2016年10月号

環境会議

地域固有の資源を発掘し観光交流人口の拡大目指す

田村 明比古(観光庁長官)

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日本を訪れる外国人旅行者は年々増加し、年間2000万人に迫る勢いだ。政府は受け入れ態勢をさらに整備し、今後は特に、多くの外国人旅行者に地方を訪れてもらい、観光交流人口を拡大させ、地方活性化や経済振興につなげることが期待される。地域の資源を発掘し、体験型・交流型の要素を取り入れる旅行形態の「ニューツーリズム」への注目も高まっている。
(聞き手:事業構想大学院大学学長・田中里沙)

 

田村 明比古(観光庁 長官)

高まるインバウンドへの期待国内の意識にも変化

―近年、訪日外国人旅行者が非常に増え、経済効果も表れています。その成功の要因は何でしょうか。

政府はこれまで、外国人が日本を訪れる「インバウンド」に関心を向けていない時期が長かったと思います。1970~80年代には日本の製造業の輸出競争力が非常に強く、貿易黒字が積み上がっていました。このためインバウンドで外貨を稼ぐより、貿易黒字を減らすため、日本人に海外旅行に行ってもらうことを重視していました。

しかし、高度成長期が終わってバブルが崩壊し、改めて見直すと、日本以外の国々はインバウンドに注力してきていました。やはり、日本でもインバウンドは重要ということに気付き、力を入れることになったのは今世紀になってからです。

最近のインバウンドの増加については、環境的な要因と政策的な要因の双方がプラスに働いてきたことが背景にあります。世界では海外旅行に行く人口が増え続けており、昨年だけで11億8000万人が海外旅行をしています(図1)。これが2030年には、18億人に増えるという予測もあります。

その背景にはやはり、途上国、特にアジア諸国の経済成長があります。それによって中間所得層が増え、海外旅行に行く人も増加しました。そのような国々が近隣にあるのも、日本にとって有利な状況です。

また、格安航空会社(LCC)の普及による影響も大きいと思います。東南アジアでは、航空市場に占めるLCCの割合が6割近くになっています。さらに直近で言うと、為替の変動によって、訪日しやすくなった人たちもいます。

これらの客観的な条件に加え、日本政府も訪日外国人旅行者を増やすための政策を進めてきました。例えば、近隣のアジア諸国に対するビザの要件緩和や、日本への旅行に関するPRの促進、消費税の免税制度拡充、そして長蛇の列ができる入国審査の担当官増員などの対応をしています。このように、ここ数年は政策的な努力と客観的な情勢の双方が、うまくかみ合ってきたと感じます。

訪日外国人旅行者は、少し前までは年間600万~800万人程度でしたが、現在は2000万人に近づいています。今後は、さらにこの数を増やしていきます。我が国は本格的に人口減少時代を迎えており、放っておけば成長が滞るでしょう。そこで、海外との交流人口を増やし、一定の成長を維持したいということです。

ただ、訪日外国人旅行者をさらに増やすとなれば、日本人一人ひとりの意識にも変化が求められるでしょう。少し前の日本では、外国の方が日常生活に存在するのは普通の風景ではありませんでした。中には、周りに外国人が増えることを、あまり心地よく思わない方もいたでしょう。国全体で歓迎する意識を持たなければ、今後、4000万~6000万人の訪日外国人旅行者を受け入れるのは難しいことになります。

 

図1 国際観光客到着数の推移

出典:UNWTO

観光は総合芸術
中核担う人材育成の視点とは

―次なる課題は、訪日外国人旅行者に長期滞在して地方へも足を延ばしていただくことかと思います。

3月末に政府が取りまとめた「観光ビジョン」の問題意識は、まさにそこにあります。訪日外国人旅行者は増加していますが、その訪問先は東京から大阪までの「ゴールデンルート」に集中しています。また、その経済効果は一部の国の方々が超高級品を購入することで、支えられているようなところもありました。

今後はもっと地方各地へ行き、長期滞在によって、より多くの交流や消費をしていただきたいと思います。そのため、政府としてもやるべきことはすべてやるというのが「観光ビジョン」の内容です。

観光業界や地域を変えていくには、その中核を担う人材が必要ですが、日本では従来、その育成システムが弱かったと感じます。最近よくいわれるDMO(地域と協同して観光地域づくりをする法人)に必要な人材も十分にいません。今後の観光の発展に求められるのは、中核を担う優秀な人材の育成だと思います。

そのためには、いくつか切り口があります。まず、観光産業に携わる人にもDMO的な部分で活躍する人にも、経営やマーケティングの知識は不可欠ですから、その教育をしっかり行う必要があるでしょう。

また、言い過ぎかもしれませんが、これまでの日本の観光地はどちらかというと資源収奪型でした。良い景色や良い温泉はあっても、携わる方たちが、さらにそれらを良くしていくという発想はあまりなかったのだと思います。

例えば、ホテルを建設する場合、周囲の美しい景色との調和を考えずに、団体向けの鉄筋コンクリートの建物を建てたりしてきました。それによって風情がなくなり、負のスパイラルに入っていった地域もあります。今後は地域の資源を育て、循環型に変えていく意識が必要です。

観光は総合芸術のようなもので、様々なプレーヤーが参画してできていきます。このため、幅広い分野の人たちが交流し、ノウハウを交換するのが良いでしょう。自分たちが持っている資源の良さを外の人たちに教えてもらうような、謙虚さや開放性も必要だと思います。

 

図2 訪日外国人旅行者数の推移

出典:JNTO

 

