『東急100年 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ』
明治大正期に日本で登場した「私鉄」。国鉄の補完的役割を担う私鉄は、観光地や十分都市化していない土地へ線路を敷くことがミッションだった。非都市化エリアに線路を敷設しても採算は取れないため、同時に沿線を宅地開発し、さらに都市部ターミナル駅には百貨店などの商業施設やオフィスを開発するという「鉄道+開発」のビジネスモデルを私鉄各社は創業以来展開してきた。このモデルは高度経済成長や都市部への人口流入を背景に大きな成功を収めたが、21世紀に入ると郊外部の人口減少や少子高齢化、ハードの老朽化が課題になり、現役世代の都心回帰も加速、私鉄各社はビジネスモデルの転換を迫られるようになった。
この課題にいち早く取り組んできたのが、2022年に設立100周年を迎えた東急だ。自治体と連携した郊外住宅地再生や、二子玉川など開発の手が入ってこなかった都心と郊外の中間エリアの開発、渋谷への大規模投資による集客強化などにより沿線全体を活性化している。
しかし、近年の急速なデジタルテクノロジーの進化やパンデミックの発生によって、私鉄はさらなる改革を迫られている。とくにコロナ禍の発生によるオフィス、商業、エンタメ施設などへの大打撃によって、ビジネスモデルの抜本的な見直しは避けられない。
東急の「ビジネスモデル3.0」
こうした状況のなかで東急が現在どのような事業変革に取り組んでいるのか、次の100年に向けてどのような構想を描いているのかを解説したのが本書だ。著者の東浦亮典氏は、都市開発部門の戦略策定責任者などを歴任し、現在は常務執行役員沿線生活創造事業部長を務める。2018年に執筆した『私鉄3.0』では、デジタルテクノロジーの積極導入による沿線全体の付加価値化と東急グループ全体での連携による沿線経営効率化など、新たな私鉄経営の在り方を「ビジネスモデル3.0」として提言した。
1章では東急の100年の歴史を振り返り、2章では2年半のコロナ禍による現場及び事業への影響や、危機に対して経営がどう立ち向かったかを詳細にまとめている。3章では「自立分散のまちづくりの8か条」をテーマに、次世代型まちづくりにおける教育・子育てや環境・エネルギーなどの要素について解説。
4章以降では東急の本拠地である渋谷の再開発や鉄道延伸の影響、東急沿線での新たなまちづくりについて紹介し、最後の7章ではビジネスモデル3.0に向けた東急のチャレンジを披露している。具体的には、リアルとデジタルを融合した「City as a Service構想」やDX戦略、東急独自のスマートシティ戦略などだ。
日本を代表する鉄道会社の戦略と構想がまとめられた本書は、異分野の経営者や新規事業担当者にも数多くのヒントを与えてくれるだろう。
『東急100年 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ』
- 東浦 亮典 著
- 本体1,500円+税
- ワニブックス
- 2022年12月
今月の注目の3冊
モビリティX
シリコンバレーで見えた
2030年の自動車産業
- 木村 将之、 森 俊彦、下田 裕和 著
- 日経BP
- 本体1,800円+税
自動車産業は、コネクテッドカーの登場に代表されるデジタルトランスフォーメーション(DX)と、脱炭素に向けたサステナビリティートランスフォーメーション(SX)という2つの潮流の只中にある。本書は、DXとSXによって引き起こされる自動車産業の変革を「モビリティX」と定義し、その未来像を分析している。
著者の3名は公認会計士、大手電機メーカーモビリティ事業担当者、経済産業省官僚としてそれぞれシリコンバレーで活動し、現地で有志組織「シリコンバレーD-Lab」を2016年に立ち上げ、現地の情報発信を行ってきた。
本書では、産業を跨いだDXによって自動車メーカーのビジネスモデルを変革させたテスラや、モビリティXの有望なプレーヤーであるAmazonの戦略を詳細に分析、さらに日本企業がモビリティX時代を勝ち抜くための戦略などが示されている。
武器としての
エネルギー地政学
- 岩瀬 昇 著
- ビジネス社
- 本体1,600円+税
ロシアのウクライナ侵攻によって巻き起こっているエネルギー危機。光熱費やガソリン代の高騰などで、私達は今までになくエネルギー問題を意識するようになった。各国は再生可能エネルギーの導入を急ぐが、脱石油の実現は並大抵のことではない。
あらゆるビジネスに影響を及ぼすエネルギー問題について真剣に向き合いたいのならば、ぜひ本書を手にとることをお勧めしたい。著者の岩瀬昇氏は、三井物産で延べ21年間にわたる海外勤務を含め一貫してエネルギー関連業務に従事してきた、第一線のエネルギーアナリストだ。
ウクライナ侵攻によって激変したエネルギー地政学と、環境先進国とされるヨーロッパの理想と現実、世界最大の産油国になったアメリカや中国、中東産油国などの戦略を分析したうえで、日本がとるべきエネルギー戦略について論考している。
公民連携パークマネジメント
人を集め都市の価値を高める仕組み
- 鈴木 文彦 著
- 学芸出版社
- 本体2,700円+税
都市公園は、その機能・役割の多様化が進む一方で、自治体財政が逼迫による老朽化が社会問題になっている。そこで注目されているのが民間の創意工夫を公園経営に導入する仕組みだ。
大和総研主任研究員の鈴木文彦氏による本書は、都市公園に関する経営戦略と公民連携手法を解説したもの。特に自治体、民間、住民の“三方良し”、つまり行政予算の節約とビジネスの活況およびエリアの魅力向上を実現するための手法に重点を置いている。
具体的には、“稼ぐ”公園経営を実現するための戦略を解説したのち、単一の施設づくりから公園全体のプロデュースまで15の公民連携事例を挙げて解説。そして三方良しの公民連携手法のメカニズムを深掘りし、公園を軸としたこれからのまちづくりの姿を明示する。自治体、民間問わず、まちづくりに関わる人におすすめしたい一冊だ。