桃源の杜 循環型農業の事業構想で故郷の地域課題解決に貢献

JA全中や市役所、畜産農協、商社などでキャリアを積んだのち、故郷の秋田県大館市で2023年1月に農業事業体「桃源の杜」を設立した北林諭氏。地域課題である耕作放棄地の利活用や循環型農業の確立を目指す事業構想の実践と、大学院の研究から得た気づきについて聞いた。

北林 諭 桃源の杜CEO
事業構想修士(東京校9期生/2022年度終了)

地区の全耕作放棄地を
草地活用することが目標

桃源の杜が拠点を置く秋田県の大館市(旧田代町)。北林氏はここで耕作放棄地を草地に転換し、馬と牧草を育てて販売する農業を営んでいる。地区の耕作放棄地は、農地全体の9割を超える。今も次々と放棄地所有者から活用を依頼されているという。「私が住む地区の農地はほぼ全てが耕作放棄地です。5年後には50ヘクタールの耕作放棄地を草地にすることが目標」だと話す。

桃源の杜で耕作放棄地を改良した草地

掲げているのは「草と生きる事業」という言葉。これについて「難しいことではなく普通のこと」だと北林氏は考えている。雑草でもなんでも、無農薬の健康な草を放牧の牛馬が食べ、その排泄物から健康な堆肥ができて、それを草地に戻してまた健康な草を育てる(図)。利益は繁殖させた子馬と牛馬が食べる草、そして堆肥の販売から得られるという。

図 桃源の杜のビジネスモデル

「耕作放棄地の利用は無償です。放牧する馬は冬を越すためにある程度脂肪を付けることが必要で、そのための飼料としてクズ大豆やクズ米を地域の生産者から購入していますが、コストは1頭あたり2万円/年を超えないように抑えています」

妻が里子を養育するファミリーハウスを運営しており、その子どもたちも、秋田犬の散歩、薪運び、ローラーの土落としなどを手伝っている。北林氏の胸にあるのは、彼らがいつでも帰ってきて眠れる場所、そして働ける場所を作りたいという思いだ。

「社名の『桃源』は桃源郷から取りました。誰からも支配されず、自分で自由な世界を作っていくという意味です。杜は、神聖な領域というイメージで使用しています。ロゴは、事業構想大学院大学の同期生にデザインしてもらいました。馬、人、草という漢字が組み込まれたロゴは、商標登録を終え、今後はこれを販売する子馬、堆肥、草、そして農具にも使用していきます」

事業構想として思い描いたことは、日本の「農」と「地域」の活性化と食料自給率のアップであり、最終的には日本が「水と空気の流れが最高に良い」持続可能な国になることを目指している。水や空気は滞ると腐ってしまうもの。「流れることが大切で、その環境をつくるためにこの事業をやっています」と北林氏は言う。

事業構想研究から見出した
人生の軸となるビジョン

事業構想大学院大学に入学したきっかけは、初代学長の野田一夫氏との出会いだ。

「野田先生からは、志とは何か、を教えていただきました。起業することはとても大変なことです。信用も実績もないところから始めなければいけませんから。困難にぶつかるのは当然で、それでもくじけない根性があり、自分や家族の人生を充実させながら、周りの人々を活気づけ、同時に広範な社会的影響力を発揮できる、それが志だと学びました」

当初は事業としてヘルスケア領域を考えていたが、野田氏から教えられた志に改めて思いを馳せると、耕作放棄地の利活用へと気持ちが動いていったという。

「野田先生は同時に、事業の大小にかかわらず、起業者は人間的魅力がなければ事を成すことができないと強く言われました。今でも、その魅力を磨くことをずっと考えています」

そして、事業とは何かを突き詰めて得た答えは「人の生き方そのもの」だった。厳しい現実の中では自分の人生に対するビジョンを持つことが不可欠であり、それは事業に対するビジョンを描くことと同じだ。人はともすれば右や左に流されるが、「自分のビジョンをしっかり持っていればぶれません。給料のために働くことを生きるためだから仕方ないと言い、会社が悪い、社会が悪い、政治が悪いと愚痴を言っている間に、時間はあっという間に過ぎていく。私もそういう時期があったので、それを改めたいと思ったんです」

目先の現実を見ている間に時間はどんどん過ぎていき、世界は目まぐるしく変化して、自分は置き去りにされていく。そう感じたときに「このまま人生を終わりたくない」と思い、自ら事業を起こす決意になった。

起業家としての理念
循環の輪に沿った農業の事業化を

大学院の研究から学んだフィールドワークは、起業を目指す過程でも活かされた。大阪府堺市の豆腐店、安心堂白雪姫の代表である橋本太七氏の「一隅を照らす商いをする。お客様のために店はある」、青森県中泊町の青海建設の社長である平山弘幸氏の「建設会社がつぶれたら鉄くずが残るだけ。手間をかけて耕した農地は、次世代へ繋ぐことができる」といった言葉はフィールドワークを通して得られた金言だ。

「運送や酪農を営む有限会社サトーの佐藤幸生氏はトラクターが趣味で、自分のビジネス以外に全国からトラクター修理を、修理部品の原価のみで請け負っておられます。この方の印象的な言葉は、地域で生きるためには、植物、動物、機械の知識が人並みにあって、かつ、そのうち一つはスペシャリストでなければならない、ということでした」

これら人物のすごさは、最高のパフォーマンスをするためにいろいろなことを心がけて自分の状態を整えていることだという。

「彼らはみな、自分の価値に気付いていますし、人が価値があると気付いてくれているものを提供しているんです」

現在、起業家となった北林氏は事業見学を受け入れており、ツアー客から感想を寄せられることがある。その中でも印象的だったのは「歴史に残るような功績を残せなくても、健康なものを食べて体の中で有用菌を増やし、それを自然の中に流す、それだけで功績を残していると言える」という一文だった。

「私は、土から生まれる草木にみな生かされている、と考えています。草地をつくりながら感じるのは、草木、獣、虫、人がそれぞれ役割を果たし、感謝で繋がっていること。例えば農薬など人間に害があるものが撒かれたら、そこに虫が集まって毒を消すために一生懸命働いてくれます。すべての存在が循環の輪で生かされている。私はその循環の中にある農業事業に挑戦していきたいと考えています」