岩手県知事 東京一極集中に勝つ秘策「幸福度」の向上

東日本大震災から来年で10年。「希望郷」の実現をめざした復興は最終ステージにさしかかっている。新たな10年で設けたゴールは「幸福」。産業集積を進める一方で、東京にはない地方ならではの良さを磨き、「暮らし」と「経済発展」のバランスが取れた社会を目指す。

達増 拓也(岩手県知事)

――震災復興は進んでいますか。

岩手県にはまだ仮設住宅等で暮らしていらっしゃる方が4月30日時点で432人いらっしゃいます。こうした方々の多くは、震災前に住んでおられた場所に元通り家を建てることが難しいため、土地をかさ上げしたり、高台に移転したりしなければなりません。ようやく市街地の土地造成がほぼ完了して、住宅再建はいよいよゴールを迎えるところまできました。

また、今年度は岩手県の沿岸を南北に貫く「復興道路」の全線開通を予定しています。これによってこれまで不便だった岩手県沿岸の交通事情はかなり改善されると思います。

昨年は、「ラグビーワールドカップ2019日本大会」の釜石市で行われる試合に合わせて、陸前高田市に「東日本大震災津波伝承館~いわてTSUNAMIメモリアル~」を開設しました。これが世界中に東日本大震災とその復興の道程を発信する拠点となればと思っています。

課題としては、まず、被災者の方々の心のケアですね。これには長期的な取組が必要です。また、災害公営住宅などで新しい暮らしを始めた方々のコミュニティの形成支援や、これから持ち家を再建される方々への住宅再建支援も課題です。今は新型コロナで中国からの建設資材の供給が止まり住宅の再建に影響が出ています。コミュニティでお年寄りのケアを行っていたNPOなどの復興支援団体も、新型コロナで活動をストップしているため経営難に陥っています。

水産業の復興は、船や漁港の設備など、ハード面は早い段階で復旧しましたが、サケやサンマなどの水揚量は激減しています。これは地球環境問題が背景にあると指摘されています。また、消費増税で物品が売れなくなったところに、今回の新型コロナウィルスの問題が起こり日本経済がさらに悪化して、三陸の海の幸やその加工品がさらに売れなくなりました。観光業もダメージを受けています。岩手県としては、こうした課題にコロナ対策の中でも手厚く対応していこうとしています。

来年は東日本大震災から10年の節目の年にあたります。くしくも東京オリンピック・パラリンピックが2021年に延期されましたので、「復興五輪」の趣旨をより強く出すことができるのではないかと期待しております。そうしたなかであらためて国内外の関心を惹きながら、復興のゴールに向かっていくというのが今の戦略です。

復興の「興」は産業振興や地域振興の「興」です。壊れた物を直したり、新しい物を作ったりするだけではだめで、産業振興が軌道に乗り、経済活動が活性化して、社会活動や地域振興が軌道にのって初めて復興を成し遂げたことになると考えています。

東京一極集中に勝つ秘策
「幸福度」の向上

――「第2期総合計画」では新しく「岩手とつながる」が追加され、「県民計画」では「人交密度向上プロジェクト」をたてられています。

地方での暮らしや仕事の条件は過去5年間の地方創生の取組によってかなり改善しています。とくに今回の新型コロナの問題で、地方の暮らしやすさや、医療体制、福祉体制が整っていることなど、「地方力」に気づいた人は少なくないと思います。

昨年度、岩手県は社会減が4,370人と3年ぶりに縮小しました。これは産業の集積が進展した結果です。昨年10月のキオクシア(旧東芝メモリ)北上工場の完成や、トヨタ自動車東日本の関連工場の拡充、企業の誘致などが人口減少に歯止めをかけました。

岩手県では東日本大震災以降、地元志向が強まり、若い人々の地元就職率は震災前よりも高い数値になっています。UターンやIターンで、復興現場で活躍する若い人も増えています。

これからの地方創生のテーマは、SDGsやSociety5.0といった新しい考え方や技術を活用しながら、「暮らし」も「仕事」も発展する地域づくりです。「いわて県民計画(2019~2028)」では、「お互いに幸福を守り育てる」として、「幸福」を基本目標に掲げました。これは、経済成長を目指しながら、「暮らしやすさ」や「働き甲斐」といった経済以外の地域の魅力も発展させていくことで、「幸福度」を表す指標の数値向上をめざす計画です。幸福度を高め、「岩手に残る」、「岩手に帰る」、「岩手に行ってみよう」という人の流れを作ろうという考え方です。

図 岩手県の幸福に関する指標の体系

「いわて県民計画(2019~2028)では、県民や岩手県に関わる人々の幸福を守り育てるため、10の政策分野を設定し、「幸福関連指標」を設定して取り組みを展開している

出典:岩手県

 

東京も含め、日本全体が人手不足に陥る中で岩手県を選んでもらうには、企業を誘致してきて雇用を作り出すという地方の典型的な発展パターンでは難しいと思います。新しい価値観で優位性を作り出し、それを育てていかなければならないと考えて「幸福」という目標を掲げました。新型コロナを経験した今、防災や感染症対策の面から見ると人口が密集していない、いわゆる「田舎」の方が有利だということもアピールしていきたいと思います。

県内の大学が連携して
多様な「学ぶ機会」を提供

――岩手県は高等学校への進学率が全国2位と高い水準ですが、大学の就学率は少し低い傾向にあるようです。近年は社会人でも継続的に学ぶことを重視する傾向が強まっていますが、どのようにお考えですか。

