発・着・想のつくり方と伝え方 佐藤可士和のフィロソフィー

ユニクロ・楽天・セブン-イレブン・今治タオル。日常的に目にするこれらのブランドは、佐藤可士和氏がクリエイティブディレクターを務め、躍進を遂げてきた。特徴的なのは、デザイン、ロゴにとどまらず、事業そのものが社会に大きな影響を与えている点だ。同氏の哲学に迫った。

聞き手:事業構想大学院大学学長・田中里沙

 

佐藤 可士和(クリエイティブディレクター)

事業はひとつのメディアである

田中 可士和さんは多種多様な企業に事業のアイデアを提示されています。新たな事業を構想していくには、その企業の経営資源の生かし方を考え、見極めていくと思うのですが、発想・着想の視点、アイデアを形にするプロセスはどんな風に進むのでしょうか。

佐藤 事業はコミュニケーションのひとつのメディアだと捉えています。全ての活動をコミュニケーションとして捉えており、企業やブランドの本質を掴んで、それをピカピカに磨いて社会に提示することです。本質は言い換えれば「強み」となるので、イコール経営資源といってもよいかもしれません。事業を作ろうと思ってブランディングしているわけではないのですが、結果的にそうなっていることはたくさんあります。

例えば、ユニクロのUTプロジェクトは、柳井正社長の「Tシャツをなんとかしたい」という言葉から始まりました。UT以前は、グラフィックTを展開していましたが、ブランド構築の視点から見ると戦略的ではありませんでした。そこで、まずはTシャツだけではユニクロにとってのアイコンにならない、名前を考えなければと思い、記号化して「UT」とネーミングしました。Tシャツはキャンバスで、アーティストだけでなく全てのコンテンツがのっていくメディアであり、かつ商品で、しかもブランドを運営する上でのプラットフォームシステムをつくる構想を立てました。この取り組みを表現するにはショップがほしい。どこがよいか?という話になり、当時ユニクロの聖地であった原宿店を丸ごとUTストアに変える提案をしました。売り方は、飲料の販売方法に着想を得ました。飲料は、ラベルを変えて味を表現しますが、その構造を応用して、「未来のTシャツコンビニエンスストア」というコンセプトでボトル型のパッケージを何百種類も作って販売し、大ヒットしました。

ユニクロが展開する「UT」。飲料の販売方法に着想を得て「未来のTシャツコンビニエンスストア」というコンセプトでボトル型パッケージにして販売。

ポイントは、特別なデザインと1500円という価格でした。特別なTシャツを高額で売るところは沢山ありますが、もの凄い規模で安く、全世界で売ることはユニクロにしかできない強みであり、それこそが経営資源と考えたのです。

UTブランドを立ち上げる前に、実は前身がありました。ユニクロがニューヨークに出店する際に、当時、「From Tokyo to the world」と銘打ちながら、ローンチキャンペーンを行っていたので、それを体現するコンテンツとして「ジャパニーズポップカルチャープロジェクト」をオープンに合わせて展開したいと柳井さんに提案しました。壁面には、ART、マンガ、グラフィックデザイン、写真など日本のポップカルチャーが満載のインパクトのあるTシャツが並び、大きく報道されました。

田中 なぜ、そこまで振り切れたのですか?

佐藤 柳井さんから、「Tシャツは、服の一番の原型で、これだけ売って商売が成り立つのであれば、それが理想」と伺い、経営者の信念に触れて確信が持てました。その後は、UTを見た多彩なクリエイターがコラボレーションをしてくれました。カルチャーを表現するメディアはUTしかない。チノパンやカーディガンでは日本のカルチャーは表現が難しい。だから、一番尖らせてやったほうがよいと考えました。

デザインの果たす役割は、
テクノロジーにも及ぶ

田中 事業構想は、プロジェクトデザイン(Project Design)と英訳しているのですが、可士和さんはどのようなイメージを持たれますか。

佐藤 プロジェクトデザインと言われると結構しっくりきます。楽天の三木谷浩史社長には社内にデザイン組織を立ち上げたほうがよいと提案して「楽天デザインラボ」を設立しました。広告等を制作するプロセスを通じて得たデザインのナレッジが社内に貯まらないまま通り過ぎていくのを見ていてもったいないなと思ったんです。「デザイン室」ではなく「ラボ」とネーミングしたのには理由があり、「室」では事業の下請けのようになってしまう懸念がありました。「ラボ」にすることで、積極的かつ実験的に楽天のために何をしたらいいか、提案が生まれます。現在開催中の佐藤可士和展では、楽天デザインラボ、楽天技術研究所とコラボレーションして今まで取り組んできたことを凝縮して表現しています。

