人と人とのつながりで共有価値を創造

総合飲料メーカーの伊藤園は、CSR、CSV、ESDを統合した経営戦略を打ち出している。主力である緑茶事業(リーフ・飲料)では、調達段階の茶産地育成事業での農家・地域社会・伊藤園の間での価値創造から、製造段階での茶殻リサイクル、消費段階での新俳句大賞や「桜」パッケージでの「和」の追求まで。バリューチェーン全体で、本業CSRによって共有価値を創造し、発信型の「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」を目指す。

経営理念は「お客様第一主義」

1966年に設立された総合飲料メーカーの伊藤園は、技術差別化による新市場創造を軸とした戦略によって、「お〜いお茶」など数々のヒット商品を生み出してきた。創業以来の経営理念は「お客様第一主義」で、「お客様を第一とし誠実を売り努力を怠らず信頼を得るを旨とする」を社是としている。

「ここでの『お客様』とは、顧客や消費者だけでなく、株主、金融機関、関係取引先、地域社会などのマルチステークホルダーを意味しています」と伊藤園常務執行役員でCSR推進部長の笹谷秀光氏は説明する。

図1 伊藤園グループのCSRの姿

・基本的CSR:ISO26000の7つの中核主題に基づく、経営基盤の強化
・共有価値の創造(CSV):社会課題の解決(お客様の不満解消)と伊藤園グループの成長の設立=Still Nowの実践(重点テーマである「環境」「消費者」「コミュニティ」でCSV を目指す)
・ESDによる人づくり:チーム伊藤園で実践

また、社是にある「信頼を得るを旨とする」は、社会からの信頼を念頭に置いており、CSR(企業の社会的責任)やCSV(共有価値の創造)における社会価値の創造と密接に関連する(図1)。

伊藤園ではさらに、「今でもなお、お客様は何を不満に思っていらっしゃるか」を意味する「Still Now」の精神が行動指針となっている。「この精神によって常に、何か社会課題がないかということに意識が向きます。『Still Now』の精神は、業界をリードする革新性や社会課題への感度を養うDNAのような組織風土の基礎となってきたのでしょう。『お客様第一主義』と『Still Now』の精神をCSRの形に整えていったのが、伊藤園がCSRやCSVに向かう原点でした」

笹谷 秀光 伊藤園 常務執行役員 CSR推進部長

2013年に「ポーター賞」受賞

CSRについては2010年に、すべての組織を対象とした社会的責任の体系と本業を通じた遂行を示す国際規格のISO26000が作られた。これは7つの原則と7つの中核主題(組織統治、人権、労働慣行、環境、公正な事業慣行、消費者課題、コミュニティへの参画及び発展)を示すガイダンス規格となっている。

伊藤園ではISO26000をいち早く活用して中長期経営計画に組み込み、社内の活動を体系化、本業を通じたCSR(本業CSR)を進めてきた。さらに、伊藤園やマルチステークホルダーにとっての優先課題として、環境課題、消費者課題、コミュニティ課題の3つを抽出した上で、社会的課題への対応力を強め、共有価値の創造を生み出す工夫を強化してきた。

2013年には、その戦略やユニークな価値の提供、独自のバリューチェーンなどが評価され、伊藤園はハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授に由来する「ポーター賞」を受賞した。この賞はCSVではなく、競争戦略に関するものだったが、その授賞は、ポーター教授が提唱するCSVの概念を社内で明確化するきっかけとなった。

共有価値の創造は、伊藤園が従来から目指してきたことだった。しかし、笹谷氏によれば、CSVの緻密な理論体系を意識し、「これはCSVだ」と考えながら行動することが重要で、このようなリーディングの概念を取り入れて学び、スキームを応用していくことに意義がある。

「その一方で、CSVはCSRの7つの中核主題を、必ずしも網羅的にカバーしている訳ではありません。また、CSVは国際標準ではなく経営関係の概念ですから、CSVとCSRの両者は補完関係にあり、両方が必要となるのです」

ティーテイスター活動(お茶セミナー)の様子。2014年5月現在、伊藤園のティーテイスターは1664名。全国で地域に根付いた茶文化の普及活動を行っている。

「三方よし」に近い概念のCSV

企業を「売り手」、関係者を「買い手」、社会・環境を「世間」と考えると、CSVは日本の近江商人の経営哲学である「三方よし」(売り手よし、買い手よし、世間よし)に近い概念だと、笹谷氏は指摘する。他方、CSVでは、それを実現する方法として、(1)製品・市場の見直し、(2)バリューチェーンの見直し、(3)産業集積(クラスター)形成の3類型が示されている。さらに、競争戦略面から理論体系が整えられているほか、発信を重視している点で「三方よし」とは異なる。

日本で「三方よし」と共に心得とされてきた「陰徳善事」は、人知れず社会をうるおすことで、「分かる人には分かる」という意味に理解されている。「これは日本人の美徳とされてきましたが、グローバル化の時代には、日本企業も的確な発信が求められます。このため、発信面で『三方よし』を修正する必要があるのです」

