佐賀県知事が語る 人が基軸、世界に誇れる県に

幕末維新期において、人づくりやものづくりで日本を牽引した歴史を持ち、伊万里・有田焼などの伝統工芸や「和」の文化、食の魅力など、多様な地域資源を誇る佐賀県。山口祥義知事は今、世界を視野に、佐賀県の潜在力を発揮させるための施策に力を注いでいる。

山口 祥義(佐賀県知事)

幕末維新期に日本を牽引、
佐賀は世界を見ていた

――佐賀県は、総合計画で「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」という基本理念を掲げ、数々の施策を進めています。産業振興については、どのような取組を進めていますか。

山口 佐賀県はアジアに近く、今後、グローバル化やICT化が一層進展し、人やモノの動きがボーダレスになればなるほど、アジアの活力を取り込めるという地理的な優位性があります。

ただし、この優位性を活かすには、これからの世界の動向をしっかりと見極めなければなりません。幕末の肥前佐賀藩は、世界を見据えた志ある人材を育てるとともに、他藩に先駆けて西洋技術を取り入れ、日本初の実用蒸気船の建造や鉄製大砲の鋳造など、日本の産業革命を先導し、幕府や諸藩から注目されていました。佐賀は世界を見ており、日本は佐賀を見ていたのです。

そうした佐賀の偉業や偉人の志を未来に伝えるため、明治維新から150年の節目となった2018~19年に「肥前さが幕末維新博覧会」を開催しました。この維新博を通じて県民に芽生えたふるさと佐賀への愛着や誇りは、佐賀県がこれから飛躍していく土台になると考えています。

地域産業の発展においても、世界を視野に入れることが重要だと思います。例えば、2013年から取り組んでいる「コスメティック構想」は、豊かな自然と高い技術力を活かし、フランスのコスメティックバレーと連携しながら、佐賀県及び北部九州をナチュラルコスメの原料供給基地にすることを目指しています。現在、唐津市を中心とした地場企業が、フランスをはじめとする海外クラスターとの交流を深めており、グローバルな環境で取引を開拓しています。

さらに、宇宙にも注目しています。昨年12月には、県立宇宙科学館において「佐賀から宇宙を、宇宙から佐賀を考える」と題して、JAXAと県の共催で宇宙シンポジウムを開催しました。2020年度は、JAXAGA(JAXA×SAGA、ジャクサガ)と銘打ち、JAXAを含めた産学官による研究会を立ち上げ、宇宙を切り口に幅広い分野での県政課題等の解決に向けた連携策を探っていきます。

また、農林水産業の活性化にも取り組んでおり、2018年には、佐賀県で20年ぶりとなるいちごの新品種「いちごさん」がデビューしました。佐賀県・JAグループ佐賀・生産者が一体となって開発に取り組み、7年という開発期間を経て、1万5000株の中から選び抜いた自信作です。

佐賀県で20年ぶりとなるいちごの新品種「いちごさん」。1万5000株の中から選び抜き、7年という開発期間を経て生み出された

美味しさはもちろん、艶やかな紅色でカタチも美しく、インスタ映えもします。これからブランディングに力を入れ、「いちごさん」を売り込んでいきます。

イノベーションを生む環境づくり

――伊万里・有田焼のような伝統産業も、佐賀県の強みになります。

山口 グローバル化が進むにつれ、佐賀県が持つ豊かな自然や伝統、文化は大きな価値を持ちます。また、私は「挑戦なくして伝統なし」と考えています。伝統の上に安住するのではなく、時代を見据えて常に挑戦することが大切であり、実際に様々な取組を行っています。

2016年に行った有田焼創業400年事業では、佐藤可士和さんや隈研吾さんがデザインした器、ヨーロッパのデザイナーの感性と有田焼の技を融合させた「2016/」シリーズなど、新感覚の器を提案しました。

さらに、こうした美術館(MUSEUM)に飾るような器を使い(USE)、県産品を用いた料理を楽しめるレストランを開設したところ大変な好評を得たため、それを維新博で「USEUMSAGA(ユージアムサガ)」として復活させました。このような取組によって、多くの料理人が佐賀県に集まるようになり、地元食材の素晴らしさにも注目が集まりました。

