知事が語る「薬都とやま」の戦略 経済力、文化力を兼ね備えた県に

医薬品産業の育成やデザイン力を活用した産業振興を進めるとともに、立山黒部の世界ブランド化や、「世界で最も美しい富山湾」の魅力の発信など、観光の活性化にも取り組む。県の経済力を高めるとともに、文化力の磨き上げにも力を注ぐ富山県・石井知事に政策の方向性を聞いた。

石井 隆一(富山県知事)

「くすりの富山」の強みを活かす

――医薬品産業の育成に向けて、どのような取組みをされていますか。

石井 本県の医薬品産業の生産額は2005年には約2600億円で全国8位でしたが、産業界の努力や、国のジェネリック医薬品の使用促進策等や県の薬業振興策などにより、2015年と2016年には6000億円台に達して全国1位となりました。

10年前、「世界の薬都」であるスイスのバーゼル地域のシュタット州、ラントシャフト州を訪問して連携協定を締結し、2018年には内容を拡充して新しい協定を締結しました。

バーゼルには、ノバルティスやロシュなどの世界的な製薬メーカーが拠点を置いています。また、バーゼル大学は、少なくとも6名のノーベル賞受賞者を輩出している名門です。現在、企業間交流のほか、バーゼル大学と富山大学、県立大学との間で研究者の相互派遣、共同研究等を進め、2年に1回、交互に「医薬品研究開発シンポジウム」を開催しています。

また、都道府県立としては全国唯一の「富山県薬事総合研究開発センター(薬総研)」があります。2007年に東京大学教授から薬総研所長に招へいした高津聖志先生の指導のもと、薬総研は県内製薬企業の製剤技術の向上や研究開発を支援してきました。

本県では2018年6月、「くすりのシリコンバレーTOYAMA」創造コンソーシアムを設立し、産学官が一体となって医薬品産業の研究開発に取り組むこととし、幸い、同年10月に国の「地方大学・地域産業創生事業」の支援対象として、全国でわずか7件のうちの一つとして選ばれました。

このコンソーシアムを中核として、昨年から富山大学、県立大学、薬総研、県薬業連合会が連携して研究開発に取組むとともに、富山大学と県立大学が、各々、サマースクールを開催しています。東京圏の学生から参加者を募り、10日間、各大学や薬総研などで講義や実習を行うほか、県内製薬企業でのインターンシップを実施しています。

昨年、今年ともに東京大学や慶應大学からも参加しましたが、充実した研究環境や豊かな自然環境を体験して、富山県への関心を高める学生が多くいます。今後も産学官連携をさらに充実・強化し、研究開発や人材の確保・育成にしっかり取り組んでいきます。

「デザイン力」で産業を支援

――医薬関連以外では、どのような産業振興に取り組まれていますか。

石井 本県はものづくりが盛んで、アルミなどの素材産業、機械や電気・電子部品などにも強みを持ち、日本海側屈指の工業集積があります。県内には、オンリーワンの技術などを有する魅力ある企業が多くあります。

2018年4月に県の「工業技術センター」をその研究開発支援機能の強化に伴い、「産業技術研究開発センター」に改組しました。例えば同センターでは、繊維をナノ(100万分の1ミリ)レベルにまで微細化した植物由来の材料であるセルロースナノファイバーの作製技術を応用し、化粧品や医薬品の開発を行う企業の取組みを積極的に支援しています。

また、本県には、デザイン専門の県立機関として全国唯一の「富山県総合デザインセンター」があります。

デザイン専門の県立機関として全国唯一の「富山県総合デザインセンター」。県内の伝統工芸品産業や先端産業に対して、デザインを活用した新商品開発や販路開拓、デザインを担う人材育成などを支援している

本県の高岡銅器や高岡漆器、井波彫刻などの伝統工芸品産業は全国の他の多くの産地と同様厳しい状況にありますが、近年、危機の中から新しいチャレンジが次々と始まっています。

