2021年1月号
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愛知発のテクノロジー企業

先端技術と天然酵素の組み合わせで 暮らしをより豊かに

天野 源之(天野エンザイム 代表取締役社長)

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配置売薬業として創業、1948年に酵素製造を始めた天野エンザイム。古来の麹菌利用をルーツとするバイオテクノロジーの優しさと、医薬から環境分野まで応用範囲が広い酵素に絞って価値創造を極める厳しさを併せ持ち、ニッチトップとしての強みを発揮する同社の経営について、天野社長に話を聞いた。

農家の副業としてスタートし
販売代理から製造販売へ転換

名古屋市中区の本社を中心に、国内に3つの工場と研究所、さらに海外5地域にも拠点を構えて、グローバルな経営を展開する天野エンザイム。

その歴史は、明治32年に九之坪村(現・北名古屋市)で天野圓之助氏が農業の傍らで始めた置き薬業に端を発している。創業から6年後に生まれた長男の源一氏は、幼少期から家業を手伝い、学校を卒業すると行商に汗を流すように。時代が昭和に移ると、薬の製造や町の青年団を通じての家庭への販売に力を注ぎ、一般薬の拡販を目論んで中国に進出した。戦後の接収で大きな痛手を被るが、1948年には天野製薬を立ち上げて医薬用酵素(麦芽ジアスターゼ)の生産を開始。これが120年の歴史における最初のターニングポイントだ。

1950年代製造のビオヂアスターゼのパンフレット

天野源一氏が遺した言葉を同社の精神として継承

「長く販売代理店の立場を続けていたものの、祖父・源一の中には『ものを作りたい』という願望があったようです。そこで、微生物からの酵素だけでなく豚の膵臓や十二指腸のような天然物からも原料を抽出して医薬用に販売することで業績を伸ばしていきました。1980年代前半には、アメリカ、ドイツに拠点を構え、グローバル化への足がかりをつけました」と、現社長の天野源之氏は同社の事業拡大の歩みを振り返る。

天野 源之(天野エンザイム株式会社 代表取締役社長)

ニッチ化で品質を高め
グローバル化で数も取る

そして1996年に第二のターニングポイントがやってきた。新薬承認の基準が厳しくなりつつあった当時、規模の小さな会社にとって、新薬開発はリスクが高すぎる夢となった。そこで、源一氏が遺した「無から有を創れ」という考え方にも通じる“World No.1 Speciality Enzyme Producer”なるスローガンを掲げ、酵素に絞って世界市場へ出る英断を下したのだ。

「新薬開発を望んでいた社員からは惜しむ声も上がりましたが、最終的にトップダウンで全社一丸になれたのはオーナー企業の強さかもしれません」

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