岡山県西粟倉・エーゼロ 「妄想すること」が起業の第一歩

「ローカルベンチャーの先進地」として知られる人口1500人の小さな村、岡山県西粟倉村。近年、その村では、移住者たちが次々に起業し、新ビジネスを立ち上げている。地域のキーパーソンの一人、牧大介氏は「西粟倉での取り組みは他の地域でも再現可能」と語る。

牧 大介(エーゼロ 代表取締役/西粟倉・森の学校 代表取締役)

「ここは、やりたいと思える仕事ができる場所です」

エーゼロの牧大介代表は、西粟倉に来た理由をそう語る。最初はコンサルタントとして西粟倉と関わり始めた牧代表。面積の95%を森が占める村で、丸太のまま出荷していた林業の改善策として、木材を床材や食器、家具、割り箸などに加工してインターネットなどで販売する事業を提案したところ、役場職員から背中を押され、2009年に「西粟倉・森の学校」を設立した。

スギやヒノキの無垢の板に遮音シートを貼った床材「ユカハリ・タイル」は、置くだけでフローリングにできると人気商品に。床材以外にも、スプーンやフォークを自分で削って完成させる「ヒトテマキット」など、木の風合いを生かしたアイデア商品を発売し、2017年は3億3500万円を売り上げた。

木材の加工流通事業と並行し、西粟倉村雇用対策協議会から移住・起業支援事業を受け継ぎ、自治体と連携して村を拠点に起業や新規事業を立ち上げる人を支援する「西粟倉ローカルベンチャースクール(LVS)」を開設。自治体とメンター(助言者、並走者)、LVSスタッフが起業志望者と一緒に、事業をどのように立ち上げ、ビジネスとして成立させるのかを徹底的にブラッシュアップさせていく。移住が伴う場合は地域おこし協力隊制度を活用し、スタートアップ資金として最大3年間・月額約20万円が支給される。

他にも、地元産木材を使って耐震性能や省エネ性能、コストパフォーマンスに優れた家づくりを手がける建築・不動産関連や、木材加工で出る木くずを水温維持の燃料として活用するウナギの養殖など、6事業を展開している。

岡山県西粟倉村は人口1500人の小さな村。多くの起業家が移住し、約30社が誕生している

起業家が移住、約30社が誕生

現在のスタッフ数はパート職員も合わせて55人。そのうち35人が東京、大阪など県外からの移住者だ。スタッフ以外でも、エーゼロの存在に触発されて移住してきた起業家は多く、「森の学校」を含めて西粟倉に設立された企業は約30社、売上高は合計約10億円、雇用は120人以上にのぼる。移住者だけでなく、地元の人が起業するケースも増えているという。

西粟倉は順調にローカルベンチャーの先進地として歩んできたように見えるが、「人の採用や育成にはずっと苦労してきました」と牧代表は語る。採用は移住を伴うことが多いためハードルが高く、とりわけ新規事業を立ち上げる際には、「僕と同じか、僕以上にその事業をやりたいと思える人が見つかるかどうかで、軌道に乗るかどうかが決まります」。

それでは、本気で挑戦する人材をどうやって集めてきたのか。

「こういう人が欲しいといろいろなところに言い続けていると、見つかることがあります。最初は見つからなくても、うまくいく事業は大概、途中で熱意のある人が現れるんです」

村を拠点に起業や新規事業を立ち上げる人を支援する「西粟倉ローカルベンチャースクール」

妄想してみることが大事

西粟倉での取り組みは他の地域でも再現可能なのだろうか。牧代表は「大いに再現可能です」と断言する。

実際に、エーゼロは西粟倉だけでなく、北海道厚真町と滋賀県高島市にも事務所を置き、起業支援や福祉作業所の開設などを行っている。都市部への交通条件に違いはあっても、厚真町も高島市も自然豊かな田舎だ。

田舎で事業を起こすことの優位性について、牧代表はこう分析する。

「田舎には田舎の、都会には都会の利点がそれぞれあります。特に田舎だから優位ということは、基本的にはないと考えています。ただ、田舎は手つかずのビジネスチャンスがたくさん残っています。それに土地や家賃が安いから、事業も始めやすい。今、地方は景気が悪いと言われていますが、景気は良い時と悪い時を繰り返すものなので、これから地方経済が良くなると言えるのではないでしょうか」

それでも、地方への移住や起業に二の足を踏む人は少なくない。牧代表は「妄想してみることが大事。こんなことができたら面白いとか、こうやればうまくいくんじゃないかと頭の中で考えていると力が湧いてきて、きっと一歩を踏み出したくなる」と呼び掛ける。

エーゼロでは、起業を前提とせずに「やりたいこと探し」を支援するプログラムも用意している。

UIJターン者が「地域のために」と奮闘するものの、思ったような結果が得られず、その土地を離れてしまうというケースも少なくない。移住者には「地域に気に入られようとすると疲れる。自分の好きなことに集中して、結果的に地域の役に立ったり、地域の人たちに認められたりすればいい」と助言する。

その言葉が示すとおり、エーゼロと周辺地域は、互いに困った時に助け合うぐらいの無理のない付き合いを保っている。移住家族に子供が産まれるなどして地元の学校の児童数は増えた。岡山県でも甚大な被害を起こした今年7月の西日本豪雨の際には、スタッフが地域の消防団員として夜通しで活動するなど、地域の維持に確実に貢献している。

では、ローカルベンチャーが事業を成立させるために必要なことは何なのか。牧代表は「本当にやりたいと思えることを見つけること。あきらめずに長く続けていくことが大事」と説く。2012年には8400万円の赤字を計上した森の学校も、慌てずに先を見据えて戦略を練ることで、安定した事業へと成長させてきた。

牧代表は「ローカルビジネスを始める人を支える仕組みはできた」と語り、次は「収益性の高い会社をどれだけ地域で育てていくか。事業をきちんと成長させ、利益をさらに別の事業へと再投資して、地域の活性化へつなげていきたい」と今後を展望する。

挑戦する人にとって、地方は無限のビジネスチャンスにあふれている。

西粟倉・森の学校はウナギ養殖も事業化。資源の掛け算で、地域には無数の事業チャンスがある

 

牧 大介(まき・だいすけ)
エーゼロ 代表取締役
西粟倉・森の学校 代表取締役