人材は資源から資本に 『企業価値創造を実現する人的資本経営』

日本でも情報開示が義務化へ

人的資本経営とは、人材を「資源」ではなく「資本」と捉え、人的資本に最適な投資を行うことで最適なリターンを生み出す経営のことを指す。人材、つまり個人の知識や技能は消費するものではなく投資対象であり、社員一人ひとりの活性化や活力化を通じて本人の能力を最大に引き出すことが、企業価値向上に繋がるという考え方だ。

人的資本経営がこれほど脚光を浴びている背景には、主要国のGDPの中で、無形資産が無視できないほどの比率を占めるようになってきた事実がある。無形資産はソフトウェア等の情報化資産、研究開発やデザインなどの革新的資産、人材や組織などの経済的競争力から構成される。米国や欧州諸国では、無形資産への投資額はGDP比で10%を超えている。

2018年12月には国際標準化機構が「ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)」を制定。世界各国で人的資本開示を義務化する政策が検討されており、日本政府も早ければ2023年3月期の有価証券報告書から企業に人的資本情報の開示を義務付ける方針だ。対象企業は約4000社だが、今後、より多くの企業に可視化と開示が求められるだろう。

本書は、日本企業にまだ馴染みの薄い人的資本経営について、取り組みが求められる背景やその実践方法を詳細に解説したもの。著者の吉田寿氏は組織人事コンサルティング会社のHRガバナンス・リーダーズで500件以上のプロジェクトを担当、共著者の岩本隆氏は戦略コンサルティングファームのドリームインキュベータを経て現在は山形大学で産学連携教授を務める。

人的資本経営の実践方法

1~2章では人的資本経営の世界動向と日本企業における課題や、ISO30414対応の重要性を解説している。3~4章では、ISOに対応するためのデータ活用と人的資本経営のためのHRテクノロジー実装について説明する。5章では味の素やエーザイなど日本企業10社の先進的な人的資本経営を分析。そして6章では人的資本経営の実践と持続的組織体制の整備方法を解説する。

著者は、今後日本企業が標準装備すべきものとして、組織と個人の志を共有する「パーパス経営」の実践、個々の違いを認めつつ個の力を組織に結集させてイノベーションを創発する「ダイバーシティ」への取り組み、環境変化や状況変化に即応するための「リスキリング(学び直し)」、これらの成果をステークホルダーに適時適切に開示していくための「ナラティブ(物語)」の力を挙げる。

人的資本経営は開示義務化への対応に求められるだけでなく、企業の生産性を高め、イノベーションを起こすためにも重要な取り組みである。本書はその実践に向けた貴重なガイドブックと言える。

 

『企業価値創造を実現する
人的資本経営』

  1. 吉田 寿、岩本 隆 著
  2. 本体2,000円+税
  3. 日経BP
  4. 2022年11月
  5. Amazonから購入

今月の注目の3冊

東日本大震災とグッドデザイン賞
2011-2021

  1. 日本デザイン振興会 監修、編集
  2. フリックスタジオ
  3. 本体3,000円+税
  4. Amazonから購入

 

2011年の東日本大震災以降、公益財団法人日本デザイン振興会は、グッドデザイン賞等を通して、さまざまな方法で復興のためのデザインへの支援を行ってきた。

本書は「復興と新しい生活のためのデザイン」をテーマに、2011年から2021年までの11年間の東北6県および茨城県の受賞デザインに焦点を当て、特に特別賞を受賞するなど高い評価を得たデザインや各県の特徴ある産業を中心に、受賞者や受賞デザイナーに取材を実施している。

「手仕事をつなぐ」「創造的ものづくり」「地域価値の再発見」「建築」「コミュニティデザイン」「記憶の継承」という6つの視点から、72本の記事を掲載した。

震災後の課題と復興にデザインがどう応えてきたか、自然災害大国の日本と地域にとってデザインの価値とは何か、本書は現場のリアルな視点からデザインの力を教えてくれる。

 

因果推論の科学

「なぜ?」の問いにどう答えるか

  1. ジューディア・パール 著、松尾 豊 解説
  2. 文藝春秋
  3. 本体3,400円+税
  4. Amazonから購入

 

この治療は病気を防ぐのにどの程度有効か。売上が上がったのは新税法と広告キャンペーンのどちらのおかげなのか。こうした因果関係に関する問いに、つい最近までの科学は、明確に答えを用意することができなかった。そんな状況が人工知能(AI)の進化によって変わろうとしている。

本書は、コンピュータ界のノーベル賞にあたるチューリング賞の受賞経験を持つ著者が、AIの進化と、「因果推論」という新しい科学の現在地について解説したものだ。

著者が本書で訴えているのは、AIとデータ主義には限界があり、「データは基本的に何も教えてくれない」という事実だ。ビッグデータから因果関係を読み取り、ビジネスの解決策を生み出そうとしているビジネスパーソンや、データ分析、マーケティング、意思決定に携わる人は目から鱗が落ちること必至。

 

すべては1人から始まる

人と組織が動き出す「ソース原理」の力

  1. トム・ニクソン 著
  2. 英治出版
  3. 本体2,500円+税
  4. Amazonから購入

 

ソース原理とは、人がビジョンを実現しようとするプロセスを捉える原理原則のことで、多数の起業家や経営者への研究を通じて生み出された理論だ。

「ソース」は「アイデアを実現するためにリスクを負って最初の一歩を踏み出した個人」のことを指し、組織等に必ず1人しかいないとされる。ソースが最初の1歩を踏み出すことで創造の場が生まれ、人々が集まり、さまざまな役割を担いながらビジョンの実現に向けた組織的なイニシアチブ(創造活動)が始まるとされる。

本書は、起業家のトム・ニクソンが自社やクライアント向けにソース原理を実践した経験をもとに、イニシアチブの立ち上げから、組織づくり、採用、事業承継などの具体的な実践方法を示した一冊である。

最新のイノベーションの教科書として、事業構想家に是非おすすめしたい。