―ヨーロッパなど海外の観光地では、日本から学んだ良さを取り入れているところもあると聞きます。

日本の観光地には当然、良いところもあります。例えば、日本の「おもてなし」は優れています。他方で、旅館に宿泊した旅行者が素晴らしいおもてなしを受けても、昼までゆっくり寝ていたいのに朝10時には叩き起こされた、などという話も聞きます。より多くの外国人旅行者に来てもらうには、柔軟な対応も必要でしょう。

DMOの分野では、日本はまだまだ発展途上国です。世界の優れたDMOの取り組みや観光地におけるサービスの質の高さを、さらによく知る必要があります。そのため、観光に携わる人ほど海外へ旅行した方が良いと思います。

地域の資源を活かすニューツーリズムの振興

―観光庁は「ニューツーリズム」も振興していますが、その理念と方針はどのようなものでしょうか。

ニューツーリズムは、これまで観光資源として気づかれていなかったような地域の資源を発掘し、体験型・交流型の要素を取り入れる旅行の形態です。

例えば、スポーツなどは1つのキーワードかもしれません。田舎で地元の人にとっては何でもない自然や、車があまり走っていない道路などは、サイクリングに最適で魅力の条件だったりします。エコツーリズムやヘルスツーリズムなども注目されており、新しい発想で地域の様々な魅力を発信すれば、観光につながり、長期滞在してもらうことも可能です。

日本人も海外へ行き始めたころはブランド品を買い求める傾向がみられましたが、次第に「その土地の歴史を学びたい」、「あの絵を見にいきたい」など、多様な楽しみ方に変化してきたと思います。これは世界に共通しているはずで、それらの多様なニーズに応えることが重要です。日本には文化、伝統をはじめ、多様な奥深さがあります。

―若年旅行者からは、日本は交通運賃が高いという声も聞かれます。また、宿泊施設にも多様な形態が求められています。

国内旅行者数は近年横ばいで、今後は人口減少に伴って減る可能性があります。国内旅行者の増加を妨げる要因として、我が国では休暇が取りにくく、取れる場合も時期が集中していることがあると思います。さらに、新幹線や飛行機の運賃が高いことも要因になっていると感じます。

LCCに関しては、欧州の例などを見ても、従来のフルサービスキャリアの乗客が減っているわけではなく、上乗せでLCCの乗客が増えています。つまり、従来は飛行機に乗らなかった人たちが、航空運賃の低下によって、飛行機を利用し、旅行するようになったということです。

多くの人たちは2、3時間程度なら、知らない人と狭い空間を共有することになっても、その分、運賃を節約できれば良いと考えます。運賃を節約できれば、その分、お土産に使ったり、少し良いレストランへ行ったり、部屋をワンランク上げたりということになり、消費拡大にもつながるはずです。そのような意味でも、交通の問題は重要です。

さらに、地方でもう少し奥まで足を延ばしていただくための交通手段も必要でしょう。過疎化が進んでいるような地域では、公共交通の維持が困難で、朝と夕方しか本数がない状況があります、それでは旅行者は困ります。観光を振興するため、公共交通の便を改善するという切り口も、今後は求められるでしょう。

宿泊施設に関しては、我が国には超富裕層の受け入れ施設が足りないといわれます。他方で、バックパッカーが気軽に泊まれるような施設も、まだ限定的です。そういう意味では、多様なニーズに応えられる受け入れ態勢が必要です。

―地域で頑張る旅館業については、何か施策はあるでしょうか。

国内では現在、ホテルは全体的に稼働率が高いですが、旅館は空室が目立ちます。これらの旅館には、団体旅行が全盛だった時代に多額の設備投資をしたものの、その後は個人旅行へのシフトに対応できていないところも多いようです。そのような宿泊施設については、1軒1軒の努力を支援すると共に、温泉街やシャッター街化している商店街など、地域全体に新しい風を吹き込み、再生支援していくことも重要であると考えています。

21世紀にふさわしく規制や制度も変革

―観光庁として、今後2~3年の直近で成果を出していこうという優先的なテーマは何でしょうか。

いくつかありますが、1つは観光産業、DMOの人材育成です。経営のトップ・マネージメントや中堅幹部、現場のリーダーという各層について、人材育成を強化しようとしています。また、観光にかかわる様々な制度や規制は昭和20年代に基があるものが多く、これらを今後2、3年かけて21世紀にふさわしいものに変えていこうとしています。

外国人旅行者の受け入れ態勢に関しても、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に向けて、劇的に変えなければなりません。クレジットカードの利用環境やバリアフリー、入国審査など、様々なところで先端技術も取り入れ、効率的に改善していく必要があります。今年から、それらが徐々に具体化していくはずです。

また、日本全国を見渡すと、あまり景観が美しくないところが少なくありません。これについては、ある程度の時間をかけて、皆の意識を変えていくことも必要でしょう。以前は、景観を美しくしようと言うと、一般論では皆、賛成ですが、自分の町でやるとなると反対も少なくありませんでした。景観重視で規制が厳しくなれば、自宅を勝手に建て替えられないなど不便が生じるからです。

しかし、今は町全体の風景を良くしたいと考える人が増えたようです。日本の田園風景も、もっと美しくできると思います。これらは大変な作業ですが、地域の魅力を発掘・発信するための大きな一歩になると考えます。

田村 明比古(たむら・あきひこ)
観光庁 長官

 

『環境会議2016年秋号』

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」を理念とし、社会の課題に対して幅広く問題意識を持つ人々と共に未来を考える雑誌です。
特集1 環境と観光で実現する インバウンド・ジャパン
あん・まくどなるど(環境歴史学者)、デービッド・アトキンソン(『新・観光立国論』著者)、他
特集2 一歩先の暮らしを考える ソーシャルデザイン
有馬利男(国連グローバル・コンパクト)、他 (発売日:9月5日)

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