2017年4月号

環境会議

明治日本の新しさと国際社会での役割

筒井 清忠(帝京大学 文学部長・教授)

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明治150年を控え、国政・地域行政・有識者を中心としてさまざまな取り組みが進められている。だがそもそも、明治の始まりには何が起きていたのか。まず全ての出発点として「五箇条の御誓文」があり、そこから、新しい国のかたちについての構想が社会の各分野において実現されていったのである。こうした歴史をしっかり振り返り、後世に伝えることは来たる年を記念するうえで極めて大切である。『近代日本文化論』『昭和史講義』二部作はじめ、日本近代史の見直しに取り組む識者に話を聞いた。

出発点としての「五箇条の御誓文」

―戦後70年に続く「明治150年」の節目を、どのように捉えていますか。

明治150年を考えるうえで一番大事な明治時代の成果は「五箇条の御誓文」でしょう。

五箇条の御誓文

 

(1)立憲主義・議会政治 1、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ
(2)国民主義・民主主義 2、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フベシ
(3)人材登用(平等主義) 3、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ
人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
(4)進歩主義 4、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クベシ
(5)世界主義 5、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スベシ

 

特に第一条の存在により、明治憲法(大日本帝国憲法)が制定され近代議会政治が発足しました。板垣退助が民選議員設立建白書を作ろうと考えるにあたっても、この御誓文の存在は大きかったわけです。

また、伊藤博文は権力的志向が際立ったところがあり、戦後の一時期は低評価が続きましたが、最近、瀧井一博先生(国際日本文化研究センター教授)を中心に再評価が進んでいます。伊藤は、君権を尊重しつつもその意のままの振る舞いを許すのではなく、議会の承認を必要とさせるのが憲法だとしました。同時に、権限に制約があるからこそ、君主制も長生きできると考えたのです。彼こそ明治時代に立憲政治を発展させた中心的な一人でした。

また、戦後になり日本が連合国に負け、ポツダム宣言が発せられた際に、それは日本に元来あった「民主主義的傾向の復活強化」ということを言いました。その後、天皇のいわゆる人間宣言でも「五箇条の御誓文」が強調され、首相であった吉田茂も五箇条の御誓文を基礎に戦後の民主主義を考えました。明治以来の長い伝統を持つ議会政治はこうして戦後も定着していきました。何しろ戦中も選挙が行われていた国なのですから。

―民主化以前は、君主政治が主流であったわけですね。これほどに重要な御誓文のルーツとは何でしょうか。

肥後藩の横井小楠(しょうなん)や福澤諭吉らがヨーロッパ・アメリカなどを深く勉強し、日本でも早く同様のことを行わねばいけないと考えました。日本でも「入れ札」などありましたし。

御誓文の一番元を書いたのは福井藩の三岡八郎( 由利 公正(ゆり・きみまさ))です。最近、発見された坂本龍馬の手紙でも、彼の早い招聘(しょうへい)を薦めていますね。それが土佐の福岡孝弟(たかちか)によって修正され、長州の木戸孝允によって完成されました。木戸は明治維新後の活躍がもう一つになりますがこれを書いた功績は大きいですね。

今後も、この方向を発展させてゆかねばならないのですが、最近、議会政治の大切さが色々な意味で忘れられつつあります。例えば、議会での与野党の応酬は、テレビ等メディアのトップニュースで本来報じられるべきはずですが、全くそうなっていません。また、与党に十分答弁ができない大臣が出てきたりするのも困ったものですが、野党が行う本来議会政治を補完するはずのものが議会での議論より大きく報道されるのもおかしいと思います。こうしたマスコミ報道の姿勢の結果、健全な議会政治の発達が妨げられているのが現状です。

また、アメリカのワシントンのリンカーン像などに比べると思い至ると思いますが、日本は尾崎行雄・犬養毅のような「憲政の神様」とまで言われたような、議会政治の建設に貢献した人物への顕彰が充分行われていない国です。明治150年は今後これらを正し発展させるためのよい機会にしたいものです。

伊藤博文

多様な人材を登用する社会

―明治維新の社会的意義は何であるとお考えですか。

能力による人材登用の時代が切り拓かれた点が大きいです。御誓文の三点目―封建身分制の撤廃と能力主義の導入ですね。例えば、同じ武士とは言っても格差の甚だしかった主人と軽輩との間を問わないことになりましたので、昔よりはるかに風通しの良い明るい時代が切り拓かれていったわけです。

―性別・年齢ともに高い多様性が展開していったわけですね。

伊藤博文は総理として未だに歴代最年少ですし、津田梅子も当時6歳で岩倉使節団に同行しています。また、女性の教育機会も広がりました。高等師範学校を除くと、高等教育では男子に及びませんでしたが、中等教育では明治にできた高等女学校が大正時代の後半から普及していきます。昭和初期には、男子の中学校進学率を女子の女学校進学率が抜きました。

当時は「立身出世亭主」と「教養女房」と呼ばれたものですが、文学や詩歌に関心があり、高い教養を身に付けた女性が増え、教養ある子供が数十年間養成され続けるという状況がもたらされました。これが平等を求める女性を増加させ戦後から現代への男女平等の時代につながっていきますね。

併せて大正後期・昭和初期ごろから「円本」などが登場し、文学全集などが飛躍的に普及し、教養主義の時代が戦後まで長く続くことにもなったのです。

新皇居於テ正殿憲法発布式之図(1889年、安達吟光画)

高度な技術を学びつつ、文化を基礎に据えた発信を

―これまでのご著作でも、文化の根幹としての教養を強調されていますね。

明治150年では、そうした近代日本の文化を重視して若者に関心の高い映画やテレビなどのビジュアルな文化にも焦点を当ててもらいたいですね。例えば、明治維新を描いた映画のきちんとしたリストを作って上映シリーズをやれば、若い人たちが官軍だけでなく多様な幕末維新の姿に接することができると思います。

