デジタル化はコストでなく未来への投資、行政DX成功の8原則
コロナ禍で顕になった行政DXの必要性。『デジタル敗戦』と揶揄されることもある状況を打破する鍵はどこにあるのか。内閣官房と経済産業省でCIOを務め、行政DXの推進に取り組む平本氏は、中長期視点に立った「マインドセットの変更」と「脱自前主義」が重要と説く。
技術変化の速度に合わせ
制度策定もスピードアップを
現在、世界各国の政府はデジタル・ガバメントへの転換を目指し、行政のデジタル・トランスフォーメーション(DX)を進めている。
一方、わが国では2001年に打ち出された『e-Japan戦略』にて、「5年以内に世界最先端のIT国家になる」ことが掲げられた。
具体的には「2003年までに、国が提供する実質的にすべての行政手続きをインターネット経由で可能とする」という目標が示されたが、この20年間、行政のデジタル化はなかなか進まなかった。
しかし近年、民間企業の間でBPR(業務改善)が経営課題として認識されるようになったことで、「行政もDXに真剣に取り組まなければ、世界のデジタル化の潮流から取り残されるという危機的な状況となりました」と政府CIO上席補佐官・平本健二氏は話す。
行政DXの目的は、単に紙をデジタルに置き換えることではない。BPRを進めつつ、デジタル技術を前提とした政策手法の改革や行政サービスの質の向上を進めることにあると平本氏は強調する。
新型コロナウイルスの感染拡大によって図らずも急速なデジタル化が進み、ソーシャルディスタンスを保つための手段として、ビデオ会議やオンライン診療といった遠隔コミュニケーションサービスの利用が一気に拡大した。また、センサーで身体の動きや心拍数などのデータを取得できるウェアラブルデバイスや、デジタル教材の利用によって得られる学習履歴の可視化なども普及している。個々の健康状態や学習状況を常時把握できるようになったため、「今後は定期検診や定期テストといった『定期○○』が不要になる」との考えを示した。
テクノロジーが急速に進化を遂げる中、AIが人間の知能を超え、自己進化していく状態に至る転換点『シンギュラリティ(技術的特異点)』が2045年に到来する――。そんな脅威論も聞かれるが、平本氏はDXを今までの技術進歩の延長線で考えることはできないと指摘する。
「情報通信・エネルギー・ロボットなどの技術進歩がジャンプアップしていき、2050年を迎える頃には世界は全く新しい様相となっているでしょう。そのように考えると、3か月単位で起こる技術変化に合わせ、法制度も柔軟に変化し続けなければなりません。法律や条例で決めることと、運用規則やガイドなどで決めることを切り分けて考えていく必要があります」
電子国家・エストニアに見る
データ標準化の必要性
日本でデジタル・ガバメントを実現するにあたり、参考事例となるのが世界有数の『電子国家』として知られるエストニアだ。1991年に旧ソ連から独立後、行政システムの電子化へと大きく舵を切り、今では行政手続の99%がオンラインで完結する。エストニアでは、『X-Road』と呼ばれるデータ連携基盤を活用し、医療や警察、学校といったさまざまな公共機関のデータを連携すると同時に、民間企業にもオープンにすることで、次々とイノベーティブなサービスが生み出されているという。日本でも官民連携でDXを進めることで、たとえば、施設料金の支払いなどのキャッシュレス化が進み、サービス向上や効率化、事故の防止が実現できるほか、データ分析によって事前に混雑度を予測することも可能になると平本氏は説明する。
「ともすればX-Roadなどのツールに注目が集まりがちですが、エストニアがデジタル・ガバメントを実現した裏には、20年かけて地道にデータクレンジング(データベースにあるデータの不備や誤記を修正し、最適化する作業)をしてきた背景があります。日本では新たなツールを開発することよりも、いまだ紙のままのデータを標準化・共通化したり、既存データをクレンジングするといった環境整備が先決と言えます」
脱・自前主義で
自治体DXを推進
コロナ禍で顕在化した国全体のデジタル化の遅れは『デジタル敗戦』と評されることもあるが、挽回のカギはマインドセットを変えることにあると平本氏は説く。
表 自治体DX 行動プラン
自治体DX推進会議事務局(経済産業省DXオフィス)が掲げる「自治体DX行動プラン」。DXに取り組むための組織のマインドセットが確認できる
「日本の行政は、失敗を恐れるあまり、過剰なセキュリティ対策を実施したり、過度に確認を重ねて職員のやる気を削ぐことが多く、その結果、組織が萎縮してしまいました。そうした状況から脱却するには、失敗を恐れない思想が何よりも重要です」
現場で試行錯誤しながら取り組んでいき、失敗したら改善する。こうした流れをつくるうえで欠かせないのがチーム力だ。モチベーションを高められる仕組みをつくり、多様な人材を確保するとともに、失敗も含めた知識や経験を共有したり、自分を高めてくれる相談相手を得られるよう、民間も含めたコミュニティづくりを進めることも肝要だ。
そのうえで平本氏は、自前主義からも脱却すべきだと力を込める。
「国の役割は仕様やルールの整備にあり、ツールは市場の中からよいものを選べばいいと思います。ただし、最先端のツールを追い求めるには、データやインタフェースを標準化し、アプリケーションの乗り換えを容易にしておくことが欠かせません。すでに民間のベンダーからさまざまな製品が開発されていますので、必要に応じてシステムの構成要素を組み合わせるビルディングブロック方式によって、ニーズに合ったものを無駄なく迅速につくることができます」
さらに平本氏は、デジタル化の予算はコストではなく投資と考えることが大切だとも話す。コストと捉えると必要なものまで削ってしまう恐れがあるが、投資と捉えればバリューを考えて適正に取り入れることができる。
「技術開発は可変的なムービング・ターゲットである以上、DXには常に20年先、30年先を展望しながら取り組む必要があります。手段であったIT化が目的化しないためにも、各自治体は中長期的な時間軸で目標達成までのロードマップを作ることが欠かせません。高齢者が生きがいを持って暮らせる、自然と共生できるなど、『わがまちのバリュー』を定め、それらの実現にとって必要な業務改革や体制を考えたり、ルールを見直していただきたいと思います」
- 平本 健二(ひらもと・けんじ)
- 内閣官房 政府CIO上席補佐官
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