『理念経営2.0』 企業理念の作り方と使い方

企業理念を巡る要請と課題

ESG投資の拡大や人的資本経営に関する投資家の関心の高まり、リモートワーク等の自律的な働き方の普及に伴う従業員の意識変化、複雑化する事業課題に対応するための他組織との連携・共創の重要性の増大などを背景に、経営者にはさまざまな場面で「企業理念」が要請されるようになった。企業の存在価値をステークホルダーに明確に発信して事業推進に挑む「パーパス経営」に経営者たちの注目が集まるになったのも、このような背景があるからだろう。

こうした中で、これからの時代に必要な新しい理念経営のあり方=理念経営2.0を提唱しているのが本書だ。

著者の佐宗邦威氏はイリノイ工科大学デザイン研究科修了後、P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当し、その後ソニーで全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わった。そして戦略デザインファームのBIOTOPEを起業、ナショナルクライアントを中心に、イノベーションおよびブランディングの支援を行ってきた。

さまざまな企業の理念デザインにも関わってきた経験を持つ佐宗氏は、企業理念に関わる課題は、①そもそも企業理念が存在しないこと、②企業理念が生きていないこと、の2つに大別されるという。つまり、企業理念の「作り方」がわからなかったり、理念を組織文化や行動原理、戦略などに落とし込むための「使い方」が描けない経営者が多いのだ。

理念経営2.0とは

この課題解決のために本書では、組織の目指す未来を描く「ビジョン」、組織の共通の価値観「バリュー」、組織の中心軸となる社会的意義「ミッション/パーパス」、理念を自分ごとへと語り直す「ナラティブ」、会社に埋蔵された原点を掘り起こす「ヒストリー」、理念を体現する文化「カルチャー」という6つの経営資源と、理念を育てるための生態系「エコシステム」に着目し、企業理念の新しい作り方と使い方を提案している。

例えば第6章「カルチャー」では、そもそも企業文化とは何か、企業文化をどのように可視化するか、理想の企業文化をどのように醸成するかなどを丁寧に解説した上で、国内外の先進的な企業事例や、具体的なワークの方法も提供している。

著者は、「理念経営1.0が創業者や組織の『答え=正解』を示すものだったのだとすれば、理念経営2.0の核心は『問い』にある」と指摘する。そして、優れた企業理念は、会社のすべてのステークホルダー、とりわけ社員に対する問いとして機能し、社員の主体的な語りや探求を生み出すという。

これからの経営者に求められる「問いの仕組み」のデザインの重要性と方法論を解説した本書は、ぜひ多くの経営者に手にとってほしい一冊だ。

 

『理念経営2.0
会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ』

  1. 佐宗 邦威 著
  2. 本体2,200円+税
  3. ダイヤモンド社
  4. 2023年5月

 

今月の注目の3冊

牧瀬流 まちづくり
すぐに使える成功への秘訣

  1. 牧瀬 稔 著
  2. 経済調査会
  3. 本体3,000 円+税

 

「シヴィック・プライド」「公民連携」「議員のリスキリング」「マイクロツーリズム」。これらの言葉を耳にしたことがあるまちづくり担当者は多いだろう。それでも、実際のまちづくりに生かすことができている担当者は少ないのではないだろうか。

本書は「明日から活用できるまちづくりの実践的な視点」で貫かれたガイドブックで、読者が多様なコンセプトを「使える」ように導いてくれる。著者は事業構想大学大学院特任教授で、自治体行政学が専門。これまで、自治体の審議会委員や、政策アドバイザーとして数々の現場に参与してきた経験をもつ。

まちづくりに関する先行事例は、暗黙知のまま理論化されずに外部からアクセスしづらい。この状況を踏まえると、「現場を知る理論家」である著者が暗黙知を形式知化した本書の意味は大きいと言えるだろう。

 

編集者の返信術

  1. 宣伝会議編集部 編集
  2. 宣伝会議
  3. 本体1,800円+税

 

仕事において「返信」は基本中の基本だ。「件名の記載を忘れない」といったメールの作法は研修で学ぶことだが、本書で扱われるのはこうしたハウツーではない。狭義の返信を超えたコミュニケーションとしての「返信」だ。

本書は、こうした「返信」が仕事の質を左右する編集者たちのインタビューで構成される。「執筆者からの信頼を得るために8万字のゲラをすぐに読んで感想を送った」「8万字弱の本を作るのに、100万字くらいどうでもいい話をしていた」など、各編集者が過去の失敗談や日頃の取り組みを具体的に語るため、読み手にイメージを喚起して説得力を高めている。

日々の業務に忙殺され、仕事の本質たるコミュニケーションがおざなりになっていないだろうか。本書を通じて自らのコミュニケーションを相対化する機会を作ることは、近道に通ずる寄り道かもしれない。

 

3つのステップで成功させる
データビジネス

  1. EYストラテジー・アンド・コンサルティング 著
  2. 翔泳社
  3. 本体1,900 円+税

 

経営や新規事業開発にデータ活用が不可欠なことは、あらゆる企業が認識しているだろうが、データそのものはお金を産まないことや、データはすぐ陳腐化し模倣されてしまうことなどがネックになり、利益率の高いデータビジネスを創出するにはさまざまな困難が伴うのも事実だ。

数々のデータビジネス立ち上げを支援してきたEYストラテジー・アンド・コンサルティングによる本書は、「アイデア出し」「事業化」「マネタイズ」の3ステップでデータを活用した新規事業開発の手法を解説している。

さらに、ビジネスアイデアの価値の検証方法や、ビジネスモデル開発に必要な要素、スケールのためのアプローチなどを詳細に分析し、主要9業界におけるデータビジネスの可能性についても指摘している。

新規事業開発担当者に多くの知恵と勇気を与えてくれる一冊。