人、企業の新規事業担当者、投資家、研究者、教育者など多様な人々が集まり、講演やワークショップ、参加者同士の交流を通じて学び合う。毎回200-250人が参加する、熱量の高いイベントだ。

「アメリカでの経験を日本に還元したい、その時はマインドセット教育をやろうと思っていました。また、イノベーション創出に取り組む人が集まる場づくりも夢でした。仕事ではなく好きだから皆が集まり、色んなことをカミングアウトして、参加者同士が学び会える場所。ピッチ大会のような一過性のものではなく、少々ゆるいけれど毎週必ず開催され、仲間とコミュニティができる場所。そんな姿を目指しています。虎ノ門を選んだのは、業種業界などの"色"がついていないエリアであることと、森ビルという強力なパートナーの存在ですね」

「海外のカフェ、イノベーションコミュニティーとストリーミング中継で繋げたりして、国際色豊かな場にしたいですね。毎週500人を集めたいと思っています」と山川氏は述べる。日本最大級のイノベーションハブ形成を目指し、山川氏は挑戦を続ける。

 

山川 恭弘(やまかわ・やすひろ)
バブソン大学アントレプレナーシップ准教授

 

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