長崎県知事 海洋エネルギーで新産業、巡礼観光で人を呼び込む

造船業をはじめとした重厚長大型産業で発展し、日本一の離島県でもある長崎県。産業構造が変わる中で、独自の地理的環境を活かした新産業の創出に力を入れるほか、世界文化遺産等を活かした観光施策も進む。また、定住促進プロジェクトも展開されている。

中村 法道(長崎県知事)

県の強みを活かした新産業創出

――長崎県は新産業創出に力を入れていますが、その背景やこれからの展開についてお聞かせください。

中村 かつての長崎県の基幹産業はスミ・フネ・イワシ、つまり石炭・造船・水産業が中心でした。しかし、石炭から石油へのエネルギー革命が起こり、造船業も近年は海外メーカーの攻勢で厳しい受注環境にあるほか、水産業は漁業資源の減少で苦戦しています。そのため、県経済を支える次なる産業を育てることが急務となっています。

重厚長大型産業が中心だった時代、海や港の存在は県経済に優位性をもたらしていました。しかし、産業が軽薄短小型へと移ると、水がない、安価で平たんな土地がない、消費地から遠いといった環境は課題となります。そうした中でも少しずつ変化は起きており、今、主に3つの分野で新産業創出を進めています。

1つは、海洋エネルギー関連産業です。国も海洋エネルギーを積極的に利活用する方針を打ち出しており、長崎県は実証フィールドに選定されております。造船業で発展してきた長崎県は、浮体構造物や機械機具、金属加工などの技術の集積があり、その強みを海洋エネルギー関連産業で活かすことができます。県内企業68社で「長崎海洋産業クラスター形成推進協議会」を形成しており、現在、事業化に向けた取り組みが進められています。

海洋エネルギー関連産業は、調査から設計・製造、据付・施工、運用・メンテナンスなど、非常にすそ野が広いことが特徴です。今後、まずは国内の需要を狙い、将来的にはアジアへの展開も視野に入れています。

2つ目が、AIやIoT、ロボット関連産業です。県内には、ロボット技術を牽引する企業が存在します。

また、長崎県立大学は公立大学として日本で初めて情報セキュリティ学科を開設しており、来年1期生を輩出することとなっており、企業からも注目されています。併せて、長崎大学でも情報関連の学部創設の検討が進められており、長崎県はそういった機会を活かして、第4次産業革命に対応した高度専門人材の育成に力を入れております。

3つ目は、航空機関連産業です。国の資料によると、2015年に1.8兆円だった日本の航空機産業の生産額は、2030には3兆円規模に拡大します。その背景には、旅客需要の拡大だけでなく、機材が更新時期を迎えているという要因があります。

長崎県には、エンジンの部品製造や機体の表面処理の技術力を有する企業、メンテナンスを担う企業などが存在し、今後、航空機関連産業へのさらなる参入を促進していきます。将来的には、航空機メーカーから直接受注できる一次サプライヤーとなって、県内に航空機関連のサプライチェーンを構築したいと考えています。

世界文化遺産の価値を伝える

――観光振興については、どういった取り組みをされていますか。

中村 2015年の「明治日本の産業革命遺産」に続き、2018年7月には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されました。この世界遺産を訪れた方は、前年同期比で1.6倍と順調に推移しています。

「潜伏キリシタン関連遺産」は、祈りの場である教会と地域住民の生活の場である集落等で構成されていますので、生活と観光をうまく調和させながら地域の発展を目指していきたいと思っています。一度に大量のお客様をお迎えできるというような資産ではありませんが、それぞれの地域に足をお運びいただき、信仰を守りながらの生活や歴史がどのようなものだったのか、厳粛な雰囲気の中で本当の魅力や価値を感じて、その感動をお持ち帰りいただけるように努力していきたいと思っています。

「潜伏キリシタン関連遺産」は、その名称のとおり、本県のキリスト教の歴史における「潜伏期」に焦点を絞った構成になっていますので、その真の価値をご理解いただくためには、伝来から禁教、潜伏、復活といった大きな流れを理解していただくことが重要になります。そのためにもガイドの養成などに力を入れ、深い理解につなげることで、再びお越しいただけるようにしていきたいと考えております。

また、この構成資産は、迫害を逃れた信徒が人目を避けて暮らした集落が舞台ですから、交通の利便性は決してよくありませんので、できるだけスムーズに観光客をお迎えできるよう、二次交通の利便性等も考慮した周遊ツアーを企画するなど、安心してお出かけいただけるような工夫をしてまいります。

この資産の多くは人口減少や高齢化が急速に進んでいる地域にありますので、世界遺産登録を契機に、地域の活性化に結びつけていくとともに、そのことを通して、この大切な資産をしっかり保全・継承していきたいと考えています。

また、インバウンドも好調です。2017年に本県を訪れた外国人延べ宿泊客数は約75万人となり、過去最高を記録しました。

長崎県への外国人観光客は東アジアが中心であり、最も多いのは韓国です。韓国は国民の3割がキリスト教徒であるため、長崎県は巡礼ツアーに力を入れて誘客を図っています。2010年に約2700人だった巡礼客数は、2017年には約2万6000人に増加しました。アジアではフィリピンもキリスト教徒が多く、長崎県と歴史的に深いつながりがあることから、フィリピンからの巡礼ツアー誘致にも取り組んでおります。

また、クルーズ船需要も順調に拡大しています。2017年のクルーズ客船入港数は365隻、2018年は337隻でしたが、実は長崎港だけでも600隻近い入港の申し込みがあり、約4割をお断りしている状況です。現在、長崎港の拡充に向けて国に要請を行っているほか、佐世保港もクルーズ拠点港としての機能整備を進めています。

