2016年8月号
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プロジェクトニッポン 奈良県

奈良県経済の成長には、「大仏商法」との決別がカギ

嶋田 淑之(自由が丘産能短期大学・教員、文筆家)

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奈良県経済は、農林業・工業・商業のすべてにおいて縮小傾向にある。豊富な地域・文化資源を有しながら、それらを十分に活かせていない状況を変えるためには、どのような対策が必要なのだろうか。

昭和期に中学・高校の修学旅行を経験した世代の多くが一度は訪れたことのある古都・奈良。世界的に見ても、京都と並び称される圧倒的な知名度を有している。ところが、その奈良県が、今や、観光を筆頭に、農業・林業・工業・商業のすべてにおいて急激に衰退し、人口の減少幅も予測を上回るスピードで進行している。いったい何が起きているのか?

観光業の衰退招いた“大仏商法”

奈良県は、古代から中世を経て近世(江戸初期)までは、甲冑・刀剣、墨、薬などの地場産業(製造業)が発展し、日本全国に販路を拡大。ところが、その後、顧客だった寺社勢力の衰微、武士階級の貧窮、各産業の排他的組合組織による旧守的姿勢、他地域の殖産政策奏功などで、奈良県の製造業は衰退してゆく。

そこで、かつて買い付けに来る商人向けだった宿を活用して、観光業主体へと転換。昭和期を迎えると、中学・高校の修学旅行先として全国的人気を博し、奈良観光業は隆盛を極めた。

「きょうの成功は明日の失敗の種を宿す」「きょうの延長上に明日は来ない」とは、イノベーティブな経営者たちがよく口にする言葉だが、奈良県は「大仏さえあれば、明日も明後日も観光客は来る」という、いわゆる“大仏商法”の陥穽に嵌まった。

しかし、同県の観光業をめぐる環境は、「非連続・現状否定」型で変化してゆく。日本全国で少子化が急速に進行する一方、高校の必修科目から「日本史」が外されたことにより高校生の修学旅行先から外れ、修学旅行客に依存する観光構造は破綻。

それだけではない。一般の観光客の志向も、「見学型」から「体験型」へとシフトしたにも拘わらず、神社仏閣の見学(拝観)中心構造から脱却することはなかった。こうして、旅館の廃業や競売が相次ぎ、県観光業は衰退してしまった。宿泊者数(2013)45位と今や全国最低水準である。

各産業分野も軒並み衰退

一方、農業に関しては、奈良盆地は、古代以来続く、肥沃な土壌に進んだ農業技術による農産地帯だったが、産出額は1984年をピークに低下。就業人口(2010)45位、農業生産額(2013)44位と低迷。また、県南部の吉野地方は、「吉野杉」を初め、古来、“日本林業の代表的存在”とされてきたが衰退。1996~2009年の14年間に、農林業生産額は45%減少したのである。

製造業も厳しい。大企業の事業所誘致に関しても、県土の狭さに加え、遺跡・遺物の事前発掘調査が必要であることなど奈良特有の事情もあって、企業集積は進まず。既存事業所も事業の整理・統合のため相次いで撤退。1996~2009年の14年間に、製造業生産額は実に52%減少(減少幅全国第1位)。

商業に関しても同様だ。県土の大部分が「大阪都市圏」に属し、宅地開発、ベッドタウン化が進行。高校県外進学率1位、県外就業率1位で、多くの県民の消費行動は、大阪圏で行われ、奈良県の年間商品販売額は46位と低迷。

以上の結果、同県経済は、1996~2009年の14年間に、企業所得45%減少(減少幅 全国第1位)という劇的な衰退を遂げてしまったのである。

インバウンド拡大は「機会」か?

上記のような極めて深刻な県経済にとって、2020年に向けたインバウンド拡大という環境変化は、大きな機会のようにも見える。

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