―グローバル化で日本の古き良き面が忘れ去られていないか、不安を覚えます。

日本は「ものづくり」に力を注いできた国です。テクノロジーに関する教育も熱心で、例えば工学部は、イギリスなどでは総合大学になかなか取り入れられませんでしたが、日本では早くから評価され、明治早期に設置しました。こうした実学の尊重が、日本の急速な発展の一要因です。他方、明治時代の閣僚などリーダーは武士の出身者が多く、武家で育まれた文化は明治期へと継承され、特に侍の徳目が重視されました。

文化人類学者の梅棹忠夫さんが興味深いことを指摘しています。明治時代の日本を検討した結果、それは「samuraizationが進行した時代だ」というのです。侍の意識というと、今日では切腹など紋切り型のマイナスのイメージを持つ人があり、特攻隊的な自己犠牲が強調されるようでは困りますが、責任感が強いとか、弱いもの虐めをしないというのは、大事な徳目の一つでした。

貧困のなか苦学した大衆小説作家・長谷川伸の『日本捕虜志』にこんな記述があります。日露戦争時、職人出身の兵士が、満州で捕まっているロシア軍の捕虜を見に行かないかと中隊長に誘われた時、言ったのが「自分は軍隊に入る前は職人ですが、軍服を着たからには日本の武士であります。

どこのどういう人か知りませんが、敵ながら武士であるものが運拙く捕虜となってあちこち引き廻され見世物にされること、さだめて残念至極でありましょうと察せられ、気の毒でたまりませんから自分は見学に行って捕虜を辱めたくありません」(現代語に読みやすく改めた)ということでした。こうしてこの中隊は捕虜を見に行くことをやめたのですが、このことを紹介しながら長谷川は「その頃の日本人の間にはこの一等卒と同じ線を心に抱いているのが正常だった」と著しています。

このように当時の日本では、欧米の先進技術を受け入れて近代化しつつ、昔の価値観の良いところはしっかりと受け継ぎ、広まっていたんですね。

―明治期から今日に至るまで、外国からたくさん優れたものが入ってきていますね。そういう中で日本人のアイデンティティはうまく保たれていたものなのでしょうか。

自分たちの内在的な文化を大事にする方向と外来の文化の取り入れとの間のバランス感覚が一番大事ですね。とは言え、開国して間もない当時、日本は国際条約をよく知りませんでしたので、不平等条約を押し付けられました。そのためノルマントン号事件 *1 では、領事裁判権により、イギリス船員を日本人が裁くことができなかった。関税自主権もないためその回復(明治43年)に至るまで日清・日露という二大戦争を経て、膨大な犠牲を払いました。そのためナショナリズムが強くなったところがありました。

―その一方で、お雇い外国人をはじめとするヨーロッパ人との交流もありましたね。

当時は葛藤と友好のバランスがたいへん良かった。欧米人と接触した結果、日本をよく知りその文化を愛好する知日派も増えました。ラフカディオ・ハーンや新渡戸稲造の『武士道』など、英語で日本文化を世界に広める著作が刊行されたこともよかったですね。明治人の偉大さが生んだものだと思います。

―英語での発信から得る反響は大きいですね。先生ご自身も『昭和史講義』の英文版を刊行されるなど積極的にご発信されています。外国からみた明治150年への注目はいかがでしょうか。

『昭和史講義』英文版の刊行を機に、2016年11月に北米の三大学と合同した国際シンポジウムを実施しました。例えばどういった政治的意思決定が昭和の戦争を招き、どうしたらそれを防げたのか、実のある学問的議論ができ、非常に成功しました。明治維新や明治時代についても同様のことを実施すれば、日本と外国の相互理解をさらに深められると思います。

―自治体をはじめ地域の取り組みも盛んになっています。

薩長土肥四県で活発になるのはもちろんのことですが、逆に東北地方など幕府軍側も大事ですね。例えば白虎隊の悲劇を知らない人も多いので、よく知ってもらうよい機会になるのではないでしょうか。

そして、こうした取り組みの最終的な理想形態として、信頼に足る正確な明治時代の史実を押さえた歴史書を刊行することができればいいと思います。

150年となると当然「記念」的なものになります。でも明治時代と言っても色々なことがありますから今日から見てマイナスのことももちろんあります。そうしたことはこの歴史書にきちんと書いて、後世に判断を委ねるようなものができればいいと思います。大切なことは両面のバランスを取ることですね。

―今でこそ当たり前のグローバル化ですが、その出発点として150年前があったという認識の大切さを感じています。次世代の子どもたちに、この非常に大きな変化を伝えたいですね。

正確な史実に基づいたバランスのとれた子ども向けの本などもあちこちから刊行されるといいですね。民間の力がどのように盛り上がるのか楽しみです。

*1 1886年10 月24日、イギリス船ノルマントン号が紀州大島沖で座礁・沈没したことから起こった事件。乗船の英国人は全員ボートで脱出したが、日本人乗客は全員溺死したため国際問題化した。

筒井 清忠(つつい・きよただ)
帝京大学 文学部長・教授

 

『環境会議2017年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 世界をつなぐ温暖化対策 自然と人の関わり方を再考する
三浦雄一郎(登山家)、中村宏治(水中カメラマン)、他
特集2 明治150年 日本の歩みを未来に遺す
筒井清忠(帝京大学 教授)、徳川斉正(水戸徳川家15代当主)、他
特集3 経営トップが薦める、この一冊
遠山正道(スマイルズ 代表取締役社長)、山田雅裕(未来工業 代表取締役社長)、他
(発売日:3月6日)

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