課題として、クルーズ船のお客様のほとんどが午前中に入港し、昼間に観光を楽しんだ後、宿泊せずに出港していきます。もっと地域の魅力に触れていただけるように、滞在型観光に力を入れていきます。

新幹線の開業効果を最大化

――九州新幹線西九州ルートの開業効果を高めるために、どのような取り組みに力を入れていきますか。

中村 新幹線の開業は、交流人口拡大や経済活性化の大きなチャンスです。開業効果を最大化して県全体へと波及させるために、現在、アクションプランを策定しています。具体的にはロゴマークの作成や、県民参加型のイベント開催で気運を盛り上げていくほか、誘客キャンペーンやMICE(会議・コンベンション・展示会など)の誘致にも力を入れていきます。

また、IR(統合型リゾート)も期待されます。佐世保の経済界は、10年程前からIRの誘致活動を続けています。年間約300万人の観光客が訪れる佐世保市のハウステンボス地域にIRを誘致できれば、シナジーが発揮されて、より魅力的な観光エリアになります。

今夏にも、IR区域整備に関する国の基本方針が示され、その後、全国で3ヵ所を上限として区域認定される見込みです。長崎県はそうした動向を見ながら、IR事業者の公募・選定など、認定申請に向けた具体的な準備作業を急いでいます。そして、長崎県としてだけでなく、広く九州全体のIRと位置づけ、全力で実現を目指していきます。

長崎県の交流人口増に向けた重点戦略

出典:長崎県・資料

 

人口減少対策で具体的な成果を

――「長崎県まち・ひと・しごと創生総合戦略」が最終年度を迎える中で、人口減少の課題に対して、どのような取り組みに力を入れていきますか。

中村 長崎県は、全国に先んじて人口減少が進んでおり、2015年度からスタートした「長崎県まち・ひと・しごと創生総合戦略」の下で施策に取り組んでまいりました。その結果、雇用の増加数や県外からの移住者数は目標を超え、合計特殊出生率も全国4位で推移しております。

「長崎県まち・ひと・しごと創生総合戦略」における取り組み

出典:長崎県・資料

 

しかし、人口減少に歯止めをかけるまでには至っておらず、最終年度を迎えるにあたり、施策を強化して具体的な成果を示さなければならないと考えております。

そして、人口減少の大きな要因としては、数多くの若者が進学・就職を機に県外に流出してしまうことです。その対策として、まずは若者に県内企業の情報をしっかりと届けることが重要だと考えております。

併せて、長崎県の暮らしやすさを伝えることも大切だと考えております。東京の企業と比べて、県内企業の賃金は低い水準にありますが、実質的な可処分所得を見ると、実は東京と比べてもほとんど差がありません。暮らしやすい環境を活かしつつ、起業・創業を含めた雇用の拡大を図ることで、若者の定着を促していきます。

人口減少のもう1つの大きな要因は、少子化です。県の合計特殊出生率は全国4位の1.70ですが、人口が横ばいとなる2.07には届いていません。合計特殊出生率が伸び悩んでいる背景には、未婚率の上昇があります。これまでも県は様々な結婚支援策を展開してきましたが、今後は「職場結婚」の支援にも取り組みます。職場ごとに独身の男性グループ、独身の女性グループを登録してもらい、企業内及び企業間での出会いの機会を提供するシステムをつくっていきます。

県内でも特に、深刻な人口減少に直面しているのが離島地域です。しかし、2016年に有人国境離島法が成立し、新たな交付金制度が設けられたことで、雇用の拡充や滞在型観光の推進などによる地域の活性化が進んでいます。

以前は、離島地域からの転出者は、年間1000人にのぼりました。それが有人国境離島法の交付金の有効活用により、400人近い雇用の場が創出され、転出者は年間で約600人にまで減少しています。この動きをしっかりと定着させるために、県外の事業者を離島に誘致する取り組みも進めています。

「元気な長崎県」をつくる

――県が目指す将来像や中長期のビジョンについて、お聞かせください。

中村 本県は、人口減少や県民所得の低迷、地域活力の低下といった課題に直面し、非常に厳しい状況にあります。そのような中、私は一貫して、「人に生きがいを」「産業に活力を」「暮らしに潤いを」の3つの基本方針に沿って、県政の活性化に取り組んできました。

「人に生きがいを」では、若者が地元で活躍したいと思えるように、ふるさと教育に力を入れるほか、女性や高齢者を含めた誰もが活躍しやすい環境づくりを進めていきます。長崎県の健康寿命は全国平均を下回っていますが、「健康長寿日本一の県づくり」を目標に掲げ、県民の皆さんに健康づくりに取り組んでいただくため、「毎年1回、健診受けて、毎日ニコニコ9000歩、毎日3回、野菜を食べて、よーしみんなで健康長寿」という「ながさき3MYチャレンジ」を進めていくこととしています。

「産業に活力を」では、冒頭に申し上げた新産業創出のほか、農林水産業や観光業、商工業なども含めて、官民あげて産業振興を図っていきます。

「暮らしに潤いを」では、地域の皆様の創意工夫を活かしながら、暮らしやすいまちづくりを進めていきます。人口減少がこれからも続く中で、地域のみんなでお互いに支え合いながら安心して暮らせる環境をつくっていくことが重要となることから、地域運営組織の立ち上げや小さな拠点づくりを進める市町を支援していきます。

そういった取り組みを通じて、3つの基本方針の下、元気な長崎県づくりに全力を尽くします。

 

中村 法道(なかむら・ほうどう)
長崎県知事