中性子ビームの産業拡大へ 茨城大が新専攻で技術者育成

茨城大学は、原子力関連の研究施設が集積している県北の地の利を生かし、量子線を専門的に学べる「量子線科学専攻」を2016年4月に新設、人材育成を強化した。中性子を「使える」技術者と研究者を育成・供給し、中性子ビームの産業普及拡大を目指す。

馬場 充(茨城大学 副学長)

茨城県には日本で唯一の研究施設が数多くある。その代表的な施設が東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCだ。日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同設置した研究施設で、2008年12月の供用開始から、今年で10年を迎える。加速した陽子を原子核に衝突させ、そこから生じる中性子、ミュオン、ニュートリノなどの2次粒子ビームを利用できる点を特徴とし、そのビーム強度は世界最高クラスを誇る。

J-PARCの供用開始と同時に、茨城大学はフロンティア応用原子科学研究センター(iFRC)を設立。県の委託を受け、J-PARCの2本の中性子ビームラインを使った実験を行う施設を維持・管理・運営し、中性子を用いた人材育成、研究、産業利用を行ってきた。

中性子ビームで物体の内部を見る

J-PARCの「物質・生命科学実験施設(MLF)」では、中性子ビームを用いた様々な研究が行われている。中性子は、陽子と共に原子核を構成する粒子で、加速した陽子線を原子核にぶつけることで中性子ビームを生み出す。医療から非破壊検査まで幅広く使われるX線や、電子顕微鏡で使う電子線などと同じく、中性子ビームも「目では見えないものを見る」ことを得意とする。

J-PARCのMLFにある計23本のビームラインのうち、県と茨城大学が共同運用しているのは、材料構造解析装置「iMATERIA」と生命物質構造解析装置「iBIX」の2本だ。iMATERIAは、鉄鋼やコンクリート、リチウムイオン電池や燃料電池などの材料分野の解析に用いる。iBIXは、タンパク質の反応機構解析や、繊維材料の構造分析などに使える。

中性子ビームには、水素やリチウムといった軽い元素が検出できる、物質への透過性が高い、電荷はないが磁性を持つ、など他の量子線にはない特徴がある。これらの性質から、物質中の電子や磁性の振る舞いを調べたり、コンクリートや鉄鋼材料の内部構造や劣化を調査したり、タンパク質などの生体分子構造を解析したり、リチウムイオン電池の改良のために、充放電の様子を細かく調べたりできる。

一方、中性子ビームの利用拡大に向けた課題は、測定に大型施設が必要なことだ。加速器タイプの中性子ビーム実験施設は世界でもごくわずかで、日本のJ-PARCはその中でも最高レベルの性能を持つ。しかし、企業にとってはX線や電子線ほど気軽に利用できるものではない。産業利用のハードルを下げるため、中性子ビームそのものに対する認知度向上も含め、今後の課題となっている。

企業の研究に中性子ビームを活用

茨城県ではこれまで様々な対策を打ち、企業による利用を促してきた。例えば、J-PARCに隣接して、企業の研究開発をサポートする「いばらき量子ビーム研究センター(IQBRC)」を設け、研究室を貸し出している。また、中性子ビームの利用のための企業コンソーシアムも活動している。県外企業による中性子産業利用推進協議会には、大企業を中心に50社が、県内企業で構成する県内中性子利用連絡協議会は、200社以上の会員企業がある。

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