2015年7月号

環境会議

自然の力を生かしたライフスタイルの変革

古川 柳蔵(東北大学大学院環境科学研究科 准教授)

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90歳前後の方々はポジティブに話をされることが多く、笑顔が溢れ、心が豊かである。そして、戦前の暮らしに存在した心の豊かさを今の人々も求めている。

ライフスタイル変革の必要性

地球環境問題が社会に影響を与え始めて20年以上が経過した。

1992年のリオ・デ・ジャネイロ国連環境開発会議以降、地球環境問題への対策が活発化し、企業は個別商品やサービスが低環境負荷になるように開発を進めた。国や自治体は低環境負荷な商品を優先的に調達し、先進的な環境配慮型商品を積極的に使用している。生活者は暮らしの中でごみの分別、節電、無駄の削減に取り組んでいる。多くの利便性を手に入れた社会は、個々の商品・サービスの環境負荷を下げる努力はするものの、ライフスタイルを変えようとしない。そして、日本全体の環境負荷はそれほど大きく低減しないままである。従来の生活のまま、問題解決ができないかを探っているからである。

このように商品やサービスの部分最適化を目指した環境対策を積み上げる方法では、地球環境問題解決には不十分である。世界的には新興国の都市化が進み、地球環境負荷は増大傾向のままである。このまま都市型のライフスタイルの延長線上の暮らしが広まれば、2030年には確実に、日本は厳しい地球環境制約を受けることになる。エネルギーや資源が高価になり、食料を十分に確保できるのかという不安が拡大し、何をするにもコストが余計にかかり、無駄の削減、我慢の暮らし方が強いられる。

今、考え方の大きな転換が求められている。環境と経済の両立という考え方ではなく、有限な資源という地球環境制約を前提とした心豊かなライフスタイルを描き、全体最適の社会に向かうための将来像を探らなければならないのである。

心豊かな暮らしとは何か

制約の中の心豊かな暮らしとは何か、あらためて問い直さなければならない。これまで民俗学ではかつての民俗を分析し、自然環境と民俗との関係について明らかにしてきたが、制約と心豊かな暮らしの関係については焦点が当てられてこなかった。ところが、戦前の日本には限られた資源の中の暮らしが存在しており、現在、90歳前後(1920年生まれ前後)の方々は、制約の中の暮らしを体験している。彼らから制約の中の心豊かな暮らし方のヒントを学ぶことができれば、私たちの未来の環境制約下における心豊かなライフスタイルを描くことができるはずである。そこで、この数年、90歳前後の方々に戦前の暮らしをヒアリングする90歳ヒアリング手法を考案し、既に国内400件以上のヒアリングを実施してきた。この結果、制約の中で心豊かな暮らしを実現するために必要な要件が明らかになりつつある。また、筆者は現在の延長線上の未来を描くのではなく、将来の環境制約に基づき、戦前の暮らしに学び、未来を描く方法にバックキャストによるライフスタイルデザイン手法を考案した。この手法は、将来の環境制約条件(人口、エネルギー、資源、気候変動、水資源、食料、生物多様性に関する制約条件)を信頼のおける国のデータ等を用いて設定し、その条件のもと、どのような社会状況になるかを議論し、社会状況を想像する。その後、現在の暮らし方やイノベーションを見つめ直し、将来発生するだろう問題を見つける。そして、その問題を解決するための新しい心豊かなライフスタイルをデザインする手法である。既に4000件以上のライフスタイルを企業や自治体と共同でデザインし、社会受容性との関係について分析を行ってきている。

さらに必要なのは、デザインしたライフスタイルを実現するために必要な技術要素を抽出することである。ここで、“自然に学ぶ”という技術探索プロセスを入れる。自然は環境制約の中で完ぺきな循環を最も小さなエネルギーで駆動しているからである。例えば、サバンナ地帯のシロアリの巣は、外気温度が昼間は50℃、夜は0℃以下に下がることも珍しくない環境の中で、温度を一定に保つテクノロジーを持っている。このような優れた技術が自然の中に眠っているのである。最終的には、市場に導入するためにリ・デザインして普及促進方法を工夫することになる。

これまで見てきたように、自然と共生する戦前の暮らし方に学び、環境制約下における心豊かなライフスタイルをデザインし、必要技術要素を抽出する。そして、自然のテクノロジーに学び、リ・デザインすることで市場へ導入し、ライフスタイル・イノベーションを起こす一連のプロセスをネイチャーテクノロジー創出システムと呼ぶ。モノづくり日本会議のネイチャー・テクノロジー研究会では、本システムの具体的な手法研究を進めている。図1のように、理想的なライフスタイル(LS)をバックキャストで描き、続いて、そこへ到達するためにハードルを下げ第一歩が踏み出せるライフスタイル(ls1)を描き、依存型から自立型のライフスタイルへ移行し、心の豊かさを得るためのビジネス・政策を創出する手法研究である。この手法は、兵庫県豊岡市LSDプロジェクト(2013年~)や岩手県北上市LSD(2014年~)プロジェクトで用いられている。

