山口県の地域特性を分析 産業構造を転換、「脅威」を「機会」に

重化学工業のコンビナートが存在し、日本有数の工業県として知られる山口県。その強みは、地域資源を活かしつつ、産業構造の転換を図ることで築かれてきた。産業発展の歴史をひも解きながら、山口県の課題、成長の方向性を探る。

周南市のコンビナート。石油・化学など、多彩な基礎素材型産業が集積している

「わたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、とべる小鳥はわたしのように、地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、あの鳴るすずはわたしのようにたくさんのうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい」

今も広く愛される童謡詩人・金子みすゞ(1903~1929)が生まれたのは山口県長門市仙崎。

そして、高杉晋作や久坂玄瑞ら幕末維新の志士たちが、かの吉田松陰に学んだ松下村塾(1842~1892)は萩市であり、この街には今なお往時の面影が漂っている。

歴史と文化に彩られる山口県の北部(日本海側)から中部(山間部)へと目を移すと、カルスト台地で有名な秋吉台、特別天然記念物の秋芳洞(美祢市)をはじめとする独特の自然の景観が印象的である。

しかし、事業構想という観点から見て、山口県を何より特徴づけるのは、南部(瀬戸内海側)の重化学工業地帯である。山陽小野田、宇部、周南、岩国と続くこのエリアこそは、日本の高度経済成長期において、我が国の重化学工業の発展の中核の一つとして機能し、現代においても基礎素材型産業を中心に、製造業1事業所当たり出荷額は全国1位を占めるなど重要な役割を果たしているからである。

東京・大阪の経済圏からも遠いこの地域に、これほどの工業地帯が長きにわたって機能し得ている理由は何なのか? そこに、地方創生を推進する上で学ぶべきポイントが存在するように思われる。

地元企業による産業インフラの整備

日産コンツェルン創始者で、日産自動車創業者の鮎川義介、久原鉱業所(現・ジャパンエナジー)、及び日立製作所創業者の久原房之助、藤田組(現・DOWAホールディングス)、及び藤田観光・創業者の藤田伝三郎、白熱舎(現・東芝)の創業者・藤岡市助...。

明治期以降、数多の大実業家を生みだした山口県には、日本有数ないしは世界的な大企業へと発展しつつも、地元に根をおろし地域のインフラ整備に尽力した企業も少なくない。

とりわけ、宇部興産は、1897年の創業以来、本業に加えて、教育機関・港湾施設・ダム・上下水道など、長年にわたって山口県の社会資本整備の中核を担ってきたと言われる。

地元大企業のそうした尽力もあって、同県には、次のような強固な産業基盤が形成される。

  1. ・道路満足度調査(国交省実施):全国1位
  2. ・工業用水給水能力:1位(170万t/日)
  3. ・国際拠点港湾:2港(下関、徳山下松)
  4. ・重要港湾:4港(岩国、三田尻中関、宇部、小野田)
  5. ・山口宇部空港

 

また、工業地帯を支える人材供給源として、高校生で工業を学ぶ生徒の割合は、14.63%に達し、全国3位。

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