水田に浮かぶホテルの使命 「民間行政」が挑む自走できる街づくり

山形県を代表するベンチャー企業、スパイバーを輩出した鶴岡サイエンスパークの一角に、2018年9月、地域課題を解決するためのホテル「スイデンテラス」がオープンした。同ホテルを企画・運営するヤマガタデザイン、山中大介代表は「民間行政」のコンセプトを掲げる。

プリツカー賞受賞歴を持つ建築家、坂茂氏が設計した木造ホテル「スイデンテラス」。坂氏をして、「こんな建物はどこにもない」と言わしめた複合施設になっている

山中 大介(ヤマガタデザイン 代表取締役)

庄内の田園にホテルがオープン

2018年9月、山形県鶴岡市の中心市街地の北のはずれに、現代的で清新なデザインのホテル「SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSE(スイデンテラス)」がオープンした。

スイデンテラスの客室総数は143室。際立つほどの観光地でもない庄内(鶴岡・酒田など県北西部5市町の地域)において、驚くほどのキャパシティを有する。それは、地域に潤沢な宿泊ニーズがあるからではなく、むしろ、これから庄内に人を呼び込むという使命を帯びたプロジェクトなのだ。レストランやライブラリといった誰でも日常的に利用できる機能はもちろん、レストランや天然温泉、フィットネス、ビジネスルーム(貸会議室)も備え、宿泊者だけでなく、地元企業や住民が会員制で普段から利用できる。

このホテルを企画・運営する企業が、ヤマガタデザインだ。社名だけ聞くと、いわゆるデザイン制作会社かと思ってしまうが、「地域課題を解決するための合理的な事業をデザインする」という山中大介社長の思いが込められている。

大手不動産会社を辞め、
山形のベンチャーに転職

スイデンテラスは、鶴岡市が高度な研究機能や関連産業の集積を目指して、2001年に開設した鶴岡サイエンスパークの一角に建っている。

山中社長は東京出身であり、慶應義塾大学環境情報学部を卒業して6年間、三井不動産で大型商業の事業を手がけた後、2014年に鶴岡サイエンスパークに入居するベンチャー企業、スパイバーに転職した。

東京から鶴岡に移住してみると、サイエンスパークは全体構想21haのうち実際に稼働しているのは7haのみで、残りの3分の2の予定地は開発の目途が無く、行政も手をこまねいている状態だった。現在、スパイバーは山形県を代表するベンチャーに育っているものの、サイエンスパークは血税を投入した事業であり、当時、一部の地元住民からは「どのような還元が期待できるのか不透明」と、サイエンスパークの存在意義を問う声も上がっていた。

「私は前職の三井不動産時代に街づくりを手がけていたこともあって、何か良い考えはないかと、地元の人たちから声をかけられたんです。最初はアドバイザー的なスタンスでいたのですが、次第にその課題をクリアできるのは自分しかいないんじゃないかと思い始めました。思い込みが激しいんですよ(笑)」

腹をくくってからの行動は素早く、山中社長はスパイバーを2ヵ月で辞め、2014年8月に手元資金10万円でヤマガタデザインを設立した。

そして、地元住民とサイエンスパークを融和・融合させ、コミュニティを醸成する事業を構想。地域で話を聞いてくれそうな人を一人一人訪ね歩き、最終的に40社から23億円の資金を調達することに成功した。それは、「サイエンスパークをどうにかしなければならない」という地元の人たちの声を拾い上げ、結束させた成果でもあった。

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