組織をエンパワーするデザイン経営の力 特許庁前長官対談

2018年5月に経済産業省・特許庁が公表した「デザイン経営宣言」は大きな話題を呼んだ。それから1年、特許庁顧問・宗像直子氏(※対談当時は特許庁長官)と、宣言の大本となった「産業競争力とデザインを考える研究会」の委員、林千晶氏との対談から、デザイン経営の可能性を考える。

宗像 直子(特許庁顧問、前長官)、林 千晶(ロフトワーク 代表取締役)

林 デザイン経営宣言が公表されてから1年、日本企業の意識は大きく変わったと感じます。パナソニックやコニカミノルタはデザイン経営を打ち出しましたし、スタートアップも非常に活性化しています。

林 千晶(ロフトワーク 代表取締役)

「産業競争力とデザインを考える研究会」は2017年7月から始まりましたが、途中までデザインの定義で揉めに揉めて、とても提言提出まで漕ぎ着けないと思っていました。

宗像 デザインの考え方に、ふたつの流れがあって、なかなか折り合いませんでしたね。古典的な考え方は、広告媒体や製品が「美しいこと」が何より大事。それに対して、これからあらゆるものがインターネットにつながっていく、だから、「デザイン思考」が鍵、という考え方がありました。

宗像 直子(特許庁顧問、前長官)

林 誰かが「結局、モノが大切だ」というと、「いやいやインターフェイスだ」「プロトタイピングだ」とか反論が出て。どれも正しいけれど、バラバラの方向を向いていてかみ合わない。最終的に、私と田川君(田川欣哉氏/Takram 代表)のファシリテーションで議論を整理し、デザインをどう定義するかの話ではなくて、イノベーションとブランディングの両方がデザインの役割であり、産業と国も豊かになるという起承転結をつけることができました。

宗像 研究会の名前に入っている「競争力」の強化に、デザインはどう役に立つんですか?と素朴に質問してみたら、相対していた両者が、揃ってこちらに向き直って、「デザインは、突き詰めれば経営だ」とおっしゃって。ああいうの、アウフヘーベンって言うんですよね。

ネットワークとデータが
全てを飲み込む

林 改めて伺いたいのですが、研究会はどのような狙いで組織されたのですか?

宗像 当時、特許庁は意匠法の改正(2019年5月17日公布)を検討していました。第4次産業革命が進む中、意匠法の保護範囲を広げないと対応できない、どう制度設計するかが課題でした。その中で、そもそもデザインを取り巻く状況がどう変わっているのかを、法律の専門家だけでなく、デザイナーや経営者など、その変化を肌で感じている方々にも伺おうと、林さんをはじめとした皆さんにご参加いただきました。

林 この研究会は当初9回で終わるはずだったのに、11回まで延長されましたよね。私はこれまでいくつかの省庁で委員を務めてきましたが、年度末に終わらない研究会は初めてで、驚きました。

宗像 議論では折り合っていなかった委員の皆さんが、「中途半端では終われない」という点では一致団結しておっしゃったからですよ(笑)。

林 なぜそこまで議論が白熱したのかを考えた時に、キーワードになるのがデザイン経営宣言にも記した「ネットワークとデータが全てを飲み込む時代」なんですよね。日本では、デジタル社会とリアル社会は重なるところもあるけれど別個のもの、という認識だと思うんです。でも先月、中国に行ったら、デジタルの中にリアルがあるという世界に完全に変わっていました。

出典:経済産業省・特許庁「デザイン経営」宣言

 

宗像 レストランにはレジがなくて、お会計は各テーブルにあるQRコードにスマホをかざすだけ、とかですね。中国では、プラットフォーマーのサービスと政府のモニタリングが人々の生活をすべて包み込んでいて、もはやそこから抜け出すことはできない状態になっています。

林 まさにアフターデジタルです。そんな国がすぐ隣にある状況で、ハードが大事だ、いやソフトだと言っている場合じゃなくて、大きな時代変化の中でデザインに何ができるのかを議論をしようというのが委員の想いでした。

知恵と技術を競い合う時代に

宗像 特許庁も委員の皆さんの議論には目を開かされました。「ネットワークとデータが全てを飲み込む時代」になると、今まで満たされていない潜在ニーズをどう見つけるかがイノベーションの出発点になるし、使い勝手の良いサービスを、プロトタイピングを繰り返し、素早くつくることが価値になる。そのサービスを構成する要素としてハードウェアやソフトウェア、データがある。その全てに関わるデザインが、すごく大事な時代になってきたのだなと。実際、日本でもUI(ユーザーインタフェース)やUX(顧客体験)、ビジネスモデルに関する特許出願が増えてきています。

林 例えばどんなものですか?

宗像 健康管理アプリでは、性別・年齢といった、従来から健康管理に使われてきた属性だけではなくて、日々トラッキングしたライフログデータに基づいて、一人一人に最適なアドバイスをするビジネスモデルの特許を取得している会社があります。配車アプリでは、UXを高めるために過去のユーザーの乗車位置や、現在の交通状況から適切な乗車位置を推薦するというビジネスモデルの特許があります。

林 なるほど、面白いですね。

宗像 デジタル化が急速に進んだことで、どんなデータをどう活用して、どのようなサービスを提供できるか、知恵と技術を競い合う大競争時代に入ったと思います。その時、他者との差別化のポイントを特許で守ることで、参入障壁が高まります。インターネットに接続されたサービスは簡単に模倣できてしまいます。模倣から唯一自分のサービスを守る手段が、特許を取ることなんです。実際、成長企業は特許を取得することに重点を置いています。例えばメルカリの特許出願は、2016年は1件でしたが、17年は9件、18年は27件(対談当時の公開情報より)と、どんどん増えています。

皆さんがデザイン経営を実践して、どんどんビジネスモデルを着想する、それを守りたい、活用したいと思っていただければ、特許出願が増えますよね。なぜ特許庁がデザイン経営の旗を振るのか、最初の頃、職員には、腑に落ちないところもあったと思います。でも今は、特許出願が増えるので、特許庁自身の仕事にとってもプラスなのだと気づいています。これは後付けですけど(笑)。

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