県総合デザインセンターは従来、こうした伝統工芸品産業を中心に、デザインを活用した新商品開発や販路開拓、さらにはデザインを担う人材育成を支援してきました。

2014年、2015年にニューヨークとミラノ、さらに2018年にはフランスで伝統工芸品の展示会を開催し、高い評価を得ました。ニューヨークでは、目利きの専門家から「相当に優れた技術で、手間もかかっているのだから、こんな安い価格ではまがい物と思われる。2倍、3倍の値段で売ったほうがよい」という助言もいただくといったエピソードもありました。こうした体験から自信もつき、意欲ある若手の経営者や職人も増えつつあります。

今後は先端産業についてもサポートしたいと考え、2017年11月に、同センター内に、若手デザイナーなどの交流や異分野との協働等を促進するためのクリエイティブ・デザイン・ハブをオープンしました。ものづくり企業のデザイン部門や設計部門を受入れるインキュベーター施設の整備と相まって、デザイン面からのイノベーションを促進する拠点形成を目指しています。

さらに、2019年5月にはVR(仮想現実)機器を揃えたバーチャルスタジオを開設し、新商品開発の際にその都度、試作品をつくることなく、VRで再現・体験し、コストや時間の大幅削減に寄与することにしています。

また、農林水産業については、2018年に本格デビューした富山米新品種「富富富(ふふふ)」が2年目の正念場を迎えています。「うまみと甘みがある」、「炊き上がりがつやがあって香りが良い」、「さめても美味しい」など、各方面から好評価をいただき、うれしく思っています。

県内はもとより首都圏など大都市圏でのPRに一層力を入れ、新しいブランド米としての地位をしっかり確立させていきます。

立山黒部や美しい富山湾を
世界ブランドに

――観光振興については、どういった取組みを進められていますか。

石井 立山黒部をはじめ、多くの魅力的な観光資源のポテンシャルをもっと活かしたい。

立山黒部を世界水準の山岳観光地とするため、2017に東京大学の西村教授(当時)や、田村観光庁長官(当時)、星野リゾート社長などの有識者からなる「『立山黒部』世界ブランド化推進会議」を設置し、様々なご提言をいただきました。

これを踏まえて、各般のプロジェクトを進めており、特に、2018年10月には60年余にも及ぶ懸案であった黒部ルートの一般開放について、関西電力との粘り強い協議を経て、安全対策をしっかり行った上で、2024年から最大1万人規模の一般開放・旅行商品化が実現することとなりました。

これにより、立山エリアと黒部エリアがつながり、立山駅から室堂までの世界的山岳景観を誇る立山黒部アルペンルートと日本一のV字峡である黒部峡谷が結ばれます。アルペンルートを楽しんでから黒部ルートを通り、黒部峡谷を経て宇奈月温泉に行くなど、雄大で美しい自然・景観と世界的にも貴重な電源開発の歴史的、文化的遺産とを一緒に体感することができ、極めてインパクトのある旅行商品となります。

立山黒部には、日本一のV字峡である黒部峡谷や世界的山岳景観を誇る立山黒部アルペンルートなど、雄大で美しい自然・景観がある

さらに、立山ケーブルカーが稼働以来60年余となって老朽化し、かつ、輸送人員が1時間当たり720人のため、繁忙期には立山駅での待ち時間がしばしば2~3時間にも達していました。そこで、最新鋭のロープウェーを導入する方向で検討を進めています。これにより輸送能力は約2倍の約1400人になり、今後の観光客の増加にも対応しやすくなりますので、自然環境の保全にも配慮しながら、その導入を進めてまいります。

また、神秘の海「富山湾」は2014年10月にユネスコの支援する「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟を認められました。同クラブには、現時点で世界遺産のフランス・モンサンミッシェル湾をはじめ44の世界の名立たる美しい湾が加盟しています。

この10月には、日本初の「世界で最も美しい湾クラブ」世界総会が富山県で開催されました。世界15の国・地域から33の名だたる湾の代表が集まり、「未来への展望~沿岸域の持続可能な発展のための環境保全~」について話し合い、その成果をまとめた「富山宣言」(湾クラブとして、宣言の採択は初めて)を10月18日に採択し、世界に向けて発信できたことは大きな意義があります。

