カードで本音を言語化 育児と仕事の両立、まちの活性化を狙う

数多の生活者のおもいやこだわりを調査してきた花王の生活者研究センターと、慶應義塾大学の井庭研究室が共同で、パターンランゲージ「日々の世界のつくりかた」を制作。仕事とプライベートの両立を考え、話し合うきっかけを老若男女に提供する。

秋田 千恵(花王 生活者研究センター ライフスタイル研究室室長)

様々な生活用品、消費財を手掛けるメーカーの花王。洗剤、おむつから掃除グッズ、ヘアケア製品など、同社の製品は全国の小売店で販売されている。

膨大な数の製品ユーザーを抱える同社で、消費者の声を企業活動に生かす役割を担っている組織のひとつが、生活者研究センターだ。ニーズを掘り起こし、新製品の潜在ユーザーを探すために、花王製品のユーザーにとどまらない様々な人を調査する。インタビュー慣れしているわけではない「普通の人」から、言葉で説明できないこだわりや行動に表れない本音を読み解くノウハウを蓄積してきた。

「日々の世界のつくりかた」。1項目が見開き2ページ、34の工夫について掲載している。

働く女性の両立のコツを集約

「20代〜30代の働く女性のインタビューを数多く実施するうち、周囲の目を気にして『自制』し、仕事とプライベートの両立をあきらめる方が多いことに気づきました。そういう方を応援したいというおもいがありました」と、生活者研究センターライフスタイル研究室の秋田千恵氏は制作の背景を説明する。

2016年11月に発表した「日々の世界のつくりかた」は、花王生活者研究センターと、慶應義塾大学総合政策学部准教授の井庭崇氏、同大学の学生が作成した「パターン・ランゲージ」。育児と仕事を両立するための秘訣を短い言葉でまとめた。

パターン・ランゲージは、「ある状況で生じる問題を、どのように解決すればよいのか、成功の経験則を記述したもの」。ノウハウではなく、「どのように行動すればよい結果が得られるか」を考えるきっかけとして使う。パターン・ランゲージを介して対話をすると、互いに理解を深めながら経験を話しあい、共有することができる。 「日々の世界のつくりかた」では、No.0からNo.33までの34の工夫が、「工夫の名前」、「状況」、「『そのとき』よく起きる問題」、「『そこで』解決のヒント」「『そうすると』こういう良い結果に」と、決まった形式で具体的に記述されている。育児と仕事を両立している人から聞き取ったコツを集約し、言語化したものだ。

インタビューは主に慶大の学生が担当した。このパターン・ランゲージの第一のターゲットである、これから育児と仕事を両立する世界に入っていく若者たちだ。

例えば、「ポジティブな割り切り」という工夫の項では、「家事も仕事もどちらもしっかりやりたい」という状況でよく起きる「限られた時間では思い通りのクオリティでできず、ストレスがたまる」という問題が提示されている。そこで、「大切なことがちゃんとできていれば、他のことは後回しになってもよいと割り切ります」というヒントが提示され、そうすると「無理せず自分なりのベストが尽くせるようになります」という結果につながる。 「解決のヒントとその結果をセットで提示している点がポイントです。自分で決めた限界を超える、新しい1歩を踏み出すきっかけになるのではないでしょうか」と秋田氏はいう。

カードを使って本音を聞き出す

井庭研究室と生活者研究センターは、この34の工夫を書籍とカードにまとめた。カードは、仕事と家事の両立を話し合うワークショップの際に使用している。これまで実施したワークショップから、「日々の世界のつくりかた」は、言葉にできなかったもやもやを言語化し、皆で話し合えるようになる効果があることが確認できた。これから結婚や出産を考える若者が将来をシミュレーションすることや、日々の生活に追われて働く母親が、自らの振り返りに使うこともできる。また、共働きの男性が、家事分担を考える際の手掛かりにすることも可能だ。

ワークショップでは、カードを選びながら各自の思いを言語化し、話し合う

花王社内で開催したワークショップでは、カードは発話の引き金として機能した。どこの組織でも、職場ではプライベートなことは話しづらい、聞きづらいという雰囲気がある。ワークショップでは、34の工夫の中から自分の状況の説明に使えるものを選んで、これまでの暮らしや、今後どうしていきたいかを話し合うことができた。また、管理職と若手社員が話し合うときに使用し「自分の知らない面の話を聞けてよかった」と言われたり、男性社員が働き方改革やワークライフバランスについて話し合う際にも有効に使えたという。

「日々の世界のつくりかた」の発表から1年半が経過し、学会発表や口コミで評判を聞いた人による、ワークショップの開催例が増えている。企業の人事部が、育休後に復職する人を対象にした研修で用いたり、茨城県龍ケ崎市のハローワークの、求職者向けセミナーでワークショップを実施した。 「カードを使うことで、ひとりひとりが違う状況にある中でも、具体的に明日の暮らしを思い描くことができます。生活者がどんなことを考えているのかを知ることができるので、生活者研究センターとしても有益なツールです」(秋田氏)。

今後は、各地でこのカードを用いたワークショップを実施したいと秋田氏は考えている。暮らしの様相は地方ごとに大きく異なるためだ。地方でのヒアリングは、同研究センターが実施している「地方のこころ豊かなくらし」をテーマとした研究にも役立つ。また、女性が声を上げづらい雰囲気のある地域でも、ワークショップを開催すれば、一歩を踏み出す人が増え、まちを活性化することにつながるのではないかという期待もある。

「日々の世界のつくりかた」のデータは花王生活者研究センターのウェブサイト「くらしの研究」からダウンロ ードできる。カードは、ワークショップ開催時に主催者が花王に連絡し、花王が貸し出す形をとっている。

お問い合わせ


花王株式会社 生活者研究センター
TEL:03‐5630‐9421
URL:http://www.kao.co.jp/lifei/

 

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