「社会的価値」をマネタイズ アサヒグループのサステナ事業会社

アサヒグループが2022年に設立したサステナビリティ領域に特化した事業会社「アサヒユウアス」が、2022年度グッドデザイン賞を受賞した。会社立ち上げを主導したアサヒユウアスの古原徹氏は、元々は容器包装のスター研究員だ。「社会的価値」のマネタイズを目指す同社の取り組みを聞いた。

(文・矢島進二 日本デザイン振興会 常務理事)

 

古原 徹(アサヒユウアスたのしさユニットリーダー)

工学部機械系出身の古原徹氏は、就活時エントリーシートに「新しいパッケージでアサヒビール初のグッドデザイン賞をとります」と宣言し2009年に入社した。ビール業界を目指した理由から話を聞いた。

「パッケージは自動車や電子機器と違い、構成要素が単純なので大きなイノベーションは起こしづらいですが、それゆえに個人の裁量が大きく、歯車の1個ではなく自分がエンジンとなれる分野だと考えたからです。約12年間、容器包装の研究開発を続けました」

入社7年後の2016年、出向先のアサヒ飲料で同社初のグッドデザイン賞を「六条麦茶 江戸切子デザインボトル」で受賞し、約束と夢を果たす。そして2021年には「アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶」で再びグッドデザイン賞を受賞するとともに、品切れを起こす大ヒット商品を生み出した。

「新会社をつくり挑戦せよ」
事業部新設提案がまさかの展開に

こうした独自な経歴と実績を持つ古原氏が、次に興味を持ったのがソーシャルビジネスだ。「結婚し子供ができた際に、この先もパッケージの研究開発を続けるかを自問しました。モノが売れるほどゴミが増えることも気になり、ゴミを出さない仕組みをつくれないか。売れれば売れるほど社会が良くなる新事業はないかと。また、東京オリンピックの開催が決まり、当社はオフィシャルスポンサーになったのですが、ビールの需要は増えるがゴミも増えてしまう。オリンピックは人を行動変容させる契機になると考え、“使い捨てしないコップ”をつくりたいと思い、2017年から開発を始めました」

古原氏は研究者の立場でありながら、事業開発も約3年行い、サステナビリティは事業としても育っていく実感を持つに至る。またアサヒビールはサステナブル活動をしっかりと実践しているが、消費者の目に届いていないことも気になっていた。

この領域を定着させるためには専門の事業部が必要だと考え、2021年4月に本社経営層へ相談。ところがアサヒグループホールディングスのCEOが「だったら新会社をつくり挑戦しなさい」と急転回。「事業部新設提案が、発展して新会社になったのです。かなり驚きましたが、とても嬉しかったです」と笑いながら経緯を話す。

そして、8か月後の2022年1月にアサヒグループの日本事業を統括するアサヒグループジャパンの子会社としてアサヒユウアスが発足。本社のサステナビリティ部門の分離でなく、独立した事業会社として立ち上がった。社名は「YOU」と「US」に由来しており、共創によって課題を解決するという意味が込められている。

日本の大手企業では前例がない社会課題の本質にアプローチするための会社で、定款の一番目は「地域課題解決」、二番目は「循環型社会形成」を掲げる。社会的価値をマネタイズするという意欲的な試みだ。

世界初のエコタンブラーと
サステナブルクラフトビール

現在のメイン商品はエコタンブラーとサステナブルクラフトビールだ。「当初は丈夫なプラスチックコップのリユースを考えましたが、石油由来原料の削減も同時に成し遂げるため、バイオマス由来原料の可能性を探りました。そこでパナソニックが開発したセルロースファイバー成形材料と出会い、これを原料にした世界初のエコタンブラー『森のタンブラー』が2019年に生まれました」

様々な素材で商品化した「森のタンブラー」シリーズ

その後、国産のヒノキ間伐材を使った「森タンHINOKI」と、ビールモルトの副産物を使った「森タンMUGI」も開発。古原氏の研究成果を活かし、どれも注ぐだけでキメ細かい極上泡ができ、ガラスよりも冷たさが長持ちする機能を持たせているのも特徴だ。

さらに、飲み終わったら“消える容器”があってもいいと考え、愛知県の丸繁製菓をパートナーに、ジャガイモのでん粉を原料にした食べられる「もぐカップ」も商品化する。

子どもたち向けのワークショップも実施。タンブラーの素材からサステナブルの意義を伝える

フードロスも昨今話題だが、廃棄される食べ物をクラフトビールに活用する事業も展開。その契機は、三陽商会のサステナブルファッションブランド「ECOALF」の責任者と出会い、エシカルな商品開発ができないかと話したことからだ。不要になったコーヒーカスを使った服をヒントに、同じように捨てられてしまうコーヒー豆でビールがつくれないかとひらめき、知人の台東区蔵前にある焙煎所に聞くと、売り物にできないコーヒー豆がかなりの量あることを知り、3者で共同開発したのが「蔵前BLACK」だ。

廃棄されるコーヒー豆をアップサイクルしたオリジナルクラフトビール「蔵前BLACK」

さらに、焙煎所の近所にあるサンドイッチ店がパンの耳の処分に困っていることからうまれたのが「蔵前WHITE」だ。これらはアップサイクルでもあり、地域の福祉作業所に通う障害者も原料加工に携わっているローカルSDGsの取り組みでもある。

「繋がり」の増加が売上に繋がる

古原氏は、サステナビリティ事業を独立した会社で行う利点は2つあると言う。「一番目はやはり判断のスピードで、二番目は意思決定の思考がシンプルになったこと。従来はサステナブルな事業であっても、売上規模や本業に対する意味合いが欠かせませんでしたが、当社は地域課題解決自体が事業目的なので、容易に取り組めます。これは会社をつくらないとできなかったことです」

またアサヒグループの中の利点も感じると言う。「別会社となったことで、かえって営業との連携機会が増えました。例えば各地の営業からSDGs関連の企画に声がかかったり、営業ルートではアプローチできなかった行政との関係性が構築でき、逆に営業に繋げられるようになりました」

「アサヒビールでは自社内で完結させる文化があり、それが強みでもありましたが、今では“共創”が大事だとグループ全体でも言っていますし、“競争相手とも共創する”と現経営者が発言するなど状況は変わりました。ですがまだまだシェア争いに代表される“競争”思考が業界に根強くあります。アサヒユウアスは、その変革の先陣を切っていきたい。きっと10年後は共創が普通になっているはずです」

最後に今後について尋ねると「3年目での黒字化が目標ですが、単なる売上ではなく『繋がりを増やすこと』を大切にします。自分たちが繋げた相手同士が勝手に繋がって共創を始めるような状況が理想です。当社はあくまで最初の起点でよく、いい波が生まれたらそれが一番。会社の財務上の評価にはならないかもしれませんが、働いていく上で、それを目指すことはとても楽しいことですし、社員のウェルビーイングにもつながると思います。多くの企業が追従して欲しいです。私は普通のサラリーマンですが、アサヒユウアスはある意味、未来のための自分の分身だと思い活動しています」と古原氏は朗らかに語った。