「佐藤可士和展」でのUT展示。実際に販売もしており、次々に観覧者が買い求めていた。

今回のアピールポイントは、テクノロジーブランディングです。顧客にとって最初のタッチポイントになる楽天市場や楽天カード、楽天モバイルはとても親しみやすく、システムも利用者が低コストで享受できるように設計されているのですが、あれだけの巨大なシステムを安定的に運営するために、バックエンドでは当然凄いテクノロジーでシステムが動いています。例えば、楽天モバイルは、エンドツーエンドのネットワークをクラウド上で稼働させる完全仮想化を世界で初めて実現することで、他社の何分の1という投資効率により、競争力のある価格でのサービス提供が可能となっています。しかし、そのテクノロジーの凄さがなかなか伝わっていないので、完全なUnlimited(無制限)のサイバースペースに入ったようなインタラクティブな世界を体感できるコンテンツをウェブデザイナーの中村勇吾さんにも監修に入ってもらい、楽天技術研究所、楽天デザインラボ、丹青社とコラボして作っています。

ブランドの本質をつかんで、
ピカピカに磨く

田中 ブランドの価値を見せる、感じてもらうコミュニケーションはとても有効で、大事なものだと思います。大学や研究機関に画期的な技術があっても、その価値の伝え方が見つけられず、事業化できずに悩んでいるところは結構あります。

佐藤 伝える力は、とても重要です。ブランドの本質を見極めて、それをピカピカに磨いて提示するのが僕の仕事です。

田中 ピカピカという表現は刺激的です。地域の仕事ではよく経営資源を見つけて磨きをかけましょうと話しますが、ともすれば資源を発掘して埃をはらうくらいに考えてしまっていたかもしれません。

佐藤 コンセプトを精査し、デザインを寸分の隙もないぐらいブラッシュアップすると、やはりブランドは凄く輝きます。三井物産のブランディングを依頼された時、まずは世界中の社員の方の名刺を集めてもらい、ロゴをスキャンしました。井桁に三のロゴが基準ですが、太さやバランスが世界中バラバラでどれが本物か分からない状態でした。ゼロベースで考えてもよいと言われたのですが、いろいろ考えた結果、三百年超のヘリテージ(遺産)とも言える「井桁に三」を使うことを選択しました。伝統に磨きをかけて現代化するのがよいだろうと考え、ブランドアイデンティティーをデザインしました。

企業も地域も、意外に磨くべきものは何か、強みは何か、自分達にはわからないものです。キリンビールの極生のプロジェクトを手がけた時は、キリンのあの聖獣こそが一番の財産だと思いました。当時、社内では聖獣をパッケージに入れると古臭く見えるという意見もありました。そこで新しさを感じるように1色にして堂々と大きくしたら、凄く新鮮に見えたんです。最終的な決断をするのは内部の方ですが、僕は外部からの視点も理解しながら、ニュートラルに判断する事が重要だと思っています。

常に自分を客観視する

田中 本質を磨く力を高めるために、普段から気を配っていることやルーティンのようなものはありますか。

佐藤 常に自分を客観視しています。ふだんは普通にぼんやりと生活してリラックスしている自分がいて、同時にそれを面白いな、つまらないな、不安だなと引っかかったら、なぜそう思うのだろうと分析するクリエイターとしての自分がいます。客観的に分析してみたら、こうだから、面白いんだ、つまらないんだ、不安になるんだ、と。それがわかれば充分です。意識して頑張って何かをするのではなく自然とそうしています。日常は、自由に直感に任せて、色々感じてみる。そして自分を幽体離脱するように見るというようなことはトレーニングによって誰にでもできると思います。

田中 「佐藤可士和展」に行った人たちは、可士和さんの手がけたロゴが街中に溢れていることにあらためて気づいたと話しています。

「佐藤可士和展」の展示風景。中に進むと巨大なロゴがある。全て見たことのある身近にあるものだ。

三井物産のロゴ。

キリンビールの極生。

セブン-イレブンのPB商品、晴れの日にも売れる折りたたみ傘。

「テッシュケースいらず」のティッシュ。

佐藤 日常で目に触れるブランドの仕事が結構あるからでしょうか。セブン-イレブンには、約4千のPB(プライベートブランド)商品があるのですが、コーヒーや傘のようにインパクトのあるものは積極的にコミュニケーションしています。例えばコンビニで傘を買う場合、今までは雨が降った時に慌ててビニール傘を買って、使ったら用済みでした。それをふだん使いしてもらえるようにと思いセブンプレミアムで折り畳み傘を商品化しました。すると晴れの日にも売れるようになりました。これは画期的でした。

