「秘境」のまちは地域再生の実験地 主役は住民、挑戦する人を育む

全国的な知名度がない和歌山市郊外の加太地区には今、東京大学の分室が置かれ、地域づくりの実験と実践が繰り返されるとともに、ロケット打ち上げ実験を通した人材育成の取り組みも進む。人の熱意に支えられた数々の挑戦が、地域に変化をもたらしている。

和歌山市加太地区の無人島、友ヶ島はその雰囲気から「ラピュタの島」と呼ばれ、観光スポットとして人気を集めている

和歌山市郊外にある加太(かだ)地区。全国的な知名度の高さがあるわけでもなく、一見、「何もない場所」のようにも見える。しかし、美しい海岸線など豊かな自然があり、真鯛をはじめとした水産資源に恵まれ、近年は"秘境"としても注目されている。

加太港からフェリーで約20分の友ヶ島は、明治時代に築かれた砲台跡の遺構が醸す雰囲気から「ラピュタの島」として人気を集め、この数年、加太の観光客数は増加傾向にある。こうした歴史遺産や自然、食の魅力が加太の強みだ。

しかし、それ以上に「人」の存在が加太の活性化を支えている。今、加太では、地元住民と外から訪れた人たちとの交流・創発が育まれており、地域づくりの新しいモデルを目指した実験と実践が繰り返されている。

東大生産研が地域ラボを設置

加太には、東京大学の分室がある。東大生産技術研究所の川添善行研究室は、2014年から加太でまちなみに関する研究を行っており、地元住民との協力関係を築いていた。「どうせなら常駐しませんか」。加太観光協会の青年部部長(現会長)の稲野雅則氏の言葉をきっかけに、フィールドワークの場を求めていた東大生産研も前向きに応え、東大生産研と和歌山市が連携協定を締結。2018年6月、東大生産研は分室となる「地域ラボ」を加太に開設した。

稲野雅則 加太観光協会 会長

地域ラボに常駐して研究活動を行っているのが、東大生産研の青木佳子特任助教だ。研究者としてまちづくりに関わる場合、何度も通ったり一定期間滞在することはあっても、その地域に住むことにまで踏み込むのは珍しい。

青木特任助教は「よそ者の視点を提示するのではなく、地域に身を置くことで、まちづくりの可能性が広がればと考えました。地域の方々の主体的なまちづくりを学術的な視点からフォローするのが私の役割です」と語る。まちづくりの中心を担うのは、地元の人たちなのだ。

青木佳子 東京大学 生産技術研究所 特任助教

地域ラボは築100年以上の建物をリノベーションしてつくられたが、川添准教授らが設計し、耐震補強を加えて完成させた。地域ラボには、地元住民の家に眠っていた、昔の加太の様子を伝える写真が持ち寄られており、付近から人が集まって思い出話に花を咲かせている。地域ラボは「情報のハブ拠点」としても機能しているのだ。

東京大学生産技術研究所が加太に設置した分室「地域ラボ」。地元の住民も訪れるハブ拠点となっている

地域で物事を前に進める方法

日本の多くの地域と同じように、加太も深刻な人口減少に直面している。2010年に3246人だった加太地区の人口は、2015年には2765人と5年で約15%も減少。住民のうち65歳以上が約45%を占めている。

青木特任助教は加太の活性化に向けたフィールドワークや研究活動を行うとともに、イベント開催や学校への出前授業なども行っている。そうした活動において、何よりも大きいのは「加太の人たちの熱意」だという。

特に加太観光協会の稲野会長が果たしている役割は大きい。稲野会長は28歳の時、祖父母の代から続く活魚料理店の後継ぎとして加太に戻ってきた。「このまま加太が廃れたら、漁業も店も持続できなくなる」。そうした危機感の下、数々のユニークな試みを打ち出してきた。代表的なのが鯛祭りだ。真鯛を一本釣りする加太の漁の魅力を知ってもらおうと、ステージイベントや出店が並ぶお祭りを企画し、今では多く人で賑わう催しとなった。

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