CSVの観点から伊藤園の事業を見ると、まず産業集積の例では、茶産地育成事業が挙げられる。茶産地では農家と伊藤園だけでなく、関係試験機関や資材メーカーなどの集積が見られる。そして、バリューチェーンのCSVには、トレーサビリティが該当する。「どこでお茶を調達、製造し、どのように売ったかをトレースでき、何かあった場合には遡ることができます。これが製品の安全性や安心性を高め、価値を上げるのです」。また、茶殻を農家の堆肥・飼料への活用に加え、付加価値のある紙・ボードなどの日用品の製造を行う「茶殻リサイクルシステム」もCSVである。

製品・市場の見直しでは、特定保健用食品の「カテキン茶シリーズ」の例が挙げられる。カテキンには血中コレステロールや体脂肪の低下作用、がん予防など様々な効能がある。伊藤園ではこれを研究して「カテキン緑茶」などに製品化し、顧客に新たな価値を提供してきた。パッケージに新俳句を掲載する「お〜いお茶新俳句大賞」も25年継続し、「昨年は『環境省選定ESD自由俳句』の掲載媒体としても協力できたことは大きな意義がある」とした。

そして笹谷氏によれば、CSVで最も重要となるのは、パートナーとの協働のストーリーだ。伊藤園では、生産農家や製造委託企業、消費者、地域コミュニティ、自治体のようなパートナーとの、お茶にまつわる様々なストーリーを生み出し、関係者との連携調整力を活かして地域にとっても良い構造を作ろうとしてきた。

桜をデザインした「お〜いお茶」。消費者に“季節感”を伝え、商品パッケージを通した一つのCSV である。

その代表例は、茶産地育成事業だ。この事業には契約栽培(1970年代に開始)と新産地事業(2001年に開始)の2つがある。新産地事業では、耕作放棄地などを利用した大規模な茶園造成事業で、茶園の造成と茶葉の生産では地元の市町村や事業者に主体となってもらう。そして伊藤園が技術やノウハウを提供し、生産された茶葉はすべて買い取る。

茶葉の全量買い上げによって農家の経営が安定し、農業技術指導を通じて農家に技術力が付く。地域では耕作放棄地が減少し、雇用が創出され、伊藤園は安定的、高品質な原料調達ができる。このようにして、「三方よし」が成り立つ。

茶産地育成事業は、パートナーとのお茶にまつわる様々なストーリーを生み出す。

CSRやCSVを担うのは社員であることから、社員にそれらを理解してもらうための教育も必要だ。ここでは、ESD(持続可能な開発のための教育)の手法が重要な役割を果たす。「世のため、人のため、自分のため、そして子孫のためということを考え、持続可能性を意識した理解力を高めるのがESDの目標です。ESDはまた、対話によるやり取りや実践力を重視する教育でもあり、『発信型三方よし』に必要な人材を育てるのに適しています」

伊藤園は2013年6月に、「ESD推進基本方針」を定めたほか、昨年11月に開催された「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」で文部科学省主催の併催イベントに出願・承認されて伊藤園の企画で有識者を招いたシンポジウムを開催し、自社のESD活動について内外に発信している。

伊藤園は世界初の缶入り緑茶を発売してから三〇周年を迎える。これを記念して、「おーいお茶 緑茶」と「おーいお茶 濃い茶」が日本の象徴、〝桜”をデザインした春期特別限定パッケージで一月下旬から新登場している。「『おーいお茶専用茶葉』の使用量を増やし、さらに香りの高い味わいの商品です。パッケージで日本の象徴や季節感を表現する『発信強化』で、伊藤園の持ち味の『和』を活かして豊かな消費生活にも寄与するCSVです」との説明があった。

“トリプルS”による経営戦略を

笹谷氏によれば、ポーター教授のCSVにおけるvalueは利潤を指し、やや狭い意味となっている。しかし、「日本のvalueは幅広く、例えば、茶産地育成事業で地域社会を作る、雇用創出、環境に負荷を与えないようにするといった多様な価値も含まれます。このため、私はvalueを複数として考え、CSVsと捉えています」笹谷氏はまた、「企業の社会的責任」と訳されるCSR(Corporate Social Responsibility)についても、「企業の社会的責任」という狭いニュアンスの言葉よりも、責任(Responsibility)の部分を、社会に反応する能力である「社会対応力」として捉え直せば、より幅広く考えられると指摘する。その上で、「(1)CSRを国際標準ISO26000で固め社会対応力を付ける、(2)CSVの手法でウィン・ウィン関係を構築、複合的な共通価値(CSVs)を創造する、(3)ESDを用いてみんなで学び、教育CSRを推進する―というCSR、CSV、ESDを統合することが必要です、これをわたしは“トリプルS”と呼んで理論化しています」として、経営戦略を提唱する 。伊藤園創業以来、経営理念となってきた「お客様第一主義」の実践は、このCSR、CSV、ESDという経営戦略の3つの柱によって、さらに強化されている。

伊藤園が行っている「茶殻リサイクル」では、お茶入り畳やお茶入りボールペン、茶殻入り名刺など様々な製品が生み出されている。茶殻入り折り紙は、子供からお年寄りまで、多くの人に好評。

笹谷 秀光(ささや・ひでみつ)
伊藤園 常務執行役員 CSR推進部長

 

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