ティッシュはNB(ナショナルブランド)の商品だと、売り場で目立たせるためにパッケージ自体が広告面のようになってしまいます。PBはその必要がないため、シンプルな黒い箱、白い箱にしました。セブンイレブンのロゴは、使用前に開けて取り除く部分にだけ入れています。同社の強みは自社商品の種類の多さと流通量です。その最大の強みをピカピカに磨いていくと、商品は引き算のデザインで成り立つということに気づきます。ティッシュであれば「ティッシュケースいらず」というコンセプトであり、通常のNBのパッケージデザインの考え方とは全く違うものになります。これは、傘やティッシュのデザインの話ではなく、PB商品をメディアにしたブランド戦略です。

コンセプトを猛烈に研ぎ澄ます

田中 事業構想大学院大学でもアイデアの開発法はジェームズ・ウェブ・ヤング※1やヨーゼフ・シュンペーター※2が言うように既存の要素の組み合わせでできるという話をするわけですが、可士和さんのアイデアのつくり方とは?

佐藤 その組み合わせによってだいぶ違うものになります。料理も何をどう使うかで出来上がりは相当違います。

田中 企画を提案する時、出来上がった時の姿は見えていますか。

佐藤 完全に見えています。完全に見 えているから提案しています。

田中 柳井さんや三木谷さんのようなスーパー経営者には、どのように完成のイメージを伝えるのですか。

佐藤 綿密に対話することが基本です。模型は見せられるけれども、模型で確認することとは違うことです。

田中 プロトタイプとは違うということですか。

佐藤 総合的なブランドの佇まいとでも言えばよいのでしょうか。優れた経営者は、はっきりと理想を描いていて先が見えていますので、自身の事業戦略にパシッと一致しているとOKとなります。

田中 大手企業の新事業などの場合、多くの人が関わるために異なる意見が出て、合意が難しいケースはありませんか。

佐藤 どう考えてもこちらの方がよい、というコンセプトを考えます。コンセプトが大事で、まずコンセプトをもの凄く研ぎ澄ませるし、しかもシンプルなものにします。それで説得するというよりも、「そりゃそうだよね、今までなんでそうしなかったんだろう」と思われるものにします。

コンセプトを理解したつもりでも、実行する上で予算やスケジュールなど目の前に立ちはだかる障害物をよけようとすると、つい道から逸れてしまうものです。僕の役割は、逸れそうになったときに「戻さないと目的地が変わってしまいますよ」とディレクションすることです。だからこそ皆が「腑に落ちること」が大切だと思っています。

今治タオルのブランディングをしたときに掲げたコンセプトは「安全・安心・高品質」でした。当事者からすれば当たり前なのですが、それぞれを猛烈に研ぎ澄まさなければいけないということを伝えました。当時、中国での食品の偽装事件が世間を騒がせました。日本で売られている商品にもいつの間にか海外製が増えいて、その一部が実はあんな風に作られていることがわかって衝撃を与え、信用を失ったわけです。食の世界で起きたことの構造を分析して、タオルの世界に置き換えてみたのです。

ブランディングの一番の近道は
唯一無二になること

田中 落合陽一さんが「佐藤可士和はジャンルである」、山口周さんが「佐藤可士和は意味をつくっている」と発言されていますね。

佐藤 意味をつくろうと思ってやっているわけではないですが、結果的に意味をつくることになっているのだと思います。ブランディングの一番の近道は唯一無二の存在になることです。要するに競合がなく、それ以外に替えようがない状態であれば絶対に勝ちます。敵がいない状態になることを目指しています。

田中 競合に勝つことを目指すのではなく、社会の一翼を担う、新たな意味を提案することになりますか。それは事業構想が目指す真髄でもあります。

佐藤 ある本で読みましたが、人間は新しい情報を本能的に欲しがっていて、新しい情報に触れるとドーパミンが出るらしいのです。なぜならそれは生存本能だと。原始時代は食べ物になる獲物がどこにいるかが最も大切な情報だったわけです。それが得られると脳が喜んで、安心したり、次のことを考えたりできるようになるそうです。ということは、前に見たり聞いたりしたなという情報だと価値がない。人は常にアップデート、更新をしたいという気持ちがあり、その側面から言えば新しいものでないと価値がないということになるのかなと思います。

田中 本質が人の心をとらえ、価値として共感される。可士和さんのブランディングの考えから多くのヒントをいただきました。


※1 米国の広告評議会の初代会長になった米・広告会社の幹部。代表的著書に『アイデアのつくり方』(1940)。
※2 企業者の行う不断のイノベーション(革新)が経済を変動させるという理論を構築した経済学者。

 

佐藤 可士和(さとう・かしわ)
クリエイティブディレクター