燕三条「社長ズ」のまちづくり

古くからのものづくりの街がいかにして再生を果たすか─その好例が燕三条にある。地域の社長が連携し、着地型観光に乗り出している。注目すべきは、そのユニークなつながりだ。

燕三条プライドから生まれたロゴマークをつけられる商品は厳正な審査を通過したものだけ。上越新幹線燕三条駅にショップとPRコーナーがある

「石を投げれば社長に当たる」といわれる三条市と燕市。三条は江戸時代から鍛冶と問屋の町、燕は銅器に始まり戦後は洋食器の町。いずれも家族経営、多くても従業員数十人までの零細企業がほとんど占めているため、とにかく社長が多い。近年、この両市が協働して着地型観光に乗り出した。そのプレイヤーは行政や受注業者ではなく、この社長たちだ。

隣同士で産業構造が似ていることから永遠のライバルである三条市と燕市が、連携を強めるきっかけとなったのは市町村合併。周辺市町村を新潟市、そして新潟県第二の都市長岡市に吸収され、新潟、長岡に挟まれてしまった。

「少子高齢化もあり、選ばれる自治体にならなくてはと三条市が検討を始めたところへ『燕三条プライドプロジェクト』が提案されたんです」と燕三条ブランド推進室山田隆雄室長は当時(08年)を語る。燕三条プライドプロジェクト(以降燕三条プライド)とは、燕三条の地域ブランドを確立するためのプロスペクト。燕三条デザイン研究会(会員68名、以降デザイン研)の当時の会長だった山井太スノーピーク社長(三条)と現会長玉川基行玉川堂社長(燕)の連名だった。両市はこれを施策に取り入れ、09年に燕三条地場産業振興センター(理事長は三条・燕市長が2年交代で就任、現在は国定勇人三条市長)に燕三条プライド事務局として燕三条ブランド推進室を設置する。

デザイン研はモノやソフトに関して研究、切磋琢磨と提言を行う場で会員のほとんどは社長か次期社長。燕三条プライドはデザイン研で練ってきたプランをミッションとして抜き出したかたちでもあるため、メンバーはほぼ重複し、手弁当で燕三条プライドの各プロジェクトを企画運営している。

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