リスクをとれる風土づくりが不可欠 再生医療を輸出産業に

事業構想大学院大学は7月から、日本の再生医療のあり方を検討する研究会を開催し、研究成果を世論へ発信していく。研究会の開催に先立ち、参議院議員で医師の古川俊治氏に、日本の再生医療のあるべき姿や、現状の課題・問題意識、研究会への期待を中心に話を聞いた。

古川 俊治(参議院議員)

細胞が分化・増殖する力を利用して、けがや病気を治そうとする試みが再生医療だ。例えば、重症のやけどの治療のため患者自身の表皮を培養して移植する「自家培養表皮シート」は健康保険制度の下で治療に使われている。

日本の再生医療の現状

さらに新しいタイプの治療法が、現在、再生医療の産業化の原動力として注目されている。その流れを理解するために、古川氏はこれまでの再生医療研究の過去を振り返った。

2000年代初頭、先述の表皮シートのような、患者の組織にごく微量に含まれる幹細胞を使った治療の開発と並行して、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)を用いた治療法の研究が始まった。不妊治療で使われず、廃棄が決まったヒト受精胚からつくるES細胞は、あらゆる臓器・組織に分化・増殖する能力を持つ。ただしヒト受精胚に由来することから、米国ではキリスト教保守派の反対にあって研究費の使用に制限がかかったり、日本でも研究での使用にあたって厳しい倫理的な審査が課されたりした過去がある。

そんな中で、2006年に京都大学の山中伸弥教授(現京都大学iPS細胞研究所名誉所長)が人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立法を発見、分化した細胞を巻き戻して幹細胞を作ることに成功した。iPS細胞は、患者自身の細胞から作れるため拒絶反応が起こらず、かつ様々な細胞に分化でき、無限に近い形で増殖させられると期待された。iPS細胞を再生医療に活用できれば、日本発の基礎研究成果を人類の医療に役立てられる、という点からも多くの注目を集めた。ただし、iPS細胞は腫瘍化の可能性があり、安全性の観点から急性期医療では使用しづらいという懸念があった。

そこで構築されたのが、日本人向けのiPS細胞バンクだ。輸血の際には血液型が同じ血液を輸血するように、免疫の型(ヒト白血球型抗原;HLA)に合わせて治療用のiPS細胞を揃えておけば、免疫拒絶反応を心配することなく急性期医療にも対応できる。その後の研究の進展により、誰に移植しても拒絶反応が少ないユニバーサルiPS細胞を作れる可能性が見えてきた。

「現在は、治療に適した性質を持つiPS細胞と免疫抑制剤を組み合わせることで、国内だけでなく世界中の患者に使うことができるiPS細胞治療の実用化に向けた研究が進んでいます」と古川氏は現状を説明する。

幹細胞を用いた治療法開発は国際的な競争が激しい。米国では既に2010年に、ES細胞を用いた細胞製剤が初めて人に投与され、以降様々な疾患の治療に向けた開発が進んでいる。ES細胞はiPS細胞より増殖効率が高いため、大量生産には適しているといえる。国内では2014年から、iPS細胞を用いた患者の治療が始まっており、iPS細胞でも治療用としての使いやすさを出せるような研究が実施されている。

ヒトiPS細胞(写真)をはじめ、様々な幹細胞の力を使った再生医療の実用化が待たれている(出典:理化学研究所)

再生医療の普及、産業化へのカギは?

国は「2030年に世界最先端のバイオエコノミーを実現する」ことを全体目標に掲げた「バイオ戦略2020」の中の市場領域の1つとして「バイオ医薬・再生医療・細胞治療・遺伝子治療関連産業」を挙げている。古川氏は「エネルギーを輸入しなければならない日本においては、簡単に製造を国外に移転できない輸出産業を育てていくことが重要。中でも再生医療は、市場ニーズが世界共通であるため、ビッグプレーヤーになる可能性を秘めています」と日本をけん引する産業として再生医療産業への期待を語る。

一方、再生医療の研究開発において今後、解決しなければならない課題として古川氏は「移植した細胞が、しっかりと組織、臓器としての機能を果たすこと」をまず挙げる。「現状では、細胞移植で症状が改善する臨床例の大半はパラクライン効果(移植した細胞が分泌する因子が周囲の組織によい影響を与えること)によるもの。体外で培養した細胞が移植した先で真の機能再生を果たし、そのメカニズムが証明できればそのインパクトは大きい」と語る。そしてその先には、臓器移植医療を代替することができる三次元的な組織の再現や、臓器の再現なども視野に入ってくる。

また現在は、先述のとおりすぐに治療に使えるようにするためにiPS細胞と免疫抑制剤を組み合わせる手法の開発が進められているが、「やはり、患者自身の細胞から作れるために免疫抑制剤を使わなくて良いというiPS細胞の最大の強みを生かしたい」と、古川氏は将来の再生医療への期待も語った。

山中氏は2025年までに、希望する人に自身の細胞から作ったiPS細胞(my iPS)を100万円程度、自身の細胞から作ったiPS細胞由来の分化細胞を数百万円程度で提供するという目標を打ち出している。古川氏は「これが実現できれば、再生医療の事業化が見え、普及を後押しすることになるでしょう」と語る。加えて、iPS細胞を使った再生医療を普及させるために必要な「細胞の大量生産(培養)、製剤化、輸送に関する基盤技術の開発も欠かせない」と述べる。

さらに、再生医療の普及に立ちはだかるのが、医療費の問題だ。これについて古川氏は「通常の国民医療保険と、特に高価な治療をカバーするための民間の医療保険の2階建ての仕組みが必要ではないか」と見ており、その方向に向けた議論が始まっていることにも触れた。

失敗しても繰り返し挑戦できる
スタートアップの土壌をつくる

国内では再生医療分野におけるベンチャー企業が数多く誕生しているが、事業化までには数多くの試行錯誤を乗り越えなければならない。古川氏は「例えば米国において、がんのCAR-T細胞療法が何度も山谷を乗り越えながら実用化できたのは、リスクを負ってでもサポートしようとする風土があったから。日本においても再生医療に参入する企業を育てていくためには、失敗しても繰り返し挑戦できる土壌を作らなければなりません」と指摘する。

国は、グローバルなイノベーションエコシステムのアジアのハブとなる研究イノベーション拠点「グローバル・スタートアップ・キャンパス」を東京に創設する構想を打ち出している。古川氏は「海外の投資を日本のテックベンチャーに誘導する上でも重要。また、そのプロセスを間近で見ることで日本の投資家が目利き力を身に着けられることが重要です」と述べる。

古川氏は7月から事業構想大学院大学で始まる研究会についても委員としてかかわる予定で「研究を通して近未来と長期的な視野から再生医療を事業化、普及させていくための提言を出すことができれば」と抱負を語った。

 

古川 俊治(ふるかわ・としはる)
参議院議員