佐賀県の食と食器をPRする「ユージアムサガ」では、有田焼の器を使った「和魂洋才五膳」などが提供された

器と食材、世界の料理人の感性が融合したことで、新たな価値がもたらされたように、イノベーションは思わぬところで起こります。私たち行政の仕事は、こうした化学反応を起こせる環境を整えることです。そうした環境があれば、そこからイノベーションが次々に起きていくと思います。

――異なる分野の融合という点では、 外部クリエイター等と連携し、県の施策をデザインの視点で磨き上げる「さがデザイン」も進められています。

山口 どうすれば地方創生を実現できるのか、正解はありません。一方で、行政職員は正解がないことに対して答えを出す訓練をしておらず、自分たちの枠組みの中で考える傾向があります。これからの時代、それでは新しいものを生み出すことはできません。

そこで、佐賀県では、「佐賀を良くしたい」という熱い思い持ったデザイナーやクリエイター、コンサルタント等とのネットワークを構築し、あらゆる部局のプロジェクトにデザインの視点を導入しています。デザイナーたちは、本物を見出し、素材本来の素晴らしさを表現することに長けています。コンセプトやミッションを明確にし、貫き通す彼らの力を取り入れ、施策や事業を磨き上げることが「さがデザイン」であり、効果的で特色のある施策や事業を生み出しています。

さらに、デザイナー同士のネットワークの中からの発案で「勝手にプレゼンFES」が行われています。これは主に東京で活躍するデザイナーたちが中心となり、1年に1度「勝手に」「自費で」佐賀に来て、佐賀県を良くするための様々なアイデアを自由にプレゼンする画期的なものです。行政では思いつかないような斬新なアイデアが数多くあり、担当部局で精査して事業化されたものもあります。

こうした取組を進めるうえで大切なのは、情報公開と説明責任です。それらを疎かにすると、県民の不信感につながりかねません。常にオープンで前向きに挑戦する。そうすれば、おのずと結果はついてくると考えています。

人材育成と産業振興で
「豊かさ好循環」を実現へ

――佐賀県総合計画では、目指す将来像の1つとして「豊かさ好循環の産業」を掲げています。

山口 産業振興は人材教育とセットで行うことが重要です。優れた人材が育てば良い企業が集まり、良い企業が集まれば優れた人材が集まるという「豊かさ好循環」が生まれるのです。

先ほど申し上げたように、佐賀県は人づくりやものづくりで日本を牽引し、日本の近代化に貢献しました。しかしそれは、国家すなわち東京に優秀な人材を送っていたことを意味します。これからは、佐賀県を拠点にしながら世界に出ていく時代であり、優秀な人材を佐賀県に集めなければなりません。

佐賀県は15歳未満の年少人口の割合が全国で3番目に高いという強みがある一方で、高校を卒業すると県外に流出してしまう傾向があります。現在、県では高校生の県内就職率を60%まで引き上げることを目標にした「プロジェクト60」に取り組むなど、雇用環境の整備を進めています。

佐賀県の人々は真面目で勤勉、何事も実直にやり遂げる県民性があります。そうした人材が企業の中で活躍の場を広げれば、産業振興と人材育成の好循環が生まれ、佐賀県の躍進につながっていくと考えています。

地域資源を磨き上げ、
観光の魅力を高める

――観光振興に向けては、どのような取組を進めていますか。

山口 観光施策は、私の座右の銘でもある「蘭心竹生(らんしんちくしょう)」を意識しながら、戦略的に取り組んでいます。佐賀県民は竹のようにまっすぐ誠実に生きる「竹生」は得意な一方、美しいものをさらに磨き上げる「蘭心」の点では苦手意識があるように思います。つまり「蘭心竹生」とは、「佐賀の素晴らしい素材を蘭の心で磨き上げ、世界に誇れる佐賀をつくる」ことです。

例えば、鹿島市にある祐徳稲荷神社は美しい本殿が人気の観光スポットですが、実は、本殿の奥にある奥の院も魅力的で、有明海を見渡す雄大な景色を眺めることができます。インバウンド観光客をさらに取り込むためにも、そうした観光資源を磨き、発信しなければなりません。

佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社。本殿の奥にある「奥の院」も魅力的な観光資源となっている

佐賀県には自然の景観や神社仏閣など、日本的な美しさにあふれる観光資源が多くあります。タイやフィリピンの映画ロケ地として、佐賀県が選ばれるケースも増えており、映画を見て佐賀県を訪れる外国人旅行者もたくさんいます。1つ1つの素材に磨きをかければ、さらに多くの方々に来ていただけるでしょう。

また、県内外の人や企業とコラボするプロジェクト「サガプライズ!」にも力を入れています。特にアニメやゲームとのコラボは好評で、私が「佐賀三部作」と呼んでいる「ゾンビランドサガ」「ロマンシング佐賀」「ヴィンランド・佐賀」のプロジェクトは、国内外から大勢のファンを呼び込みました。ほかにも、「おそ松さん」「銀魂」「ポケモン」など、いろいろな作品からコラボのお話をいただき、実現した数々のコラボプロジェクトは、佐賀県の魅力を全国に向けてアピールする機会となっています。

――佐賀県は、スポーツの振興にも力を入れています。

山口 昨年のラグビーワールドカップでは、競技に詳しくない人たちも巻き込んで、大きな感動を呼びました。このようにスポーツには「する」「観る」「支える」「育てる」という多様な楽しみ方があることから、県では「SAGAスポーツピラミッド構想」を打ち出し、トップアスリートから気軽にスポーツを楽しむ人たちまで幅広くスポーツに取り組めるよう、スポーツの振興を図っています。

佐賀県で育ったトップアスリートが世界や全国で活躍することで、県民にとっての誇りとなるとともに、県外へ転出したアスリートや指導者が佐賀県を拠点に活動し、さらに次世代のアスリート育成に結びつける。そうした好循環を生み出し、佐賀ならではのスポーツ文化を広く浸透させていきたいと考えています。

2023年には佐賀県で「国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会(SAGA2023)」が開催されます。SAGA2023は、従来の「国民体育大会(国体)」の名称が「国民スポーツ大会」に変わる最初の大会です。大会のメインメッセージである「新しい大会へ。すべての人に、スポーツのチカラを。」には、スポーツだからできることにスポットを当てた、新しい大会にしていきたいとの思いを込めています。

現在、SAGA2023に向けて、スポーツの一大拠点「SAGAサンライズパーク」の整備を進めています。同パーク内に建設されるSAGAアリーナ(仮称)は8400人を収容でき、Vリーグ「久光製薬スプリングス」やBリーグ「佐賀バルーナーズ」のホームアリーナとなる予定です。また、コンサートやコンベンション、展示会等での活用も見込んでいます。

スポーツの一大拠点「SAGAサンライズパーク」の完成イメージ。同パーク内には、8400人収容のSAGAアリーナ(仮称)などが建設される

SAGAアリーナ(仮称)をはじめSAGAサンライズパークは、佐賀駅から歩いて15分という立地で、佐賀駅と博多駅までの間は特急で約40分と、福岡都市圏からもアクセスしやすい場所にあります。こうした立地の優位性を十分に活かせるように、戦略的に取り組んでいきます。 

県民が活躍できる環境をつくり、
挑戦を後押しする

――最後に改めて、「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」に込めた思いをお聞かせください。

山口 行政が方向性を示せば、地域が活性化されるわけではありません。私たちにできることは、県民が活躍しやすい環境をつくり、チャレンジする人を応援することです。良い環境ができれば、いたるところで自ら挑戦する人たちによる自発の地域づくりが生まれ、おのずと佐賀県は元気になっていくはずです。

だからこそ私は、「人」が中心の県政を実現したいと思い、「人を大切に、世界に誇れる佐賀づくり」という基本理念を掲げました。県民の皆様と共に、この佐賀の地から世界に誇れる"本物"の地域資源を発信し、「佐賀の時代」をつくり出していきます。

 

山口 祥義(やまぐち・よしのり)
佐賀県知事