岩手県立大学では、実学実践教育や地域志向教育を重視し、岩手県で働く人や暮す人への多様な学習機会を提供するとともに、地域の課題解決への取組や、産学官連携による共同研究の推進などにも力を入れています。

県立大学に限らず、国立の岩手大学や私立の岩手医科大学、その他の私立大学などが連携して、高校卒業時だけでなく、さまざまな人生の段階での多様な学習機会を提供しています。

大学と企業の連携も強固で共同研究も盛んです。県立大学は地域政策研究センターを設置して地域の課題解決の研究を組織的に行っています。また、隣接するイノベーションセンターは、主に理工系の技術を生かして事業を興す起業家の集積拠点となっています。

21世紀型地域振興構想と
震災復興を基盤にした観光振興

――岩手県は希望者全員が65歳まで働ける企業の割合が88,8%(2019年11月)で、6年連続全国1位です。高齢者が活躍されていますね。

岩手県は、アワビ、ウニの生産量は全国1位を誇りますし、リンゴ、シイタケなど、全国上位の生産量を誇る農林水産物がたくさんあります。また、畜産も盛んです。比較的温暖な地域もあれば冷涼な地域もある、海もあれば山もあるという多様性が魅力です。そして、それぞれの地域に根差して人々が働いてきた歴史があります。例えば、NHKの朝ドラ「あまちゃん」で取り上げられた三陸の海女は、高齢の熟練した海女の方が若い海女より付加価値の高いアワビなどを獲るという話もあります。第一次産業に限らず、年齢を重ねることで生産性が高まるということはあるようです。企業も高齢の方々が働きやすい職場づくりに取り組んでくださっています。

――2次産業、3次産業の振興についてはどのようなお考えでしょうか。

基本的なビジョンは、北上川流域、沿岸部、県北部という3つのゾーンに大きくわけて考えています。

北上川流域は、豊富な水資源があり、新幹線や高速道路、花巻空港などのインフラが揃う全国有数の立地条件に恵まれたエリアです。ここでは自動車関連産業や半導体関連産業の集積が全国でも例外的に伸びています。

岩手沿岸地域では、復興プロセスで水産業の立て直しを図る中で、トヨタ式「カイゼン」の指導を受けて、少ない在庫を効率的に回すラインを備えた生産加工工場など、新しいタイプの産業集積をつくろうとしています。

青森県との県境にあたる県北地域では、日本一の生産量を誇る漆産業や、アパレル産業など、独特な産業の種が豊富なエリアになっています。

それぞれのエリアを、暮らしと産業のバランスの取れた21世紀型地域振興ゾーンとして発展させていきたいと思います。

――岩手県は観光資源も豊富です。

観光は3つの基盤で振興していく計画です。県内には海沿いに三陸復興国立公園、山側に十和田八幡平国立公園という2つの国立公園があります。とくに三陸復興国立公園は、三陸ジオパークやみちのくトレイルを備えており、21世紀型の自然を生かした観光が楽しめます。また、「平泉─仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群─」と「橋野鉄鉱山」が世界遺産として登録されていますが、御所野遺跡を含む「北海道・北東北の縄文遺跡群」が早ければ来年にも県内3つ目の世界遺産に登録される見込みとなっています。これらの国立公園や世界遺産が観光の第1の基盤としてあります。

第2の基盤は、食の魅力や、祭などの文化の魅力です。岩手県は石川啄木や宮沢賢治のふるさとなので「文学」という切り口の観光もあると思います。「あまちゃん」の聖地巡礼として三陸鉄道を訪れる方はいまだにいらっしゃいますし、「あまちゃん」は台湾でも放送されたため、台湾から「聖地巡礼」に訪れる個人旅行客も増えています。

そして第3の基盤は震災復興です。東日本大震災の被災現場や復興の現場を、視察旅行、学習旅行、研修旅行として見ていただきたい。これは社会的に大きな意義を持つことですからぜひ進めていきたいです。

新型コロナ対策は
「地方力」の発見につながる

――岩手県は新型コロナの感染者数がゼロにおさまっていますが (6月8日時点)、どのような対策をとっておられるのでしょうか。

人口密度が低いことや、真面目で慎重な県民性が影響しているのかもしれません。インバウンド観光振興も始まったばかりで外国人観光客の数は少ないですし、留学生の数も、海外旅行者数も全国の中では少ないです。

医療体制は、県内に大小20の県立病院がありまして、県立病院の数としては日本一ですが、それぞれ医師不足の問題を抱えていますので、お互いに医師の応援派遣を行うなど、非常に連携が取れています。県立病院に限らず、岩手医科大学病院や民間の病院、さらには開業医の先生方や医師会との連携もよくとれています。2009年の新型インフルエンザの時には、発熱外来の設置や医療機関の役割分担など速やかな対応ができましたし、東日本大震災の時もネットワークを活用して患者さんの搬送を行うことができました。今回の新型コロナでも、1月の早い段階から県民のみなさんに感染対策・予防を呼び掛けてまいりました。

新型コロナ対策は、生活の場や仕事の場、教育の場のあり方をあらためて見直し、感染症対策と社会経済活動の両立を図っていくことだろうと思います。これは地方の良さを見直すことにもつながります。人口密度が低く、自然環境に恵まれ、空気や食べ物がおいしい。そういう健康的な生活基盤が地方にはあります。「幸福」という目標に向かって進めば、感染対策と両立する社会や経済をつくることができると考えています。

 

達増 拓也(たっそ・たくや)
岩手県知事