富山湾は2014年10月、ユネスコの支援する「世界で最も美しい湾クラブ」に加盟を認められた。加盟5周年の本年10月に「世界で最も美しい湾クラブ」世界総会が富山県で開催された。

大ゴールデン回廊の創設へ

――交通ネットワークの強化について、お聞かせ下さい。

石井 2015年の北陸新幹線の開業により、富山県は観光客の増加、企業立地の進展のみでなく、地方創生の取組みも相まって、元々高かったUターン率がさらに上昇し(本県出身大卒者のUターン率2006年51.3%→2016~18年 58%台)、全世代で55.3%と沖縄県に次いで全国第2位となっています。

さらに、日本全体で本格的な人口減少が進行するなか、本県では大都市圏などからの移住者も増えており、10年前はせいぜい年間200名程度であった移住者が年々増加し、2018年度は過去最高の905名となりました。若い世代が多く、移住者全体に占める20~30代の比率は65%、40代を含めると84%になっています。

北陸新幹線は今後、2022年度末までに金沢~敦賀間が開業し、敦賀~大阪間についても2030年度末頃までには開業となるよう強く働きかけています。今、富山~大阪間は3時間15分程度ですが、敦賀への延伸で2時間30分程度に、さらに大阪への延伸で1時間40分程度に短縮されます。

北陸新幹線の全線開業によって、東海道新幹線と合わせると、日本列島の真中に首都圏と東海、関西、北陸を結ぶ大ゴールデン回廊が形成され、富山県や北陸にさらに多くの人や企業を呼び込め、大きな飛躍が期待されます。

あわせて、富山県は、陸・海・空の交通インフラの整備の一環として、東海北陸自動車道の早期の全線4車線化を推進しています。

さらに日本海側の総合拠点港としての伏木富山港の機能強化とシベリア・ランド・ブリッジの発展、国内外との航空ネットワークの維持・充実などに取り組み、地方ではトップクラスで交通インフラが充実した県にしたいと考えています。

これからは文化力が問われる

――これからの県の方向性を、どのように描かれていますか。

石井 長年の環境保全の取組みなどが評価され、富山県は県全体が2019年度の国の「SDGs(持続可能な開発目標)未来都市」に選定されました。産業・観光の振興や交通インフラの整備についても、持続可能性を大切にしながら進めていきます。

県民が輝いて生きられる地方創生のフロントランナーを目指すためには、経済の活性化はもとより、文化力の磨き上げが大切です。例えば、一昨年3月オープンした「アートとデザインをつなぐ」をコンセプトとした富山県美術館には、2年半で250万人近い人が来館され、うれしく思っています。また、利賀と一部黒部で開催された世界最先端の舞台芸術の祭典「シアター・オリンピックス」(鈴木忠志芸術監督)には、世界16の国・地域から30作品が上演され、5週間で国内外から約2万人が訪れました。

さらに、文化庁と北陸3県が連携して2017年に開催した「国際北陸工芸サミット」は国内外から高く評価されました。なお、その一環である「国際北陸工芸アワード」において、世界35の国・地域から寄せられた403作品のうち、富山県の和紙職人・川原隆邦さんが最優秀賞を獲得しました。

また、富山県は日本最古の歌集「万葉集」ゆかりの地であり、その実質的な編纂者とされる大伴家持は越中国守として5年間の在任中に223首もの秀歌を詠い万葉集に登載されています。ちなみに新元号・令和は「万葉集」の巻5の梅花の宴の歌32首の序文を典拠としていますが、令和の考案者と専ら言われている中西進先生は富山県の「高志の国文学館」の館長を2012年の開館当初から今日まで務めていただいています。

お蔭様で、令和の世になってから本県では、大相撲5月場所での朝乃山関の優勝、バスケットボールの八村塁選手、馬場雄大選手のNBA入りなど、スポーツの面でも明るい話題が続いています。富山県の新時代に向けて、こうした追い風を最大限に活かしながら、経済力と文化力を兼ね備え、「県民一人ひとりが輝いて生きられる『元気とやま』の創造」を目指し、真摯に努力してまいります。

 

石井 隆一(いしい・たかかず)
富山県知事