『今日の芸術』傍観者ではなく、当事者になる

1999年に「Soup Stock Tokyo」の第一号店をオープンし、翌年、三菱商事初の社内ベンチャー企業として、スマイルズを設立、代表取締役社長に就任した遠山正道氏。その後、リサイクルショップの「PASS THE BATON」、ネクタイブランド「giraffe」、ファッションブランド「my panda」など独自のコンセプトの事業を次々と展開してきた。常に新しいことに挑戦し続ける遠山氏に、当事者でいることの重要性を教えてくれた一冊が岡本太郎が書いた『今日の芸術』だ。

岡本太郎著『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』(光文社、1999年)

「自分ごと」として行動する

私が「Soup Stock Tokyo」を始めたのは、1999年。そのきっかけは、1996年に人生初の個展を開いたことでした。ちょうど三菱商事に入社して10年目の頃です。何かに挑戦してみたい。他人から言われたことではなく、自分で生み出してみたい。そのような強い思いがあり、個展開催を決意しました。

もともと絵やイラストを描くのは好きでしたから、自分が当事者としてバッターボックスに入り、思い切りバットを振るには、絵の個展は最も適したフィールドだったのだと思います。

実際に進めると、自分で生み出す楽しさを実感し、またうまくいかない時でも必ず実現させたいという思いがあるので粘ってでもやります。

これが誰かに頼まれた仕事だったら、この楽しさと粘り強さは得られなかったでしょう。この経験が、新しい事業に踏み出す契機となったと感じています。

遠山 正道(スマイルズ 代表取締役社長)

挑戦する力を与えてくれた本

岡本太郎さんの著書『今日の芸術』に出会ったのは、それより随分前のことです。この書籍では、まさに当事者であることの重要性が書かれていると感じています。

文庫本の第1章「なぜ、芸術があるのか」の中から、「生きるよろこび」の節を紹介します。

「まことに、芸術っていったい何なのだろう」という問いから始まります。そこには「すべての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければいけない、そのよろこびが芸術であり、表現されたものが芸術作品なのです」と書いてある。一見、芸術の話をしているようですが、いろいろな捉え方ができる内容です。

岡本太郎さんが例として出しているのは娯楽について。映画を観たり、プロ野球やプロレスなどを観戦したりすることです。例えば、プロ野球を見にいき、ホームランが出たり、すばらしいファイン・プレーを見ると、胸がスーッとします、と。しかし、これは生きがいではない、と岡本太郎さんは言っています。参加していないことで、「自分」は不在になってしまい、空しさだけがたまり、傷ついていく、と言うのです。

それよりは、草野球で空振りでもいいから自分でバッターボックスに入り、思いっきりバットを振ってみることが“生きがい”につながる。そういうことなのでしょう。

当時、三菱商事で、「電子メールのある一日」という企画書を書き、メールによって仕事の方法や生活がこう変わるということを提案しました。まだ個人の電子メールが普及していない時でしたので、未来を予測した提案。誰からも“頼まれてもいない仕事”ですが、これが岡本太郎さんが言う“生きがい”なのではないか、と思っています。上司からやれ、と言われる仕事は単なる作業であり、本当の仕事は自分の意思で進めることではないかと、書籍を読んで気づいたのです。

これらの気づきが、個展に挑戦する勇気となり、また「Soup Stock Tokyo」の立ち上げや起業へ踏み出す信念をつくってくれたと思っています。

多様なジャンルの本が人生の輪を広げる

『今日の芸術』には、もう一つ思い出があります。三菱商事に入社して7年目の頃に、若手社員の研修の講師をした時、この書籍の一節を朗読しました。

朗読には、不思議な力があり、読書より深く印象に残ります。私が大学生の時のゼミで、教授の代理で講師をした大学院生が、ある書籍の「はじめに」を朗読してくれました。内容が濃く残り、今でもその内容を覚えています。だから私も自身が講師となった時、何かを教えるのではなく、朗読を聞いて考えてもらおう、と思ったのです。

私は、特段、読書家というわけではありません。読書をする機会は、たいてい朝、お風呂に入っている30分程度。読む書籍のジャンルも様々です。

ラジオの『ラジオ文芸館』(NHK第1放送)や、アプリで文学の朗読を聞いて、続きが気になって本を買ってみる、ということもあります。

書店でもいろいろなジャンルの本を手にとってみます。仕事とも、自分の趣味・興味とも全く関わりのない本です。「現代史の書き方」、「フルーツカッティングの手引」......といった専門書まで読んでみます。そこには、自分の知らない世界が広がっています。

多様なジャンルの本を読んでいると、人と話す時に話題となり、人生の輪を広げてくれていると感じています。

1999年に遠山氏は「Soup Stock Tokyo」を立ち上げ、翌年に起業した。(写真は中目黒店)Photo by HIROKI KAWATA

遠山 正道(とおやま・まさみち)
スマイルズ 代表取締役社長

 

『環境会議2017年春号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 世界をつなぐ温暖化対策 自然と人の関わり方を再考する
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特集2 明治150年 日本の歩みを未来に遺す
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特集3 経営トップが薦める、この一冊
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(発売日:3月6日)

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