90歳ヒアリングを小学生の夏休みの自由研究として実施している様子。子どもと一緒に行うと直接知恵の伝承が行われ、その親世代にも伝わる。

戦前の暮らし方に学ぶ心の豊かさの生み出し方

戦前の制約の中でどのようにして心豊かな暮らし方を実現してきたのだろうか。90歳ヒアリング調査によると、まず、心豊かな暮らし方の背景には、必ず制約が隠れていることがわかる。そして、暮らし方は自然環境に大きく依存していた。心の豊かさの生み出し方は、自然とのかかわり、分け合い、ものづくり、集い、役割、そして物質循環などの暮らしの要素が鍵を握る。現在の暮らし方を見つめ直すと、残念ながら、自然から遠ざかり、相当な心の豊かさを失いつつあることがわかる。

図1 ネイチャーテクノロジー創出システムの概念図

人が自然から離れ、便利な物が暮らしに導入され、利便性や快適性は得たものの、環境負荷を大きく与える結果となった。そして、その他の多様な心の豊かさが失われてしまった。ところが、幸いにも、筆者による研究によると、バックキャストで描いた2030年に求められる心豊かなライフスタイルに多く含まれる要素(物を大切にしている、自然環境が守られている、自然を感じられる、ものに愛着がわく、社会とのつながり、子供の教育、人のためになる、楽しみを人と共有する)は、戦後に失われつつある価値と同様のものであることが明らかとなった。時代は70年近く経過しても、制約下において人々が求める価値は類似しているというのである。したがって、失われつつある価値の中から失ってはならない価値を選択し、制約の中で心の豊かさを生み出す方法を戦前の暮らし方から学び、将来のライフスタイルの中にうまくリ・デザインすることができれば、将来の環境制約においても求める心の豊かさを得ることができるのである。

戦前の暮らし方に学び考案した自然資源を共同利用する新しい憩いの場「パークレット」。東北大学エコラボ前で実証試験中。

今、求められていること

ライフスタイル・イノベーションの第一歩は地方の自治体が鍵を握るだろう。2030年に人口制約を筆頭に様々な環境制約を強く受けるのが地方だからである。一方で、失いつつある価値を今でも保有しているのが地方でもある。そして、ライフスタイルは与えられるものではなく、住民が考案し、選択するものである。これらを鑑みると、自治体が心の豊かさが湧き出る泉を構築できるポテンシャルを持っているということになる。そのためには、自治体がバックキャスト思考を身につけ、その地域に失われつつある価値をしっかり知り、その原因を理解し、戦前の暮らし方に学ぶ必要がある。そして、このプロセスこそ、地域らしさを最も生み出す根源となる。その地域が持つ自然資源と人の心の豊かさが地域らしさを形作るからである。

また、自然から離れた現在の暮らし方を変え、自然とのかかわりを深めなければならない。自然に接することは、人々に自然に生かされているという謙虚な考え方を染み込ませ、物を大事にするという行動につながる。そして、物に愛着を持つという新たな心の豊かさを生み出すことができるのである。自然の物質循環の暮らしの中から知恵を使う心の豊かさや役割を持つという心の豊かさを得ることができる。それを継続することによって、自然が持つテクノロジーの凄さに気がつき、自然を益々利用することにつながるだろう。

また、自治体をバックアップするために、日本全体としては、制約を心の豊かさに変えるテクノロジーの開発や心の豊かさを提供するビジネス開発を進めなければならない。大企業の場合は、バックキャスト思考やライフスタイルデザインの必要性を内部浸透させ、現業とは異なるもう一つ別のライフスタイル提案型新事業の開発、ベンチャー企業には全く新しいビジネス開発が求められるのである。

古川 柳蔵(ふるかわ・りゅうぞう)
東北大学大学院環境科学研究科 准教授

 

『環境会議2015年春号』

『環境会議』『人間会議』は2000年に創刊以来、社会の課題に対して、幅広く問題意識を持つ方々と共に未来を考えています。

『環境会議』は「環境知性を暮らしと仕事に生かす」、『人間会議』は「哲学を生活に活かし、人間力を磨く」を理念とし、企業が信頼を得るために欠かせない経営・CSRの本質を環境と哲学の二つの視座からわかりやすくお届けします。(発売日:3月5日)
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