社会実装テーマに4年目の議論がスタート 産学政官でエコシステムを検討

iPS細胞由来の再生医療等製品が国内で初めて条件及び期限付承認され、実用化が現実味を帯びてきた2026年。だが製造コストの高さや免疫拒絶、品質管理など課題は多い。ゲノム編集やAI・ロボットを駆使してハードルを越える研究の最前線を、産学政官の専門家が議論した。

左から、再生医療で描く日本の未来研究会スーパーバイザーの丸川珠代衆議院議員と、同研究会常任委員の古川俊治参議院議員

ゲノム編集技術を用いて
iPS細胞治療実用化のハードルを越える

冒頭では、参議院議員の古川俊治氏が「高市政権の17戦略投資分野のうち『合成生物学・バイオ』『創薬・先端医療』は再生医療が関連しています。日本の勝ち筋の第一といえるこの分野について、産学政官が一堂にそろう研究会の議論を通じて、新しいイノベーションエコシステムの誕生に貢献していきたい」と今年度の目標を説明した。

発表ではまず京都大学iPS細胞研究所(CiRA)教授の堀田秋津氏が、遺伝子工学、特にゲノム編集技術のiPS細胞研究への適用について展望を話した。日本では2026年3月、iPS細胞由来2製品が条件及び期限付承認されたところ。しかし現状では、iPS細胞製剤には「細胞製造のコストが高くロット間にばらつきがある」「治療効果が限定的」「適応範囲が狭い」といった課題がある。そして、これらを解決するために、「細胞をデザインする」アプローチを堀田氏らはとっている。

堀田秋津 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)教授

その具体的な方法としては、遺伝子改変による細胞の高機能化と免疫拒絶の低減がある。後者について堀田氏は、ヒト白血球抗原(HLA)遺伝子をゲノム編集して免疫反応を回避する手法により、95%以上の日本人で拒絶反応が抑えられる可能性があると話す。

次に東京科学大学生命理工学院教授の相澤康則氏が「次世代iPSC(iPS細胞)治療法の実現に資するヒトゲノム構築基盤技術」のテーマで発表。臨床応用を阻む生物学的障壁として「腫瘍形成性」「ゲノム不安定性」「免疫拒絶」「分化誘導の困難さ」を、産業化を阻む製造・品質障壁として「細胞機能の成熟」「スケールアップ」「ロット間差異」を挙げた。そしてこれらの課題に対しては「ゲノム改変によってiPS細胞自体のポテンシャル、機能を根本的に変え、これらの課題に対応する『ゲノムファースト戦略』で対峙している」と述べた。

相澤康則 東京科学大学生命理工学院 教授

相澤氏が共同代表を務めるLogomix社は、「改変の多様性と一括多重改変」「高効率性」「迅速性」を備えたヒトゲノム改変基盤技術を有している。そして、これを利用してゲノムを改変したiPS細胞のライブラリを構築した。様々なゲノム改変による細胞機能の変化を評価し、そのデータを集めて次のiPS細胞の設計に活かすサイクルを回すことを実践している。

iPS細胞の製造と品質保証
自動化を後押しする米国の制度

総合討論冒頭で、京都大学iPS細胞研究財団 研究開発センターの松永亜佑美氏が同財団が取り組む自家iPS細胞(my iPSⓇ)の現状について説明。my iPSは、手作業の場合、1回の製造で数千万円のコストがかかるのが大きな課題だ。これを解決すべく、自動製造技術を用いてコストを100万円まで抑制することを目標に研究開発を進めており、臨床応用も進んでいる現状を紹介した。

RealizeEdge Partners代表取締役社長で本研究会常任委員の志鷹義嗣氏がファシリテーターを務め「iPS細胞の品質管理・安全性確保」「研究開発・製造のデジタル化・AI化」「細胞医療におけるAI活用」の3つのテーマで総合討論を進めた。

志鷹義嗣 RealizeEdge Partners代表取締役社長、再生医療で描く日本の未来研究会常任委員

1つ目の「iPS細胞の品質管理・安全性確保」では、International Society for Stem Cell Research(ISSCR)理事長の岡野栄之氏が「myiPS細胞を製造しているのは日本だけ。その強みを生かし世界に先駆けて安全性基準をつくっていくべき」と訴えた。国立医薬品食品衛生研究所副所長の佐藤陽治氏は基準の方向性について「共通要素についてはモジュール化して評価できるようにしておき、差分のところを集中的に見るという、昨今の一患者用(n-of-1)遺伝子治療で議論されている考え方が適用できるだろう」と話した。また京都大学iPS細胞研究所副所長・教授の髙島康弘氏は「1細胞由来のクローンであること自体は、最終製品の同等性を保証しない」と指摘した。

2つ目の「研究開発・製造のデジタル化・AI化」では志鷹氏が「自動化によって収集されるデータを次の開発に生かさなければならない。一方で、デジタルデータ化によって得られたデータが製品の承認時に使用できないリスクがある」と懸念を表明した。米国では、自動化を含む製造技術の承認と、医薬品・医療機器の承認を分離し、新しい製造技術を企業が利用できるようにする先進製造技術(AMT)指定プログラムが導入されている。

2025年12月、実際に米国・FDAからAMT指定を受けたセラファ・バイオサイエンス代表取締役社長 CEOの山口秀人氏は「技術を持って申請をすると、CMC(Chemistry, Manufacturing and Control)に関して優先審査を受けられる」などのメリットを挙げる。これに対し佐藤氏は「効率的に製造できるかもしれないが、すべての製品の有効性、安全性に結びつくとは限らない。優遇する場合にはそこをどう説明できるかが課題」と応じた。

AIで高速化される
細胞の機能向上

3つ目の「細胞医療におけるAI活用」に関する議論では、相澤氏がAIの効用について「例えば、たんぱく質をコードする遺伝子は全部で約2万個あるが、複数の遺伝子の改変による相乗効果を探索する場合、その組み合わせは指数関数的に増えていく。実験ではカバーできない部分をAIに一度予測させ、それを踏まえてゲノム改変し、答え合わせをするという繰り返しで、遺伝子ネットワークを理解できる」と述べた。

また慶應義塾大学医学部教授の中村雅也氏は「iPS細胞を分化誘導するプロセスとその結果のデータは各領域の先生方がすでに保有しています。それをプラットフォーム化すれば、開発に挑戦しようとする企業には貴重な細胞の供給源になるのでは」と期待する。

ファシリテーターの志鷹氏は、「iPS細胞を用いた再生医療は実用化が目前に迫っているところです。科学的なハードル、技術的な要件でないところで日本が出遅れないよう、このメンバーでしっかり考えていく必要があると思います」と議論を締めくくった。

2026年度の、「再生医療で描く日本の未来研究会」は、「社会実装」を主眼に据え、デジタルデータ・AIを共通テーマとして議論を深める予定だ。