管理職・経営層だからこそ知りたい 広報・コミュニケーションの理論

広報プロフェッショナルを養成する社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科。今回は、実務家が広報・コミュニケーションの「理論」に立ち返ることにはどのような意味があるのかや、管理職や経営層に期待されていることについて掘り下げる。

キャリアを積んでから学ぶ意義

コミュニケーション戦略を専門とする国内唯一の専門職大学院「社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科」の社会人院生は、日々「コミュニケーションの本質」を捉えるための学びに取り組んでいる。厚生労働省の「職業能力評価基準」でも示されるように、広報やコミュニケーションの専門性はOJTを通じて身につけられることがほとんどだ。そうだとすると「学問として広報を学んだ広報担当者」は必ずしも多くないといえるが、日々目の前の仕事に追われる実務家が「理論」に立ち返ることにはどのような意味があるのだろうか。またどのようなポジションの方がそうした「体系的な」学びに取り組む必要があるのだろうか。今回は本研究科の修了生の事例をご紹介する。

PR会社やホテル業界で広報担当者として活躍してきた信田恵理子さんは、キャリアを積み新入社員に広報を教える立場になったとき、「これまで体系的に広報の理論を学んだことがない」ことに気づき、入学を決意した。大学院で教員とともに「これまでに培ってきた実務の常識」を徹底的に疑うなかで、さまざまな気づきがあったといい、次のように話している。

「社会人経験のなかで凝り固まってしまった自分の考え方を先生方にすごく突っ込まれるんですよね。こういう本を読むといいとかこういう考えもあるとかアドバイスも貰って、これまでのキャリアをいろいろな角度から見つめ直すきっかけになりました。ある程度キャリアを積んでいくと、だんだん教えてくれる人がいなくなってきてしまうんですよね。まわりも『信田さんの言うことが正しい』みたいな雰囲気になってしまうなかで、いろいろな視点を得られたのはすごく大きかったです」。

「理論」なき広報の危険性

信田さんはとりわけ、実務家の依って立つ「理論」の重要性を強調する。信田さんが大学院で取り組んだ研究は、国内では2000年前後に議論が盛んに行われた「送り手のメディア・リテラシー」に関するものである。日々メディア・リレーションズの構築や情報発信に取り組むPR・広報担当者は、ある意味でマスメディアと同等の倫理観や規範意識を持つべきではないかと考えたことが研究の端緒となったという。このように、長きにわたって学術領域で蓄積されてきた理論を手がかりにすることは、従来の発想を大きく転換することにもつながるのだ。

図  なぜ「理論」に立ち返り「体系的な」学びを得ることが有効なのか?

また、「広報」や「パブリック・リレーションズ」といった概念はしばしば、組織ごと、場合によっては従業員ごとに考え方の異なる概念であるといわれる。信田さんもまた「パブリック・リレーションズ(広報)とカタカナの『ピーアール』(宣伝)が同じ意味の言葉だと捉えられている」ことに危機感を抱いており、自身の経験として「こうした基礎的な概念についての知識を得たことで、仕事への向き合い方や普段の考え方も変わった」と語る。さらに話は、管理職や経営者が理論的な学びに取り組まないことの危険性にも及んだ。

「広報・コミュニケーションに関する理論はプレイヤーとして働く人たちなら絶対に知っておくべきですが、それ以上に管理職や経営層がそうした知識を持つべきだと思います。広報とはそもそもなんなのか、メディア・リテラシーとはどのような概念なのかといったことに理解がないと、コミュニケーション担当者の仕事そのものに対しても理解を得ることができないからです。例えば、『広告を出せば直接売り上げにつながる』とか、『情報発信さえすれば自社のことを知ってもらえる』といった誤解を持っている経営層は非常に多いです。そうするとどうしても『売上や認知拡大につながらないのはコミュニケーション部門が至らないからだ』といった結論に陥りがちですが、情報の伝わり方に関する理論が分かっていればそれを補助線に戦略を立てることもできるはずです。また、メディア・リテラシーの知識があれば倫理的に許されない広報活動を行うリスクも減らせるでしょう。理論を学ぶことは管理職や経営層自身の視野を広げることにもつながると思います」。

大学院で「学び直す」選択

では、こうした事柄を学ぶために大学院に進学することの意義はどのような点にあるのだろうか。信田さんは「いろいろな業界・年代の社会人がいて、バックグラウンドもバラバラで、いろんな考えを持っている人たちと出会えた」ことを大きなメリットとして挙げる。本学のボリュームゾーンは30代半ば~40代半ばのプレイヤー層だが、もちろんそれ以上の年代、職位では広報部長や経営層クラスの方も多く在籍・修了している。立場や年齢、業界を超えて「広報・コミュニケーションの本質を捉える」というひとつの目標を目指すことができる場は、国内ではいまのところ本学だけであるといえる。また、学びと実務を両立するためにそれまで以上に自らのスケジュール管理を徹底し、結果として働き方が改善された事例も多くの院生から耳にするところだ。

そして本学のように「専門職大学院」に分類される教育機関のメリットのひとつは、研究者教員と実務家教員の双方から指導が受けられることにある。これにより、理論と実践を往還・融合しながら自らの実務を改善していくための視点を実践的に身につけることができるのだ。

さらに、本学が2020年度からすべての授業で導入しているハイフレックス型授業(対面授業のオンライン同時配信)は、地理的な制約なしに多様な広報人材が学び合う環境を実現した。信田さんは次のように述懐する。「はじめはちょっと疑っていたんですね。せっかく大学院に行くのに同級生とコミュニケーション取れるのかなとか。でも始めてみたらオンライン授業のスムーズさに驚きました。ほかの社会人院生とのつながりも得られましたし、授業の録画データも見直すことができ、いいことの方が多かったかなと思います」。

なお本学では、4月から新しく広報・コミュニケーション業務の担当者・管理職になった方を対象として9月入学の制度を整備している。広報・コミュニケーションを経営機能と捉え、そうした情報のターミナルを起点とした組織づくり・経営改善を実現するため、ぜひ本学の門を叩いていただければと思う。

 

橋本 純次(はしもと・じゅんじ)
社会構想大学院大学 専攻長・准教授

 

社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科
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