2017年7月号

人間会議

ペンギン目線の観測で 生態系と環境変化を解明

高橋 晃周(情報・システム研究機構 国立極地研究所 准教授)

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広大な海を自由に泳ぎ回る海洋動物の観察は困難だ。国立極地研究所では、ペンギンやアザラシに取り付けて行動を調べる小型記録計「バイオロギング」を開発し、生態と環境変化の解明を進める。

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地球温暖化とペンギンの生息数の変化

国立極地研究所は、南極の氷から過去72万年間の気温の変化や二酸化炭素の濃度変化などの気候変動を解明する研究や、氷上の隕石から惑星の起源を解明する研究などを行う研究機関だ。

同研究所・准教授の高橋晃周氏は、生物圏研究グループにて、南極に生息するペンギンの研究を行っている。

ペンギンは世界に18種類いるが、南極とその周辺には9種類・約1800万つがいが生息している。南極には、ペンギンの他にも、アホウドリなどの鳥類や、クジラ、アザラシ、オットセイなどの大型哺乳類が生息する。高橋氏は、「一見、海氷に覆われて荒涼として見える南極海ですが、大型生物が南極に生息できるのは海氷のおかげです」と話す。

特に南極半島地域では、冬に海氷の下で発達した藻類が、夏に氷が融けて海中に太陽光がさし込むと大増殖し、さらにそれを餌とするオキアミが大量に増殖する。これがペンギンなど南極の多くの動物の餌となり、その命を支えている。つまり、南極海の氷の変化と、動物の生命は密接に関係しているのである。

そこで懸念されるのが地球温暖化の影響だ。南極の温暖化はどれくらい進み、動物にどの程度の影響を与えているのだろうか。

「南極の温暖化には地域差があります。南極大陸の西部にある南極半島地域では、この50年間で2・74度のペースで気温が上昇していて、これは地球上で最も速いスピードにあたります。しかし、昭和基地がある東南極地域では、50年間顕著な変化は見られていません。温暖化が進んでいる南極半島地域では、海氷が融けてしまい、オキアミが減少したことで、ペンギンの数は1970年代後半から2010年の間で80%近くも減少し、危機的状況に陥っています」

一方、温暖化の影響が見られない東南極地域では、ペンギンの生息地としては厳しい環境であったにもかかわらず、近年、個体数が長期的に増えている。

「通常、東南極地域の海は完全に海氷に覆われていますが、時々100キロメートルぐらいのスケールで海氷が割れて湾外に流出します。この現象が、1990年代から2000年代前半に頻繁に起こりました。一度海氷が流出すると、本来あった3~4メートルの厚い海氷になるまでには何年もかかります。このような海氷の変化と、ペンギンの生息数の変化の相関を現在研究しています」

アデリーペンギン。ペンギンは警戒心が弱いので、陸上では観察しやすいが、海中での行動観察は困難であった。

動物が自分の記録を取る「バイオロギング」を開発

環境変化がペンギンの生態に与える影響を解明するには、海氷や餌の状況とペンギンの関係をより詳しく調査する必要がある。動物研究の基本は観察だ。南極のペンギンは警戒心が弱いので陸上では近くで観察しやすい。一方、海中での行動観察を人間が行うのは困難であるため、餌の捕食などの重要な行動を解明できずにいた。

海中での行動を解明するため、国立極地研究所のグループが長年にわたり開発に取り組んできたのが「バイオロギング」だ。それは、動物に小さな記録計を取り付けて行動や生態を調査する手法である。

「バイオロギングは、人間が観察できないなら、動物自身に記録を取ってもらおうという発想の転換から生まれました。自由に動き回る動物の行動や生態を直接計測できるので、行動範囲の広い動物や、人間の存在が影響を与えてしまうような種でも記録を取ることができます。1年以上の長い記録を取ることも可能な画期的な手法です」

バイオロギングは、圧力、GPS、加速度など、いろいろなセンサを使って、動物の移動や生息環境、どのような動きをしているか、どのような生理機能を持っているのかなどを調べることができる。国立極地研究所がバイオロギングを使って最初に計測したのは、ペンギンやアザラシの潜水行動だが、今では、マンボウ、クジラ、ウミガメなど、世界各地の海洋動物の調査に使用されている。

現在、同研究所では、わずか30グラムの小型カメラを搭載したデジタルビデオロガーを開発し、ペンギン目線で海中の環境調査を行っている。

「2011年から2013年にかけては、東南極の昭和基地周辺で、潜水中のペンギンの餌の捕食行動のデータを取ることができました」

分厚い海氷が張っていた2011年は、潜水当たりのオキアミの捕食数は少なかった。一方、気温が高く、海氷がかなり融けていた2013年は、2011年より潜水当たりのオキアミ捕食数が多かった。繁殖状況は、2011年は卵を温めることを放棄した親鳥が多く、巣立ちできたヒナはわずか数十羽だった。一方、2013年はその6倍近い数のヒナの巣立ちが確認された。

「なぜ、東南極地域では海氷が少ないとペンギンにとっての餌環境が良くなるのか。通常は分厚い海氷に覆われていますが、海氷が薄くなると植物プランクトンが増殖しやすく、結果として餌となるオキアミも増えるのではないかと考えられます」

また、デジタルビデオロガーによる、世界で初めての発見もあった。2年前の調査で、アデリーペンギンが海中でクラゲを捕食する姿が撮影されたのだ。この映像を見て、ペンギン研究者は衝撃を受けたという。クラゲは水分が多く、カロリーも栄養もほとんどない。そのクラゲを、主食のオキアミの次に、魚よりも多く食べているとは、それまで考えられていなかったからだ。

その理由は何なのか。栄養が少ないクラゲを食べなければ生きていけないのか。それともクラゲ自体が増えて、南極の生態系に何らかの影響を与えているのか。ペンギンはクラゲを食べて栄養を十分に摂れているのか。疑問は次々と湧いてくる。

「南極海の環境の変化が、オキアミ、魚、あるいはクラゲの分布に影響を与えて、ペンギンの捕食の成功度にも影響することが予想されます。また、こうした現象は、ペンギンの繁殖個体数に影響していく可能性があります。今後もペンギン目線での観測を続けて、環境の変化が南極の生態系に与える影響を明らかにしていきたいと思います」

海中での行動を解明するため、動物に小さな記録計を取り付けて行動や生態を調査する手法「バイオロギング」。魚を捕食する姿などを撮影できる。

 

高橋 晃周(たかはし・あきのり)
情報・システム研究機構 国立極地研究所 准教授

 

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